新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

東洋のスターリングラード

 第二次世界大戦での陸戦といえば、やはり独ソ戦。2つの陸棲国家が総力を挙げて闘い、今のベラルーシウクライナバルト三国ポーランドなどで多くの血が流れた。欧州戦線と違い、太平洋戦線では大規模な陸戦はほとんどない。島嶼を巡る争いが主体で、大きな島と言ってもルソン島くらいだろうか。しかし本書(2021年発表)が取り上げるインパール作戦(日本側呼称)は、海棲国家日英が大規模な陸戦を繰り広げた珍しい戦いである。筆者の笠井亮平氏は、日印史が専門の国際政治経済学者。

 

 米英との開戦を期して、帝国陸軍マレー半島を南下しシンガポールを手中に収めた。東洋艦隊を緒戦で失った英国海軍は、これを阻止できなかった。またタイに司令部を置きミャンマーへも侵攻、戦意の低い英軍を蹴散らして内陸へ進撃した。マンダレーやミートキーナを落としてしまえば、中国国民党軍への連合国の援助を断ち切ることができる。

 

        

 

 さらに、1942年にはインドに攻め込む計画も立てていた。しかし何故か実行はされず、英軍も反撃する余力はなく、インド戦線は休止状態に入った。しかし、太平洋戦線で劣勢が明らかになった1944年になって、牟田口中将率いる第15軍はインド北東部の街インパールを目指して進撃を開始する。総兵力9万を動員し天長節(4/29)までに目標を占領するよう中将は激を飛ばすが、補給不足や熱病等に阻まれ半数以上が餓死したと伝えられる2万人の犠牲を出して惨敗した。

 

 日本では「愚策」とされるこの作戦だが、最大15万人を動員できた連合軍側も、決して楽な闘いではなかったことを本書は示す。ずっと日本軍の陰に怯えてきた英軍将兵にとっては「Greatest Battle」だったのだ。歴史家は「東洋のスターリングラード」と呼んで、太平洋戦争の分水嶺になったという。

 

 インパール作戦については、ほとんどが日本側の資料で、悲劇を描いたものばかりだと筆者は言う。そこで英軍側の資料にもあたって本書をまとめた。正しい歴史観を持つために、参考になった書でした。