今日6/22は、WWⅡで独ソ戦が始まった日。丸4年かけた史上最大の地上戦の始まりである。1995年発表の本書は、米軍退役大佐デビッド・グランツ氏とジョナサン・ハウス中佐の独ソ戦研究。
独ソ両国はポーランド分割の密約を果たしていて、スターリンはヒトラーが攻めかかってくると予想していなかった。1936年ごろから猜疑心の強い彼は、高級将校の半分近くを粛清していて、軍団は兵力や兵器はあっても骨抜き状態だった。しかもソ連軍主力は南のウクライナ方面にあり、ドイツの攻勢はベラルーシ以北が強力だった。侵攻から半月で、歴戦のドイツ軍はミンスクからスモレンスクを臨むようになり、勝負はあったかに思われた。
しかしナポレオン同様、ヒトラーも伸びきった補給線に悩まされる。ソ連軍は500万人以上の捕虜を出しながらも、再編に成功する。個々の師団の人員が減った分、未熟な将校でも指揮できるようになった。12月には攻勢が止まり、ソ連軍の反攻が始まる。

それも泥濘期になると止まり、両軍はにらみ合った。1942年夏季、ドイツはウクライナの地からスターリングラード、さらにカスピ海を目指す攻勢に出る。前年もキーウ攻囲戦でソ連軍は大量の捕虜を出したが、この年もイジューム、ハルキウなど今も紛争で名前の出てくる都市が戦場になった。
1943年になると、英米からの援助と動員・増産でソ連の戦力が増してくる。その後、ヒトラーにチャンスは来なかった。ドイツには動員力も生産力も、連合国には到底及ばなかったのである。ただ一部の精鋭部隊は、絶望的な環境下で善戦している。結局4年間に、この戦域だけでドイツ軍の死者は1,100万人を超えている(*1)。
この戦いの詳細については、ソ連崩壊によって資料が出てきて、西側研究者が研究できるようになったのが大きい。そのせいもあって、主にソ連側からのデータが多く引用されている。原題にあるように2人の巨人(大陸軍国)の死力を尽くした戦いの経緯と分析、とても面白かったです。
*1:太平洋戦争の日本軍人・軍属の死者数は約230万人