新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

王族が数万人いて要職にいる国

 G20/B20の会合の中で、中露らとは違った意味で困った国なのがサウジアラビア。国境を越えるデータ決して認めず、グローバル経済の足かせとなっている。ただ、本書(2021年発表)の帯にあるように、謎に包まれていて内実が見えない。そこで宗教学と現代イスラム思想の研究者である高尾賢一郎氏の著書を買ってきた。

 

 サウジは「イスラム世界の盟主」と言われるが、決してそれを求めたり望んだりしたことはないとある。結果として、石油資源と経済力で一般に貧しいイスラム諸国に頼られることになったらしい。

 

 宗派としてはメジャーなスンニ派だが、イスラム各国が民主化に傾く中で、サウジ家の王族が支配する体制は揺るいでいない。なんと数万人の王族がいて、各州の知事がほぼ直系の王族で占められるように、社会・経済・政治の全てを握っている。

 

        

 

 先進国では当然と考えられている「政教分離」だが、欧州でウェストファリア条約(1648年)が結ばれて以降の常識なので、それ以前の体制であるサウジなどのイスラム国家では通用しない。この点が、日本人も含めて先進各国が、イスラム国家を理解できない理由だとある。

 

 経済的には、石油資源の豊富な国以外は一般に貧しい。石油資源の国では、外国人労働者が多く、カタールUAEでは人口の9割が外国人。サウジは3割ほどなのだが、サウジ人労働者の半数は管理職という、格差社会

 

 不可避的にグローバル化は進むのだが、それによって過激派が台頭するのが問題。1976年に「聖モスク占拠事件」が起きて以降、混乱が続いている。サウジの中では1976年以前の穏健・中庸のイスラム社会を取り戻す「ビジョン2030」が進行中だが、これが上手くいくかは、

 

・女性の権利解放

・観光の振興

・幸福の追求

 

 を見ていれば分かるとある。これらが穏健に進めば、ビジョンは成功したことになるし、強硬な反対派の登場でとん挫すれば元の黙阿弥となる。確かに難しい国家ですが、他所からできることはほとんどありませんね。

欲望と虚飾の街の事件簿

 今日(12/1)は、日本では映画の日である。1990年発表の本書は、長年ハリウッド(街だけでなく俳優や映画関係者を含む)を取材してきた記者ジョン・オースティンの手になるもの。彼はハリウッドを「寡頭政治の街」と呼んだ。高名な俳優やプロデューサーが巨万の富を得て、自らのやりたいようにできる街という意味だ。

 

 ここでは普通の「法の支配」が及ばない。筆者が一線の記者だった25年間に、映画関係者が関わる30件余の迷宮入り事件が起きた。本書はその中から11件を抽出したものだ。日本でも有名なのは、マリリン・モンローの事件。彼女は当時の大統領と司法長官であるケネディ兄弟の(共通の)愛人であり、その仲を暴露しようとして殺害されたと筆者は推定する。

 

        

 

 まるで呪いの映画のような話もある。高名な大作「理由なき反抗」は、クランクアップ後多くの関係者が予期せぬ死を迎えた。

 

・ジェームス・ディーン、事故死。24歳

・サル・ミネオ、刺殺さる。37歳

・ニック・アダムス、鎮静剤服用自殺。36歳

・ディヴィッド・ワイズバート、病名非公表。44歳

ナタリー・ウッド、溺死。43歳

 

 最後のナタリーは、NCISで今も健在ぶりを見せてくれるロバート・ワグナーの妻だった。2人とも子役出身で、若いころ一度結婚し離婚。10年余を経てもう一度結婚している。しかしナタリーが若い俳優ウォーケンと仲良くなり、ロバート所有のヨットに3人で乗船した後、溺死体で見つかった。三角関係がもたらした事件と見られたが、ロバートは警察の事情聴取を拒否し、事件は未解決で終わった。

 

 本件に限らず、ロス郡検視官トーマス・ノグチが再三登場するが、疑惑は提示するものの「寡頭勢力」に阻まれて解決には手が届いていない。1980年ころ米国では航空機産業に次ぐ第二の産業だった映画界、莫大なカネが不透明に流れ、多くの人達が虚飾にまみれた生活をしていた。

 

 ドキュメンタリーではありますが、立派な社会派ミステリーでした。

影の形の変化から・・・

 1957年発表の本書は、生涯で7作の長編ミステリーを遺したクリストファー・ランドンの代表作。第二次世界大戦で英国の野戦医療部隊に所属し、少佐にまで昇進した筆者は、退役後いくつかの職業を経て作家に転じた。北アフリカを舞台にした戦記ものから、スパイものサスペンスものなどを書いたが、本書はアクションと緻密な科学的推理が融合した作品に仕上がっている。

 

 ロンドンの私立探偵ハリーは、美容師の男ステビングスから内々の依頼を受ける。数ヵ月前に誘拐された娘を取り返してくれというものだが、身代金の要求ではなく「ある違法なこと」を強要されているという。手掛かりは、毎週同じ構図で送られてくる娘の写真だけ。誰の仕業かはもちろん、どこに囚われているかも分からない。

 

        

 

