1986年発表の本書は、ロースクール出身の作家ヘンリー・デンカーの法廷ミステリー。主人公のスペンサー判事は、連邦法曹界でも名うての変わり者。2年前に長年連れ添った妻を亡くしてから、孫娘に同居してもらってはいるのだが、頑固さに磨きがかかっている。判決をスペイン語で書き「米国法令には、判決を英語で書けとの規定はない」とうそぶいたり、女性弁護士に対して「ちゃんとブラジャーを付けてこい」と退廷させたりしている。
前者の件では、彼の永年勤続権をはく奪しようと委員会が結成されたし、後者の件では強面の(ウーマンリブの闘士のような)女性弁護士たちが押しかけて抗議している。女性の社会進出や、人種間の平等など「ダイバーシティ」が進む街で、スペンサーは抵抗する。例えばボストンでリベラル派が人種共存を進めた結果、10年間で公立校の生徒は4割減、中でも白人の生徒は1/4になってしまったと嘆いている。

スペンサーは保守でもリベラルでもなく、過度な少数民族優遇を嫌う一方、過激なウーマンリブも大嫌いだ。それゆえ(ある意味)常識的な態度をとるのだが、これが法曹界では異端に見える。委員会はスペンサーを喚問したが、頑固な抵抗にあう。そこで彼らはスペンサーを精神鑑定にかけようとする。委員会メンバーのひとりで、孫娘の恋人でもある若い判事はなんとかとりなそうとするが、主席判事のカートライトはスペンサーに意見陳述の機会を回さないよう画策する。
これを知ったスペンサーはカートライトを訴え、もつれた訴訟審でスペンサーは自説を訴える。「判事スペンサーの中には、もう一人の市民スペンサーがいる。法令上こう決められいているとする判事に、市民は異議を唱えるのだ」と。腰痛を抱え、気力を振り絞るスペンサーの姿が格好いい。
悪平等がはびこったり、プライバシーを重視するあまり正義が行われない現状を皮肉った作品でした。特にメディアへの厳しいアイロニーが笑えましたね。本筋ではないのですが、亡妻との50年の日々を振り返るシーンがあり、近い年代の僕としては心に沁みましたね。