新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

天才ヴァン・ドゥーゼン教授登場

 本書は1905年に短編「十三号独房の問題」でデビューした、ジャック・フットレルとその名探偵<ヴァン・ドゥーゼン教授もの>の第一短編集。以前に第三短編集は紹介していて、有名な<タイタニック号>で未発表原稿とともに沈んだ悲劇の作家であることはご承知かと思う(*1)。

 

 <ホームズ譚>に10年ほど遅れてデビューした多くの名探偵の中で、科学者を主人公にしたのがフリーマンと作者。前者のソーンダイク教授は検視官の先達のような存在で、ヴァン・ドゥーゼン教授の専門はもっと幅広い。あえて後継者を探すとすると、東野圭吾の<湯川学准教授>のように思う。風采は表紙の絵のように上がらないが、その知性はケタ外れで広範な知識を総合して「2+2=4なのだ」と論理推理を展開する。

 

        

 

 「焔を上げる幽霊」はその特徴が詰まった作品。ハッチ記者が幽霊譚を取材しようと荒れ果てた屋敷を訪れると、身長8フィートほどの大男が焔に包まれて現れた。屋敷の持ち主の青年と、地元の警官と一緒に再度訪問すると、再び男が現れナイフを振るう。パニックになった警官が拳銃で撃つが、幽霊は綺麗さっぱり消えて跡形も残さない。三度目、教授と共に訪れると・・・。

 

 「水晶占い師」では、インド人の占い師を使っても受けていたビジネスマンが、自分が刺殺される映像を見せられる。震え上がった彼が教授に助けを求めると、教授はハッチ記者と彼に似た体格の私立探偵を付けて、どう行動するか指示を与える。水晶玉に偽映像を出すトリックだが、これが120年以上前のものとは思えない。

 

 探偵が天才的だと、犯人側にも天才が求められる。

 

「ルーベンス盗難事件」の模写画家レセップス

「茶色の上着」の若き銀行強盗ドーラン

「消えた首飾り」の宝石泥棒レイトン

 

 いずれも鮮やかな手口で官憲を煙に巻くのだが、相手が天才ヴァン・ドゥーゼン教授では致し方ない。30~40ページのうちにお縄になってしまう。クラシカルな不可能犯罪ミステリーの傑作集です。繰り返しですが<タイタニック号>とともに沈んだ未発表原稿が惜しまれます。

 

*1:タイタニックと沈んだ未発表作品 - 新城彰の本棚

神学博士の2人の美しい娘

 1924年発表の本書は、文豪ながら本格ミステリーを多く遺したイーデン・フィルポッツが、ハリントン・ヘキスト名義で発表したロマンスミステリー。

 

 壊れた家庭の出身ながら、富豪である伯父の助けで医師になったノートン青年は、海辺を散歩していて美しい姉妹に出会った。父親ヘンリー・コートライトは大執事(神学博士)で、姉マイラはテニスの有力選手、妹ダイアナ(あだ名はコマドリ:ロビン)は女優の卵である。2人はよく似ているが、ダイアナの方がひときわ目を引いた。

 

 2人には英国でも指折りのテニス選手ベンジャミン卿が好意を寄せていて、ダイアナとの仲が噂されていた。しかしノートンは(身分もわきまえず)ダイアナに一目ぼれし、求婚してしまう。怒ったのはノートンの伯父で、すでにノートンの結婚相手を決めていて全財産を譲る気だったのだ。

 

        

 

 それでもノートンは強引にダイアナと結婚、夢破れたベンジャミン卿はマイラと夫婦になった。しかし伯父の援助が無くなったノートンたちは生活が苦しく、夫婦げんかが絶えなくなる。さらにダイアナの体調が悪くなり、ノートンが家を離れているうちに亡くなってしまった。葬儀も済んで1年半後、ダイアナが父親に当てた手紙が見つかり「ノートンに毒殺される」とあった。死体を検視すると致死量のヒ素が見つかり、警察はノートンを殺人容疑で逮捕した。

 

 知らせを受けたノートンの友人で私立探偵のニックは、ノートンは無実だと信じて事件を洗いなおす。容疑者は3人、ダイアナが死んだとき傍にいて毒を盛ることができた、ベンジャミン卿・マイラ・かかりつけ医のファルコナーだ。

 

 S・S・ヴァン・ダインがフィルポッツ名義の4作とヘキスト名義の4作をほめたことから、日本でも人気が高いのですが、本国では「古いタイプのミステリー」をあまり顧みられていないと解説にありました。確かにそういう面はあって、意外な結末こそあるものの、中盤は三角関係のもつればかりが目立ちサスペンス横溢とはいきません。それでもようやく読めた「名作」には感謝ですよ。

 

イスラエルがなかった21世紀に

 2007年発表の本書は、ピューリッツァー賞作家マイケル・シェイボンの<IFワールドもの>。作者は東欧ユダヤ系三世で、本書でSF三賞(ヒューゴー・ネビュラ・ローカス)を独占するという快挙を成し遂げている。

 

 WWⅡ後、イスラエルを建国しようとしたユダヤ人はアラブ諸国との戦争に敗れ、パレスチナの地を追われ世界に散った。その居住地の一つが、アラスカ州の離島シトカ特別区。小さな酷寒の島に320万人のユダヤ人が暮らしている。しかし米国との協定で、2ヵ月後にはアラスカ州に再編入されてしまう。そんな島にはマフィアが巣食い、怪しげな宗教指導者が影響力を持っていた。

 

