新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

危険な目隠し鬼ごっこ(前編)

 今月紹介したトム・クランシー著「原潜解剖」には、現代の潜水艦の任務の中に「情報収集、偵察(含む海底ケーブル通信傍受)」が記載されていた(*1)。その詳細を改めて見てみようと、本棚から探し出してきたのが本書(1998年発表)。著者は調査報道ジャーナリスト3人(*2)で、6年という時間をかけ数百名のサブマリナーにインタビューして冷戦期の潜水艦活動についてまとめている。

 

 WWⅡの終わりからソ連の崩壊まで、米ソ両国の潜水艦は危険な「目隠し鬼ごっこ」を続けていた。潜水艦の動向を水中で詳細に探るには、潜水艦を使う以外に方法がなく、米軍の記録にあるだけで19件の衝突事故が起きている。このほか行方不明になったり沈没が確認された艦もある。筆者らは、この期間を3つの期に分けて詳細に分析した。

 

 第一期は、1965年ごろまで。ディーゼル潜水艦がまだ使われていて、核ミサイル搭載艦も多くはなかった。米軍はSSN<コチーノ>ともう1隻を、ソ連の主力潜水艦基地のあるバレンツ海に派遣し、情報収集を図った。

 

       

 

 事実上無限に潜っていられる原潜の特徴を生かして、バレンツ海で敵潜がどのように動いているか知ろうとしたのだ。しかし事故で火災が発生し、<コチーノ>は緊急浮上せざるを得なくなり、救援にあたったもう1隻も含めて乗組員に死者を出してしまった。

 

 また<スレッシャー>は、長距離潜航の実験中に行方不明になってしまった。米海軍は沈船捜索救助計画(DSSP)を立て、古参のSSN<ハリバット>を潜水艦救難任務が出来るように改装したり、小型原潜<NR-1>を製作し、引き揚げ船<グロウラー>も配備した。

 

 次には<スコーピオン>が沈没して、乗員全員が絶望となった。原因は搭載魚雷が爆発したものと思われた。<コチーノ>の件同様電池から発火したと考えられ、本体や魚雷に積む電池の改良が行われた。

 

<続く>

*1:無限エネルギーを得た海の忍者 - 新城彰の本棚

*2:シェリー・ソンタグ、クリストファー・ドルー、アネット・L・ドルー