本書は1976年からあしかけ3年に渡って<週刊新潮>に連載された、歴史小説の大家池波正太郎の作品。二千石の旗本家の妾腹に産まれた男、徳山五兵衛(幼名権十郎)の一代記である。上中下三巻に分かれていて、合計1,700ページにも及ぶ大作。
池波作品の魅力は、剣術・軍略・侍の矜持・庶民の意地・江戸前の食のほか、ちょっとエロチックな面にもある。本書はエロチックな部分がやや強く、表紙の絵柄も春画を思わせるものだ。
権十郎は、父親が行儀見習いに来ていた商家の娘にはずみで手を付けてしまって出来た子。母親は権十郎を産み落としてすぐに死んでしまった。19歳も年上の兄がいて、跡継ぎに成れるはずもなく部屋住み。それでも乳母や祖父(母親の父)らに温かく育てられる。8歳の時高田馬場の決闘をみて、中山(後の堀部)安兵衛に憧れる。

14歳で父親と仲たがいした権十郎は、もっぱら剣の道に励むが、恩師の死をきっかけに出奔。盗賊一味と思しき連中に助けられ、京で美貌の未亡人とねんごろになる。父親の死にあたり江戸に戻ることになった権十郎改め五兵衛は、未亡人から春画の絵巻物を渡される。
旗本家の当主としてお役目を努めるが、妻とは体の相性が悪い。五兵衛は秘密裏に春画の模写を始め、普通の写生画など含めて絵の才能も開花させる。そんな日常を破ったのは、8代将軍吉宗の暗殺未遂事件。
背後に尾張公がいて、再三吉宗の命を狙っていた。しかも吉宗公は鷹狩りなどアウトドアが大好き。数次の暗殺未遂を受け、吉宗直下の<蜻蛉組>が動き出し、年齢・体格のよく似た五兵衛に身代わりミッションが来たのだ。死後に残っていては困る春画を焼き捨て、死ぬ気で身代わりを果たしたのだが、負傷だけで生き残った。時は流れ、60歳を前にして五兵衛最後の死闘は、大盗賊日本左衛門とのものだった
一代記だけあって、父や岳父、恩師らが死んでいきます。その各々の死生観が、どうも筆者が書きたかったことではないでしょうか?