新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

最後に来たノンシリーズの傑作

 本書は深谷忠記2006年発表の、壮&美緒シリーズではない単発ものである。僕の書庫に残っている、作者最後の作品である。作者の才能は疑いもないのだが、シリーズものに限界があるのも確かだ。どうしてもパターンが決まってくるし、壮&美緒の場合には官憲でもなければジャーナリストでも、法曹界の人でもない素人だから、偶然事件に関わらないといけない。このあたりの設定が難しい。

 

 したがって作者が「本当に書きたいもの」を構想する段階で、それは年に1作ほどのペースで積み重ねられている「ノンシリーズ」に委ねられることが多くなるわけだ。本書もそんな1編、東京郊外の脳神経外科病院を舞台に周りから本当に嫌われている軽度の入院患者が殺される事件を通じて、DV(家庭内暴力)の世界を掘り下げたものだ。

 

 ある朝、少年は父を殺そうと思った・・・という書き出しで本書は始まる。父親のDVにただひれ伏すだけの母親、母親を守るために少年は父殺しを企画する。この短いプロローグでは、その名前も時代も全く記述されていない。

 

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 舞台となった病院に、松永という男が入院している。彼は軽度の脳出血で片足の甲にしびれが残る程度の障害なのだが、差額ベッドの個室に入り医師に暴言を吐き看護婦にセクハラをする嫌なヤツだ。若い主治医の高島が死んだ息子の同級生で、息子がシンナー遊びで死んだのは高島家のせいだと思っているだけに始末が悪い。高島と婚約している看護婦の麻衣子にもつらく当たる。松永は家庭でもDVがひどいらしい。

 

 もうひとりの患者池村は脳梗塞で、右半身にマヒが残った。麻衣子は彼から、会社に勤めていた時に隠した「毒」の存在を告げられる。自殺願望のある池村から、麻衣子は「毒」を取り上げてしまうが誰にも言わないでいた。ある日ナースステーションから筋弛緩剤が紛失、数日後にその種の薬で松永が殺されてしまう。容疑は主治医の高島にかかり、麻衣子は高島を救うため事件の真相を探ることになる。

 

 500ページ近い長編なのですが、なかなかの力作・傑作でした。登場するのは普通の人たちなのですが、それだけにリアリティがありDV問題についての深堀りが可能になっています。作者は息の長い作家で、高齢になっても切れ味が落ちません。あと評判の高いのは「審判」というこれもノンシリーズ。探してみることにしますよ。