新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

WWⅡ直前の日ソ国境紛争

 1939年の5月から9月にかけて、満州北西部の国境地帯で、日ソ両軍が激突したのが「ノモンハン事変」。まさにWWⅡ直前の紛争であり、近代戦にとって多くの示唆を得られた戦いだったはずだ。しかし(少なくとも)日本陸軍は学んだことを、後日に活かせなかった。本書は、歴史探偵半藤一利氏が1990年に別冊文芸春秋に連載した記事の文庫化。

 

 長大な満州ソ連、モンゴル(ソ連の同盟国)国境には、戦車も航空機も日本軍をしのぐ戦力が集まっていた。実質戦力は1対5とみられていて、まずはモンゴル軍の国境侵犯から小競り合いが始まる。物量差にも関わらず陸軍のエリートたちは「わが精鋭にかかれば、3倍の敵でも蹴散らせる」と豪語し、実際そう考えていた。彼らは天皇の不戦の指示も無視して、戦いにのめり込んでいく。

 

        

 

 一方ソ連では、スターリンヒトラーとの密約(ポーランド分割)を成し遂げて、ほくそ笑んでいた。その一方、直前にトハチェフスキー(*1)らを粛清し、高級将校不足には悩んでいた。しかし日本との紛争に、ジューコフ将軍と大規模の軍団を送り出す。

 

 圧倒的な(特に機械化)兵力不足、兵器の劣後などの悪環境下で、歩兵たちは善戦する。ほとんどが肉弾突撃で、BT-7などの戦車を葬った。ジューコフ将軍も驚くのだが、その損害は膨大なものになる。

 

 実態を糊塗した報告にも、天皇は激怒した。しかし大臣級は恐懼して辞任しようとしても、少将以下佐官クラスは暴走をやめなかった。最激戦となった8月の戦いだけでも、出動人員5.9万人中戦死・戦傷・行方不明が2万人を数えた。

 

 本筋ではないが「日独伊三国同盟」締結の下りで、ソ連にいずれかの国が攻撃されたら他国が自動参戦するかの議論が描かれていました。日本は中国と戦争中でした。独伊に英米仏が加わっただけで、今の日本が求められそうなことは似ていますよね。

 

*1:人気ある将軍で「赤いナポレオン」と称された