新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

何故こう呼ばれる場所なのか

 2002年発表の本書は、日本地名研究所評議員である谷川彰英氏の「京都地名辞典」。巻頭に紹介されている地名が一覧できる地図が付いていて、町歩きの大きな助けになる。寺院・神社・通り・川や橋・坂や道・エリアなどが60箇所、写真付きで各3~4ページで解説してくれている。難読地名も多いし、何故そう呼ばれているのか、歴史を紐解かないと理解できない場所もある。印象に残ったものを挙げてみよう。

 

帷子ノ辻(かたびらのつじ)

 嵐電の乗換駅だが、嵯峨天皇の皇后(檀林皇后)が亡くなった時、着ていた帷子がこの辻に舞い降りたという伝説がある。

先斗町(ぽんとちょう)

 有名な花街だが、語源はポルトガル語。Pontoで直訳は「先」だが、皆が集まって楽しくするところだという。

 

        

 

・一口(いもあらい)

 宇治川の南、かつて巨椋池があり、桂川も含めて水運の要衝だった。なぜこう呼ぶかは諸説ある。弘法大師が地域特産の芋を一口で食べたからとも言う。

・染井(そめい)

 京都御所の東、寺町通りの梨木神社境内にある、京都三大名水のひとつ。他の「醒ケ井」「縣井」は失われたので、現存する唯一のもの。

醍醐寺(だいごじ)

 弘法大師の孫弟子が、この付近で呑んだ水を「醍醐の味がする」とほめたのが由来。醍醐とは、古代のヨーグルトのようなものと伝えられる。

百万遍(ひゃくまんべん)

 京都大学の北西出入り口の交差点で、近くにある知恩寺に由来した名前。法然上人が「南無阿弥陀仏百万遍唱えよ」と知恩院で教えたという。

祇園(ぎおん)

 京都随一の繁華街、語源は古代インドの「ヴェータ・ヴィナ・ヴァハーラ」が中国で「祇園精舎」となって、日本に伝わったもの。

西陣(にしじん)

 高名な織物のメッカだが、応仁の乱のおり山名軍(西軍)は陣を敷いたことから、そう呼ばれる。ちなみに細川軍(東軍)に由来する「東陣」という地名はない。

太秦(うずまさ)

 朝鮮半島からの渡来人(秦氏)が住んでいたと伝えられる。「太」の字が付いた理由は諸説あって、聖徳太子の「太」とする説もある。

 

 京都観光にあたり15の道を示してくれた書(*1)と並んで、観光ガイドとして活用させてもらいますよ。

 

*1:タイムマシンで行く15の道 - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)