新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

毛利佐太郎の東シナ海戦記(後編)

 佐太郎は棒術師範祝一魁の娘翠媛をめとり、日明交易の傍ら「倭寇」を使って反政府行動も操るようになる。明国は南の「倭寇」たちの跳梁だけでなく、北の騎馬民族アルタイの侵攻にも悩まされ、国力を衰えさせている。宦官政治による汚職の蔓延は、著しい富の偏在を生んでいたのだ。

 

 薩摩の圧力を受ける琉球、上記のような苦境にある明、戦国時代に突入した日本が同じ時代のものとして描かれる。特に尼子・大内に挟まれた小大名毛利の動静を、佐太郎は片眼で見ている。

 

 イエズス会の渡来もあった。ザビエル神父は日本に渡り布教に勉めたのだが、最初は興味を示した大名たちもやがて布教を認めなくなった。大友氏など一部の大名にしか認められなかったザビエルは「日本文化のルーツは中国だ。中国で布教に成功すれば、やがて日本にも伝わる」と、明国での布教を始める。

 

        

 

 佐太郎たちの主なビジネスは、中国の生糸を日本に運び銀と交換すること。莫大な富が得られ、大内氏(後の陶氏)・島津氏らの資金源になった。五島や松浦半島の海の民は、交易船や「倭寇」、瀬戸内の仕事をパートで受ける。

 

 「倭寇」の多くは中国人だが、海の民の日本人も加わっていた。やがて佐太郎は王道とたもとを分かち、日本にも目を向けるようになる。実の父元就は、大内氏をクーデターで乗っ取った陶氏と対峙し、海の民を集めて厳島に大掛かりな罠を仕掛けようとしていた。中国の大人は「元就も王道も人を欺く術を使いすぎるが、王道の術は底が浅い」と評していた。陶も毛利も、中国から生糸ではなく武器弾薬を仕入れようとする。陶の銀運搬船を佐太郎たちは襲撃することにしたのだが・・・。

 

 「倭寇」がなぜ隆盛になり、当初は明の官憲をきりきり舞いさせたか?それがなぜ衰退していったか?反政府の仕掛け人曽仲年が、戦国時代を勝ち抜いた日本国王に何を期待したか?毛利家の興隆と佐太郎の働きを交えながら、リアルにまとめた歴史小説でした。