ラスティはユーゴスラビア移民の息子。父親はナチの迫害から逃れて、米国に渡ってきた。貧しい生活から、努力して掴んだ検事補の地位だ。子供のころの苦難や、キャロリンの亡霊などが夢に出てきて、彼をさいなむ。そして起訴から3ヵ月後、ついに公判が始まった。
裁判長のリトル判事は人権派のベテラン、黒人で(特に白人の)検察に厳しい。最初の陪審員選びで「被告は無実か否か」と問い、「分かりません」と応えた候補者を外した。「陪審員が有罪と認めるまでは、被告人は無罪と推定される」と陪審員の心得を示すのだ。
モルト検事補は、捜査陣などを証言台に立たせ「ラスティ=有罪」の印象固めをしてゆく。しかし不思議なことにラスティの指紋が付いたグラスという証拠が、警察の保管庫から消えてしまった。
実績豊かなサンディ弁護士は、検察側がホーガン元検事を証言に立たせたときに、機略十分の反撃をした。サンディはラスティに「ホーガンともう一人の証人の時がヤマ場だ」と言う。そのもう一人とは、検視官のクマガイ医師。彼は人好きのするタイプではないので、良くない態度をとらせれば陪審員が信用しなくなる。検視官が信用できなければ、有罪判決は出しづらくなるというのだ。

誰を証人として呼ぶか、その条件は何か、検察側・弁護側の水面下での作戦が面白い。サンディは、有力な証言が可能なモルト検事補を、担当検察官ゆえ「決して証言させない」との約束を取り付ける。同時にラスティには決して証言させないことも。
そして、検察側証人への弁護側反対尋問が功を奏し、追い詰められた検察側はラスティの主治医で精神分析医のロビンソン医師を証人として申請するのだが・・・。激しい法廷闘争の結末の後、もう一つの結末を作者は用意していた。その驚きは(仮に映画を先に見ていたとしても)読書歴の中で、指折りのものになるだろう。
作者は文学者を目指し、学生時代にノンフィクションも発表しています。しかし26歳にして法律家を目指してロースクールに行き、本書発表当時はシカゴ地区の連邦検察局に勤務していました。話題作で、ずっと読みたかった本書、読めてよかったです。