2007年発表の本書は、元石油公団理事である岩間敏氏の太平洋戦争論。日本が無謀な戦争に訴えたのは、直接的には米国からの「禁油」が理由。90年近く前の話だが、ブロック経済が復活しつつあり、日本でも経済安全保障の議論が真剣に行われるようになった今、再読してみる必要がある書だった。
1937年当時、日本の石油自給率は8%。米国からの輸入が80%を占めていた。両国の原油生産量の比は740倍にも上った。この年満州事変が勃発、国際社会での日本の立場は一層悪くなった。
国内ではガソリン節約のため、木炭自動車が使用されるようになった。中東で原油が出ると聞いて交渉を始めたが、実は満州・樺太には油田があった。しかし当時の日本にはそれを掘り出す技術がない。

精製技術も含め、石油関連技術は米国が極めて優位だった。航空用ガソリン100オクタンが標準だったが、日本では87オクタンが限界。戦後快速偵察機「彩雲」に米国製ガソリンを使ったところ、最高時速610kmが700km近くに改善したとある。
米国は技術制約だけでなく、事態が窮迫すれば石油の禁輸に訴えると思われた。いざ英米と戦うとどうなるか、
・経済学者らを中心とした戦争経済研究班
・官僚、軍人、民間識者による総力戦研究所
・陸軍経理将校新庄健吉(*1)の調査
の全てが必敗を示していた。しかし杉山参謀総長は「調査は完璧だが、内容は国策に反する」としてこれらを無視した。加えて油田を目指して南仏などに侵攻しても「米国は石油の禁輸をしない」との楽観論もあった。
一方禁油されたらどうなるかの検討もあった。結論は3年半はあらゆる手段(*2)を尽くして生きてゆけるが、その時点で在庫ゼロとなる。座して死を待つよりはと開戦するのだが、予想通りの完敗に終わった。筆者はその原因を、情報の軽視・専門知識の不足・その場しのぎの対応にあるという。
90年前の教訓、今の経済安保論議のお役に立てますかね?
*2:ソ連からの輸入、人造石油、技術開発等