本書は深谷忠記初期(1986年発表)の作品で、探偵役の黒江壮&笹谷美緒も若い。作者が注目されたのは1982年の「ハーメルンの笛を聴け」で、その後「殺人ウイルスを追え」でサントリーミステリー大賞の佳作を得ている。このころは、大掛かりなトリックをいくつも考え出しているが、本書もそのひとつ。
事件の発端は、伊良湖岬でエメラルドの指輪を付けた手首が見つかったこと。続いて御前崎で両手首、足首のない遺体、伊豆の弓ヶ浜で足首が見つかる。黒潮に乗って各地に流れ着いたものと思われた。身元はすぐ割れ、博多在住の裕福な婦人が被害者だとわかる。彼女は出来の悪い息子をなんとか家業の医師にしたくて、予備校の幹部にカネを渡していたらしい。
予備校のオーナーは老齢で、経営を副理事長とした甥に任せていたが、借金がかさんで苦しい状態。被害者が最後の食事を博多で一緒にした、この予備校の副理事長と総務部長、博多校長の3人に容疑がかかる。特に怪しいのは遊び人の副理事長で、被害者と別れた後、特急「かもめ」で長崎に行き、その夜から雲仙温泉に宿泊していたという。
「かもめ」に乗ってから雲仙のホテルに着くまで、7時間近い足取りのつかめない時間があるのだが、その間に殺人・死体切断・黒潮域への死体遺棄はとてもできそうもない。有明海側の雲仙からは、死体を黒潮流に乗せることはできない。
さらに総務部長が自殺に見せかけて殺され、捜査陣は副理事長を追求するのだが、ここでもアリバイの壁が立ちふさがる。ひょんなことで事件に関わりあった壮と美緒は、勝部長刑事の口利きで愛知県警の捜査に介入する。
津村秀介流のアリバイ崩し(公共交通機関を使った早回り)とは違うものの、なかなかのトリックだった。カギは「なぜ手首・足首を切ったか?」です。いろいろ考えたのですが、解答には至りませんでした。