1931年発表の本書は、「クロイドン発12時30分」「伯母殺人事件」と並んで倒叙推理3大古典と言われるフランシス・アイルズの傑作。作者は他に3つのペンネームを持ち、アントニー・バークリー名義での「毒入りチョコレート事件*1」も名作である。
田舎町に住むビクリー医師は、37歳の小男。8歳年上の妻ジュリアとの仲は冷え切っている。中流階級の出身で医師にはなったものの認めてもらえず、上流階級への切符を求めてした結婚だったが、意地悪な妻に悩まされる日々だ。
好色な彼は刹那的な浮気を重ね、ジュリアもそれを知りながら「放し飼い」にしている。しかしある日、ビクリーは素晴らしい娘マドレインに逢い恋に落ちる。ただ彼女は離婚した男との結婚は嫌だと言い、ビクリーの心に妻殺しのタネを播いた。
空想好きの彼は、いくつもの殺害計画を考えるが、臆病なので絶対安全な方法を模索し続ける。一方自らには「これは殺人ではない。普通の妻殺しではないのだ」と言い聞かせる。ついに考え付いた計画は、ジュリアに片頭痛を起こさせ、その対症療法にモルヒネを少しずつ増やしながら投与することだった。
ビクリーの罠にはまったジュリアは、ついに自らモルヒネを注射するようになり、やがて死んだ。審問の結果は、麻薬中毒による事故死。口さがない町の老嬢たちは自殺だと言うが、殺人の疑いを持つものはいなかった。しかし時がたつにつれ、田舎町のの噂話が広がっていく。再捜査が始まり、法廷にも引っ張り出されたビクリーは・・・。
普通の男が完全犯罪を企み、疑いをかけられながらも耐えて逃げ延びようとするサスペンス。さらに最後のどんでん返しまで、前半のややまだるっこいペースから、後半は目を離せない展開になる。独特の法廷シーンも魅力的だ。
アントニー・バークリー名義の諸作も含めて、練達の推理作家であることは間違いありません。50年ぶりに読んで再び感動しましたし、他の作品群も精々探しますよ。