新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

出来てしまった大量破壊兵器

 1985年発表の本書は、音楽プロデューサであるポール・マイヤーズが書き始めたエスピオナージの第一作。作者は、小澤征爾氏らとも交流のある欧州では高名なプロディーサだという。主人公のマーク・ホランドは引退した英国情報部員。今は音楽プロデューサとして、恋人のアンヌ=マリーとジュネーブで暮らしている。

 

 彼のアパートでも聞こえる爆発があって、そこに昔の上司ウィリスから電話がかかってくる。ウイーンの街に呼び出された彼は、かの爆発が化学者グラントのアパートで起きたことを知らされる。グラントは東ドイツからの亡命者で、スイスの研究所で働いていて、偶然放射性毒物を作ってしまった。極めて毒性が強く、大量破壊兵器になりそうなもの。「東側」もこれを嗅ぎつけ、グラントは諜報戦の焦点になってしまった。

 

        

 

 なぜマークが呼び出されたかと言うと、猜疑心の強いグラントは「西側」の誘いも疑い、自分を東ベルリンから救出してくれたマークしか信用していないから。やむなく引き受けたマークだが、さっそく命を狙われる。ウイーンからロンドン、ニューヨークそしてパリと、大都市をマークは駆け巡り、行く先々で音楽仲間の助けを借りる。そこでの登場人物や彼らとの会話は、作者が楽しみながら音楽界の内実を紹介しているように見える。

 

 また、音楽の都ウイーンやパリの描写は特に美しい。本筋ではないが、大物指揮者シュタイゲル老が日本での演奏を依頼されて「日本人にブルックナーが分かるのかね」と嫌がるシーンが面白い。ウイーンの街にも日本人観光客が溢れる時代で、まさに「エコノミックアニマル」呼ばわりである。

 

 解説に「スパイはクラシックが好き?」とあります。エスピオナージにはマーラーが似合うともいいます。音楽界の重鎮が書いた巻き込まれスパイもの、面白かったです。