新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

映画界の事件に挑むH・M卿

 1940年発表の本書は、不可能犯罪の巨匠ディクスン・カーの<H・M卿もの>。1920年代後半から始まる本格ミステリーの黄金期は、ちょうど映画界興隆の時期に重なる。高名な作家は、次々にハリウッドに招かれた。交流嫌いのヴァン・ダインでさえ当時の女優グレイシー・アレンを準主役にした作品を発表している。ディクスン・カーも招かれたようだが、ケミストリーが合わなかったようだ。それは本書の登場人物が「映画界は頭のおかしい奴ばかり」と発言することからも分かる。

 

 映画とのコラボはクイーンほど上手くいかなかったとしても、作者には映画界の裏面を知る機会にはなった。そこで、映画界を舞台にした作品として書いたのが本書。ベストセラー「欲望」でデビューした作家モニカは、ロンドンのスタジオに呼び出される。当然「欲望」の脚本化を依頼されると思ったのだが、カートライトという作家の「かくして殺人を」の脚本を依頼され激怒する。

 

        

 

 スタジオでは反ナチスの「海のスパイ」という映画を撮っていて、それが終わると「欲望」などがクランクインするはず。それを待ちながら、モニカはいやいやスタジオ通い。しかしスタジオではセットに硫酸入り水差しが持ち込まれ、モニカも危うく硫酸を浴びそうになる。妙な脅迫状も届き、ついに彼女は狙撃されてしまった。

 

 彼女に好意を持ち始めたカートライトは、ひょっとすると戦端を開いたドイツのスパイの工作ではないかと疑い、警視庁マスターズ警部を通じて陸軍情報部長H・M卿に助けを求める。モニカが狙われるほかにも、英国海軍基地をロケした時に、予定を超えて取ってしまったフィルムの行方も問題になる。

 

 女王クリスティは、WWⅡが始まっても普通のミステリーを書き続けました。しかしカーは、本書をエスピオナージ仕立てで書きました。まあ、有事に陸軍情報部長を引っ張り出すには、こうするしかなかったのかもしれません。とはいえ、トリックも事件も派手でない本書は、作者の中では凡作といえるでしょうね。