新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

安全保障シミュレーション結果

 台湾有事について、自衛隊OBや政治家、シンクタンク研究員等が、2021年の8月に丸2日かけてテーブルトーク型シミュレーション(TTX)を行った。その推移と、結果を受けた座談会の模様(*1)を記したのが本書。参加者には僕の知人の名もあった。

 

 シナリオは以下の4段階。

 

1)グレーゾーンの継続

 中国が台湾や日本の政治家スキャンダルを流し(認知戦)てくる。中国進出企業に圧力がかかって、日本の経済界が混乱する。サイバー攻撃により日台やグアムの社会インフラが不安定になる。政府は米軍と共同歩調をとろうとするが、中国にシンパシーを持つ一部野党やメディアに糾弾される。

 

        

 

2)検疫と隔離による台湾の孤立化

 中国は台湾で「COVID-23」という疫病が発生したとして、台湾島を包囲してヒト・モノの流通を封じた。海底ケーブルを切断、衛星通信も妨害して、台湾ではインターネットも使えなくなる。「西側」は台湾島救援もできず、日本政府の邦人救助もうまくいかない。

 

3)台湾への全面侵攻開始

 中国が仕込んだロジカル・ボムが、日本や米国のインフラで炸裂、社会が混乱する。その隙に人民解放軍が上陸作戦を実施、尖閣諸島与那国島も占領されてしまう。中国海空軍の攻撃に対し海上自衛隊は善戦するも、ミサイル等を撃ち尽くして撤退を余儀なくされる。

 

4)危機の終結

 沖縄では、嘉手納基地や那覇基地にミサイルが着弾し犠牲者も出る。米国は中国本土攻撃を決意するが、協力を求められた自衛隊には十分な(敵基地攻撃)能力がない。数次の攻防の後、米国は「手打ち」に動くが日本は置き去りにされかねない。

 

 特にサイバー空間の戦いでは、日本にACD能力がないことが日本政府の安全保障会議で再三議論になる。このあたり、非常にリアルだ。

 

 一つの結果とはいえ、シミュレーションはとても有意義です。本書中にある「一部野党、メディア」の方々にも、ぜひ読んでいただきたいです。

 

*1:TTXのシナリオ作成等中心人物だった4名が参加した

カーボンニュートラルの罠

 2016年発表の本書は、昨日「生存者ゼロ」を紹介した安生正の<ゼロシリーズ>第三作。作者は建設会社勤務とあって、感染症の恐怖を描いた第一作、軍事スリラーとしての第二作より、専門に近い内容かもしれない。今回日本政府や関係者が向き合うことになる脅威は、地球のコアからくる地震や噴火。しかし純粋な自然災害と言えないところが、いかにも作者らしい。

 

 主人公は、地球物理学と土木工学を学んだ技術者木龍。ゼネコン太平洋建設の現場責任者として、浦安人工島で立坑を掘る工事を指揮し、事故を起こしてしまった過去を持つ。退職して50歳となった今は高校教師、事故でPTSDを患って家庭も失ってしまった。

 

 浦安人工島の立坑はその後も工事が進み、2021年になって大規模地熱発電所として完成した。マグマに海水を注入し発生する高圧・高温のガスで発電するもの。原発20基分の発電能力がある。しかし木龍は、なぜか胸騒ぎを感じる。

 

        

 

 一方、北関東では不思議な惨害が続いていた。足尾町で有毒ガスによる大量死が発生、富岡町では噴火が起きて甚大な被害が出た。木龍は恩師の氏永名誉教授から、不思議な老人奥立に会うよう勧められる。奥立はこれらの災害は徐々に大きくなって首都圏に及ぶという。それを止めるため、木龍に立坑堀りをしてくれというのだが・・・。

 

 浦安の地熱発電所には不可解な2年間の工事停止基幹があったのだが、その間に火力発電所等が排出するCO2を浦安の立坑から地下に埋設する仕組みが作られたらしい。この極秘計画を主導したのは、カーボンニュートラルを求められた経産省。奥立はその後ろ盾だった。このCO2注入が、マグマの異常を産んだものらしい。

 

 PTSDを病み現場に戻りたくない木龍の技術者としての矜持は立派だし、マグマの制御に失敗する科学の見通しも面白い。それでもマイクル・クライトンらのパニックSFに比べると、ちょっと違和感が残ります。それはシリーズすべてについて言えることですが。

北海道を襲う見えない敵

 2013年発表の本書は、以前「ゼロの迎撃」を紹介した安生正の<ゼロシリーズ>三部作の第一作。第11回「このミステリーがすごい」大賞受賞作である。第二作「ゼロの迎撃」がそれなりに面白かったので、シリーズ作を探していたところ2冊同時に手に入った。

 

 第二作は間違いなく軍事スリラーだが、本書は自衛隊の活躍や文民政権の無能振りを描いているところは同じでも、パニックサスペンスの色が濃い。物語は厳寒の2月、根室海峡にある石油プラント<TR102>からの交信が途絶えたところから始まる。たまたま付近にいたとの理由で(本来は海上保安庁のミッションだが)護衛艦DDH「くらま」は現地に急行した。

 

 ヘリコプターでプラントに向かった廻田三佐らは、血まみれになって死んでいる8人のプラント従業員を発見する。エボラ出血熱のような感染症が疑われ、廻田らは直ちに隔離、官邸は事件を伏せたまま感染症の専門家富樫博士を呼び出す。