 ハリーは妻ジョウンと友人のジョッシュの助けを借りて、事件を引き受ける。写真の解析はジョッシュに任せ、ステビングスの周辺を洗い始めると、手荒なことを厭わない連中が襲って来た。ジョッシュは写真に写る幼女の影に注目、角度と長さの変遷から写真が撮影されている場所の緯度・経度を割り出す。そこは大陸、ロワール河沿いの城館だった。背後に巨大犯罪組織がいることから、官憲の協力も十分得られない。3人は観光客を装って城館に潜入する。

 

 幼女誘拐とその裏にある犯罪、ハリーらを襲う度重なる危機、複雑な計算式を基にした緻密な分析など、重いテーマを扱いながら、ハリーのとぼけた味やハリー夫妻の軽妙なやりとりがあって、軽めのスリラーにも思える。

 

 難を言えば、各章が長く(40ページほどもある)息がつけないこと。なかなかの力量を持った作者ですが、本書発表から3年後睡眠薬の飲み過ぎで亡くなりました。享年50歳とは、早すぎた死でした。

最初の情報戦「大義名分」

 2018年発表の本書は、東京大学史料編纂所本郷和人教授の手になる「リアルな日本の軍事史」。筆者の専攻は、日本中世政治史と古文書学。日本史関連の著書があり、NHK大河ドラマ平清盛」の時代考証も務めた。

 

 全体的には、すでに知っている「リアル」が多く、特段のサプライズもない。政治学的にも、軍事学的にも、目立つ何かがあるわけではない。構成も中世の議論から戦国へくらいはいいのだが、突然日露戦争や太平洋戦争への道がでてくると、戸惑ってしまう。ちょっと残念な歴史書なのだが、面白かったのは戦争の6要素のこと。

 

1)戦術

2)戦略

3)兵站

4)兵力

5)装備

6)大義名分

 

 を挙げている。本来なら「作戦」という項目があるべきなのだが、筆者は本当の大戦略は取り上げず、戦略の下部と作戦を一緒にして「戦略」と記しているようだ。いくつも例示された闘いがあるが、南北朝時代の「青野原の戦い」の例が珍しいので紹介しよう。

 

        

 

 1338年、東北の雄北畠顕家が鎌倉を落とし東海道を下って京都に入ろうとした。戦略目標は京都入りだが、北朝足利尊氏高師泰を送って防戦させた。両軍がまみえたのが現在の大垣市付近。結果は高軍が敗走したが、北畠軍も損害を負って京都入りを諦め奈良へ転身した。歴史書は北畠軍勝利と言うが、目的を阻止したので高軍勝利が正しい。筆者の説に賛成する。

 

 面白かったのは大義名分の重要性。多くの戦いは、天皇ないし将軍をどちらの陣営が取るかで闘われている。こちらに正義があるぞというのは、最も初期の情報戦だったように思う。これを最初に変えたのが織田信長足利義昭を奉じて上洛するも、天下布武が成ると見ればすぐ捨てた。京都の権威も無視し、安土に都を作ろうとした。

 

 歴史が専門の文学者のみる軍事常識。軍人のそれに慣れた僕にとってはちょっと物足りなく、また新鮮な点もありましたね。

ポーク郡保安官チャールズ・スワガー

 2017年発表の本書は、<スワガーもの>を書き続けるスティーヴン・ハンターの「スナイパーの誇り」に続く作品。前作ではWWⅡのソ連軍の女スナイパーの謎を追ったボブ・リー・スワガー、今回は自分の祖父チャールズ・F・スワガーが記録から消された謎に挑む。

 

 ボブの父アールと叔父ボビーの父親であるチャールズは、WWⅠの英雄。2度目覚ましい働きをして、戦後は警官をしていた。1934年にはポーク郡の保安官だったが、司法省捜査局に誘われる。この組織は州をまたがる犯罪を担当するもので、翌年FBIと改称された。この年は大恐慌の余波で治安が乱れ、多くの凶盗が跋扈していた。チャールズは3人組の銀行強盗を一人で倒し、今また有名な盗賊ボニー&クライドも射殺した。ところが、それ以降彼の記録は消えてしまった。

 

    

 

 71歳になったボブのもとに、工事中に見つかった金庫の中味が届けられる。

 

・整備されたコルト.45口径

・司法省捜査局のバッジ

・未使用の千ドル札

・何らかの銃器の部品

 

 バッジが1934年にしか使用されておらず、コルトの製造番号からチャールズがこの金庫の持ち主ではないかというのだ。ボブは、過去の事件を調べ始める。その活動と、チャールズの盗賊との闘いが並行して語られる。

 

 チャールズはコルト拳銃で130m離れた賊を撃退し、ついには凶盗デリンジャーも仕留める。しかし、まだ最後の大物レスとヘレンの夫婦、その部下のJ・Pが逃げ延びていた。彼らを追う官憲に、なぜかシカゴマフィアが情報をもたらしてくる。チャールズはついにレスたちを追い詰めるのだが・・・。

 

 ボブはJ・Pが残したとされる文書を手に入れ、祖父の残した銃やカネの謎を追う。シリーズ全体を貫くのは、作者の銃器愛。本書ではコルトガバメント、トミーガン、BARの3種が出てくる(*1)。題名の「G」はガバメントのこと、連邦警察官とコルト拳銃の掛詞のように思いました。

 

*1:いずれもTVドラマ「Combat!」でお馴染み