2003年発表の本書は、大江戸研究者大石学氏の編纂になる、東京駅名探訪。東は葛西、北は赤羽、西は羽村、南は大森の中にある56の駅の歴史について、20名の著者が論考を寄せている。
通して思ったのは「大江戸って小さかったのだな」ということ。浅草は郊外の観光地だし、湯島だってぎりぎり「洛中」といえるかどうか?六本木あたりは作物がよく獲れたとあるし、品川・大森などは漁港であり、リゾート地である。そんな狭いエリアの多くを江戸城や大名・旗本屋敷が占めていた。庶民のヒーローである捕物帳の名探偵の多くが神田に縄張りを持っている(*1)のは、庶民エリアが小さかったことを示している。
明治になって、新橋から横浜まで蒸気機関車を走らせたのはいいが、東京駅乗り入れができないので国鉄は新宿経由の迂回路を敷いた。これが山手線に西側の始まり。内藤新宿や渋谷のあたりは、人家のほとんどないエリアだったからできたとある。

今ではそちらが発展しているのだが、逆に古い下町(江東区)の交通の便の悪さが目立ってきて、深々度地下を通したのが、都営大江戸線。都心の最も不便なエリア赤羽橋も通して、利便性を飛躍的に向上させた。名前の通り「大江戸復活」である。
縁の深かった大森についても一言。今でこそギャンブルの聖地だが、江戸時代は鈴ヶ森の刑場があった。最初に処刑されたのが<由比小雪の乱>の丸橋忠弥だった。
多摩地区はかつては神奈川県だったので、横浜との結びつきが強い。JR横浜線は多摩地区で獲れた絹の糸を港に運んだ<絹の道>なのだそうだ。京王線の高幡不動駅の近くには、新選組ゆかりの施設がある。近藤も土方も多摩地区の郷士出身で、土方は日野市石田の生まれ。それゆえ高幡不動には新選組の石碑と、土方の像があるという。
昨年に引き続き京都には旅行を重ねるつもりですが、今年は東京にも行って同様に歴史探訪してみたい・・・そんな思いで手に取った本です。東京旅行計画の役に立ちました。