 

        

 

 富樫は有能な学者だが、西アフリカのガボンで研究にあたっていて妻子を亡くしている。帰国してから国立感染症研究所に勤務するのだが、予算削減に激しく抵抗して職を追われていた。ただその後の研究所の能力低下がひどく、官邸は事態究明ができる唯一の学者である富樫を秘密裏に招かなくてはならなくなったのだ。

 

 富樫は研究所を離れてから麻薬に溺れ、妄想も見るようになっていた。それでも<TR102>の事件に取り組み、廻田らからの聴取も行う。一方廻田も、部下を死なせてしまった悔恨からナイトメアを見るようになっていた。2人の心に傷を負った男を中心に、物語は進んでいく。治まったかに見えた事件だが、9ヵ月後中標津の村が同様の症状で全滅した。さらに道東全体が危険になり、大都市札幌にも見えない魔手が迫っていた。

 

 感染症研究者・自衛隊指揮官らの魂の叫びを受けても、官邸官僚や閣僚は前例にしがみつき自らの保身を図るばかり。少し薄っぺらさを感じますが、大賞受賞の看板はダテではないですね。

標高1,000m以上の山岳地から

 1993年発表の本書は、歴史・軍事もの作家柘植久慶のフィールドワークもの。グリーンベレーの一員として各地の戦闘に加わったという作者は、退役後も世界を巡って数々の取材をした。その際に、本書のテーマでもある麻薬問題の現場を見ることになる。世界全体では、食糧の消費市場価値と麻薬のそれは同等以上との説もある、一大ビジネスである。主力製品である、

 

・ヘロイン ケシの実から採取したもの、ユーラシア大陸中部が中心

・コカイン コカの葉から採取したもの、南米が原産

 

 は、いずれも標高1,000m以上の山岳地での産品。貧しい地域が多いことから、現地では貴重な収入源になる。いくら禁止されようが、生きるためには作るしかないのが実態。これを犯罪組織などが、原料の集積・麻薬への精製・消費地への流通を行うことで、仕入れ価格の10~100倍に価格がハネ上がる。

 

        

 

 もちろんこれらの行為は違法だが、公然と行われている。例えば北朝鮮外交官が、外交行李に詰めて運ぶ外貨稼ぎは公知だが手が出せない。東欧諸国などでは税関等での賄賂が常態化し、流通は事実上フリー。西欧の都市には、南(マルセイユ、地中海経由)や東(ベルリン、ブダペスト、ウイーン、シベリア鉄道経由)で入って来る。

 

 かつてのヴェトナム戦争で米軍を、アフガニスタン戦争でソ連軍を骨抜きにしたヘロインは、雲南省や黄金の三角地帯で製造され戦地に運ばれていた。20世紀末でも香港やホーチミンバンコクなどは集積地となっている。当時ある中国の高官は「アヘン戦争の意趣返しを先進国にしている」と言っていたとある。

 

 都市に流れ込む貧しい移民(難民)と、麻薬の関係は深い。自らが消費するだけでなく、スラム圏を麻薬無法地帯にするからだ。もちろん故郷の人脈が受け入れに寄与することは言うまでもない。

 

 30年前の著ですが、都市の移民街の問題は当時からあったようです。また雲南省・黄金の三角地帯での製造は続いているでしょうから、その消費地はどうなっているか不安ですね。

カタレプシー患者と東欧を行く

 1966年発表の本書は、昨日紹介した「怪盗タナーは眠らない」のシリーズ第二作。アル中探偵マット・スカダー、泥棒バーニー、殺し屋ケラーなど多くのレギュラーを持つローレンス・ブロックの作品中でも、かなり独特なものだと分かった。解説にはユーモアミステリーとあるが、僕は立派なスパイスリラーだと思う。

 

 今回タナーが受けた依頼は、チェコスロバキアの収容所に収監されている老人を救出して、彼が持っている情報を入手してくれというもの。正体不明の依頼者は「CIAなどには任せられない。能力もないし、失敗したら米国の威信に傷がつく」と言って、タナー一人でこの難しいミッション完遂を求めた。

 

        

 

 この老人コタセックは、第二次世界大戦前のスロバキア(直ぐにドイツに併合されてしまったが)の外務大臣だった。戦後はリスボンに隠棲しながらネオナチの精神的支柱となっていたが、チェコスロバキアの秘密警察に拉致され、人民裁判にかけられようとしている。警戒厳重な古い城に監禁されているだけでなく、本人が糖尿病・心臓病に加え時々仮死状態になるカタプレシー症候群を患っている。無理はさせられないのだ。

 

 単身ウイーンからプラハに乗り込んだタナーは、現地のネオナチであるノイマン父娘の協力を得る。娘グレタは魅力的な女で、彼女が色香で誑し込んだユダヤ人組織<シュルテン団>メンバーを使って、タナーたちはコタセックを盗み出す。ただこの老人、不満たらたら、無理難題の贅沢を要求する。タナーはカタプレシー症候群を利用して、仮死状態にしたコタセックを棺に入れて運び出すのだが・・・。

 

 チェコスロバキアハンガリーユーゴスラビアに渡る逃避行で、民族対立がヴィヴィッドに描かれている。グレタのお色気シーンはファースの色が濃いが、その他はリアルなサスペンス。特にタナーの最後の措置には驚かされる。

 

 うーん、このシリーズはとても面白いですが、第三作以降が見つかりません。残念!