2007年発表の本書は、「法医学で何がわかるか」などを紹介した伝説の検視官上野正彦医師の犯罪論。特に近年、猟奇的な殺人が増えて凄惨な死体が増えていることと、検視官の成り手が少なく慢性的な人手不足ゆえ、殺人事件が(自然死等として)見過ごされていることに危機感を表わした書だ。
猟奇的な事件や凄惨な死体としては、下記のような例がある。
・爆弾を2人の腹に挟んでの心中
・母親の頭部を持ってネットカフェを転々とした男
・乳房や陰部を切り取って身元等を分かりにくくする
・動けず水も飲めずに餓死した遺体
・生きているうちに何キロも引きずられた轢断遺体
樹海に自殺しようと入った人が、「先輩」の死にざまを見て逃げかえるのは良くあることらしい。

従来型の人間関係が希薄になった平成では、昭和では少なかった、孤独死・集団自殺・嬰児殺しが増えてきたとある。また医学知識のあるもの(*1)の犯行も目立つようになった。彼らが偽装をしても、経験ある検視官なら容易には騙されない。例えば、
・死後川に落ちれば浮くので損傷が少ないが、溺死体は沈んで川底などで痛む
・焼け跡から出た遺体も、気道や肺が焼けていれば生きているうちに火に巻かれたもの
・遺体が原形をとどめていなくても、DNA鑑定で身元を確定することは可能
・水や空気を注射して殺した場合も、CTで異常を発見したら注射跡を探すべき
などの点は見逃さないとある。しかし昨今では法医学を専攻する医学生は「10年で一人/校」ほどに減り、監察医不足が顕著になっている。筆者自身も引退してから何度も呼び出されており、陰でどれだけの「完全犯罪」が行われているか想像できないともある。
遺族が「自殺だと世間体が悪いので、病死と死亡診断書に書いてくれ」と依頼することは良くある。礼金を払うと言われたこともある。明らかに犯罪性を疑われると「司法解剖」するのだが、死因不明なので解剖するのは「行政解剖」。いずれにせよ、手が足りない。2005年度では、日本中で2,700体ほどが解剖されている。20%以下の比率である。
今はもっと比率は下がっているでしょうね。それでも筆者は「完全に証拠を消すことはできない」と仰いますが・・・。
*1:和歌山の毒カレー事件で有罪となった林死刑囚もその一人