外国ミステリーというと昔は多くは英米、まれにフランスがあるくらいだった。その後北欧やイタリアのものも、徐々に翻訳されるようになってきた。しかしありそうでないのがドイツ語圏のミステリー。以前フォン・シーラッハの「犯罪」を紹介しているが、これは純粋なミステリーではない。ところがある日見つけたのが本書、作者レーナ・アヴァンツィーイはインスブルック生まれのオーストリア人。2011年発表の本書でデビューし、2012年のフリードリヒ・グラウザー賞新人賞を受賞した俊英だ。
演奏家で音楽教師でもある作者は、デビュー作をやはり音楽界を背景に描いた。主人公のヴェラはハンブルク生まれのドイツ人、ミュンヘン大学の医学部4年生だ。学業の傍ら、バンドではボーカルを務めている。妹のイザベルは16歳だが、ピアノの才を発揮して音楽の都インスブルックに留学している。そのイザベルが心不全で死んだとの知らせを受け、ヴェラは(列車で2時間ほどの)インスブルックに向かう。
イザベルは思春期の不安定な心理状態で、拒食症を発症していたらしい。彼女の死は自然死として処理されたのだが、残された日記から彼女に性的虐待を加えていたものがいたことがわかる。
ヴェラは大学を休学、インスブルックに移ってイザベルの死の背景を探り始める。彼女は音楽カフェでウェイターのアルバイトをしながら、インスブルックの夏に冒険をするわけだ。しかしそのころこの街では切断された腕などが見つかり、ヴェラのカフェでピアノを弾いていたイタリア人も惨殺される。
定年間際のハイゼルベルグ主席捜査官の指揮で猟奇連続殺人事件の捜査が始まるのだが、犯人の跳梁は止まらない。容疑者の多くが音楽などの芸術に関わっている人物で、舞台がカフェだけにいろいろな音楽や料理が出てくる。懐かしいメニューが出て来て(本筋ではないのだが)ほっとさせられた。
・クネーデル(お団子)
・ヴァイスブルスト(白ソーセージ)
ヴェラはインスブルック大学の声楽科から誘われるほどの歌唱力を見せ、医学の道を諦めようとすらする。芸術家の権威が高い国ならではのエピソードだ。美しいインスブルックの夏の風景を楽しんでいたが、意外な犯人などミステリーとしての出来も秀逸。ドイツ=オーストリアのミステリーも侮れませんね。