本書は1972年発表、女王アガサ・クリスティが最後に書いた「ポアロもの」である。この後1975年に「カーテン」が出版されたのだが、これは女王が全盛期に書き溜めておいた「ポアロ最後の事件」である。1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした名探偵も、半世紀を生き延びてついに舞台を去った。晩年のポアロは「五匹の子豚」以降、過去の事件をポアロが解決するという「回想の殺人事件」が多いのだが、本書もその1冊。ある意味もっとも「回想っぽい」作品である。
興味深いのはポアロ・マープルとは異なる「作者の分身」が、重要な役割を果たしていること。探偵作家のミセズ・オリヴァというのがそれで、出版社や新しい秘書へのぐちや、読者との付き合い方など作者ならではの体験をたっぷり書き込んでいる。彼女は1956年の作品「死者のあやまち」にも登場している。
物語冒頭の出版社等が集まるパーティに出席したミセズ・オリヴァは、思わぬ依頼を受けてしまう。それは、かつて彼女が名付け親になった娘シリアの婚約者になった青年の母親からのもの。12年前にシリアの両親(レインズクロフト将軍夫妻)が、不可解な状況で2人とも銃で撃たれて死んだ事件についてだ。青年の母親は、息子の結婚前に事件の真相を知りたいという。
事件は合意の上の心中ということで決着していたのだが、確かに不審な点はある。シリアの母親には双生児の姉がいて精神異常の疑いもある。死の直前母親がカツラを4つの所有していたことも不可解だ。ミセズ・オリヴァは、「象は忘れない」との言葉を繰り返しながら、当時のことを知る証人(象)たちから事実を引き出そうとする。探偵作家とはいえ捜査は素人な彼女に手を貸すのが、おせっかい好きのポアロ。彼はミセズ・オリヴァの集めた情報のほかにも当時の捜査主任や医師などからも聞き取りをして、事件の真相とシリアたち若い人の安心な結婚を追及する。
初期には派手なトリックが目立ったポアロもの、女王の晩年になり人情の機微が目立ってきました。この感覚、英国人も日本人も同じですね。もちろんベルギー人も。