1965年発表の本書は、米国探偵作家クラブの最優秀賞に輝いたスパイ小説。本書でデビューしたアダム・ホールと地味なスパイであるクィラーは、以前「暗殺指令タンゴ」を紹介したことがある。スパイスリラーは古典である「外套と短剣」ものから、シリアスな、ジョン・バカン「39階段」やエリック・アンブラー「あるスパイの墓碑銘」などに替わり、イアン・フレミング「007号もの」で超人スパイ(*1)が登場した。
フレミングが最後の作品「黄金の銃を持つ男」推敲中に亡くなったのが、1965年。再びシリアスな路線に戻った記念碑的作品が本書である。英国情報部員クィラーは、第二次世界大戦中から諜報の世界に身を置くベテラン。大勢のユダヤ人をナチ親衛隊のツォッセン大将が虐殺するところも目撃している。
20年経って、その大将が<フェニックス>というネオナチ組織を作って総裁に就任したとの情報が入った。内偵していたケネスという情報部員が暗殺され、後任に指名されたクィラーは、因縁ある戦犯を追い詰めるミッションに就く。
クィラーは情報を持つであろうユダヤ人の細菌学者ロートシュタイン博士に接触するが、博士は暗号文書を残して殺されてしまった。さらに<フェニックス>の実働隊長オクトーバーにクィラーは捕まり、薬漬けにされてしまう。
尾行の仕方、暗号の解き方、リアルなスパイの活動と、一匹狼スパイの矜持が詰め込まれている。ツォッセンの企みを阻止できれば100万人の命が救われるとハンドラーが言うが、クィラーの生還は絶望的だ。「組織は君を全面的にバックアップする」とのハンドラーの言葉に「そいつらを俺に近づけるな」とクィラーは突き放す。
超人ではないのに、なかなか格好のいいスパイ。受賞も納得の名作でした。
*1:フレミングの原作のボンドは、さほどの超人ではない。しかし映画化されてどんどん超人化されていく。ただジェイソン・ボーンものが出てからは、映画のボンドも荒唐無稽なヒーローではなくなった。ダニエル・クレイグ主演になったころからの変化。