本書は、歴史小説の大家池波正太郎の戦国時代もの。以前作者の文庫化初作品集である「元禄一刀流」を紹介したが、その中に収められていた「新陰流の創始者上泉伊勢守」の中編をベースに、800ページの大作に仕上げたものだ。
「活人剣」新陰流の創始者 - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)
時は戦国、関東管領上杉憲正の為政は、上州(上野の国)を治めるのが精一杯。それは足利将軍家の威光が地に落ち、戦国大名が台頭してきて相州から北を窺う北条氏康、甲州から勢力拡大を図る武田晴信(後の信玄)らが「関東制圧」を企んでいたからだ。氏康は30歳代、晴信の30歳前と若く、経済的にも軍事的にも強大な勢力。上杉家には忠臣長野業政がいるのだが、彼一人に頼り切った状態だった。上州太胡の城主上泉伊勢守秀綱(後に信綱)は長野家と縁の深い、事実上の家臣だった。
若いころ塚原卜伝らに師事し「陰流」を学んだ伊勢守は、剣の道を極めつつあった。業政の娘たち含め多くの門弟を持ち「天地の間にある塵としての己」を磨き、それを教えていた。弟子の顔に張った濡れ紙を一刀両断し、弟子の顔にはかすり傷もないという神技を見せる。

腕自慢の大男に果し合いを挑まれても、寸鉄すら帯びず斬撃を躱し、指で相手の目を突いてこれを撃退した。そのような剣技の話が続く間は、まだ上州も平和だ。しかし氏康軍が攻めて来て、業政の命で闘うようになると、状況は一変する。鎧を着て名馬残月に乗り、槍を振るって北条軍を蹴散らすシーンは圧巻。200名ほどの手勢だが、数は多くても農民兵が主体の北条軍は、指揮官(侍)が討たれると浮足立ってしまう。
北条軍は追い返した長野業政だが、信玄軍はより難敵。諜報網や内通工作を多用して、上州を内部から切り崩してくる。ついに業政の娘(伊勢守の弟子)たちの夫までが離反し、業政も病に倒れる。越後の長尾景虎(後の上杉謙信)が助力してくれるのだが、冬の間は出陣できない。ついに主家も滅亡、死を覚悟した伊勢守を武田信玄は助命し「信」の一字を与えて所領を安堵する。それからは隠居をして諸国を回った伊勢守は、柳生宗厳に奥義を授け「柳生新陰流」が生まれる。
全体の3/4が武将時代の一代記でした。戦国時代の「関東三国志」、一番弱い上杉家の視点から見られて良かったです。