 そんな街の安ホテルで、後頭部に1発の銃弾を受けてヤク中男が死んでいた。酒浸りの刑事ランツマンは、死体の傍らにあったチェス盤に興味を持って捜査を開始する。被害者は、ユダヤ教正統派からチェスの天才と呼ばれた男だった。

 

    

 

 捜査を進めるランツマンに、上司として赴任してきた元妻は「再編入までに未解決事件があってはいけない」と、この殺人事件を直ちに迷宮入りファイルに収めてしまった。しかしランツマンは同僚のシェメッツ刑事と、捜査を続ける。種々の妨害が入り、バッジも取り上げられてしまうが、昨年死んだ妹ナオミの死もこの件にからんでいるだけに、手を引くことができない。

 

 痩せた寒い土地で、先住民らに白眼視されながら暮らすユダヤ人たち。その中で先鋭化した集団もいて、彼らが事件の黒幕らしい。何度も命の危険にさらされながら、ランツマンは執念で黒幕に迫る。

 

 <IFワールドもの>としては、ディックの「高い城の男*1」などがあるが、本書は立派なハードボイルド。ただ背景となるユダヤ文化が、僕らには難しい。ヘブライ語とイディッシュ語があり、宗派も細かく分かれている。そんな勉強をしながら、IFワールドを楽しむことができました。

 

*1:Red Sun & Black Cross - 新城彰の本棚

静かに、素早く命を奪う

 1951年発表の本書は以前「暗号ミステリ傑作選」を紹介した。レイモンド・T・ボンドの毒薬編アンソロジー。12篇の短編が収められているが、冒頭編者の「毒と毒薬について」が歴史考察として貴重。ソクラテスの自決から、歴史上の毒殺者クリッペン医師らの容疑や所業について詳しい。毒の分析も行われていて、蛇・蜘蛛・キノコ・ニンジンなど自然界のものから科学的に作られたものまで比較研究している。

 

 「疑惑」はウィムジー卿が登場しないセイヤーズの作品。何軒もでヒ素毒殺を繰り返した家政婦が行方不明だという中、ママリイ氏が雇った新し家政婦府はとても料理上手。妻も満足しているのだが、最近彼の胃の具合が良くない。切羽詰まった彼が友人の医師に相談すると「ヒ素中毒」だと言われた。すわ、家政婦が・・・。

 

        

 

 アンソニー・クインの「キプロスの蜂」は、アナフィラキシーを扱った作品。蜂に刺されて人が亡くなる事件があり、警察署長は名探偵ヘイリー博士に相談をもちかける。通常死ぬはずはないのだが、事前に蜂の毒に慣らされていた可能性があると博士は言う。

 

 「利口なおうむ」は、E・C・ベントレーのトレント探偵が登場する貴重な短編。夕食後気分が悪くなるという美女イザベルを姉に紹介されたトレントは、彼女が何らかの毒を盛られていると考えるが、彼女の食べのもはもとより身の回りから毒が見つからない。トレントは、彼女の夫で高名な医師に疑いをかけて・・・。

 

 「バーナビイ事件」は、オースチン・フリーマンの<ソーンダイク教授もの>。ある人物から贈られた食材を食べた時だけ、深刻な症状を呈する男バーナビイ。しかし食材には毒物反応がない。思い余った主治医はソーンダイク教授に相談を持ち掛けると「鳩の卵・鳩の肉・兎の肉にはアトロピンがある」との答え・・・。

 

 確実に殺せないかもしれないのだが、静かに、素早く命を奪い、自分はその場所にいる必要がないのが毒殺のメリット。未遂を含めそれを企んだ12人の殺人者の素顔が面白かったです。

赤ん坊を拾ったロマーノ巡査長

 2015年発表の本書は、マウリツィオ・デ・ジョバンニの<P分署もの>の第四作。舞台は4月のナポリで、ピッツオファルコーネ署の刑事たちは「小さな命」を守るために奔走する。

 

 「ハルク」とあだ名されるロマーノ巡査長は、この朝落ち込んでいた。愛妻ジョルジャが出て行ってしまったのだ。確かにむしゃくしゃしていて、殴ったのは悪かった。でも長年2人の間に子供ができないわだかまりがあり、妻も苦しんでいたのだろう。いつになく早朝に出勤してみると、署の近くのごみ捨て場で産まれたばかりの赤ん坊を見つけた。幸い息はあるが、急いで病院に連れて行くと、重度の感染症だと診断された。署の刑事たちは、捨て子した者を探し出そうと聞き込みを始める。

 

        

 

 街の生き字引ピザネッリ副署長のところに、教会の司祭から奇妙な情報がもたらされた。数日前「無理強いされた捨て子でも母親は地獄行きですか」と告解した東欧訛りの女がいたという。司祭は顔を見ていない。

 

 一方チャラ男のアラゴーナ一等巡査は、妙な少年から依頼を受ける。内容は「仔犬がいなくなったので探してほしい」というもの。近辺で、猫や犬が行方不明になるケースが多くなったのは事実。「一番優秀な刑事」と少年に持ち上げられ、アラゴーナは仲間の愛犬を囮にして「誘拐犯」をおびき出す。

 

 ピッザネッリの情報を基に女を探したロヤコーノ警部は、ウクライナ生まれのララという女が殺されていた場所に行きつく。母親を殺し、赤子を捨てた犯人に怒りをたぎらせるロマーノは不眠不休で捜査にのめり込む。ロヤコーノも持ち前の推理力を活かして犯人像を絞り込んでゆくのだが・・・。

 

 4作目にして、個性豊かな刑事たちの日常(*1)がすこしずつ見えてきました。みんな家庭を持って、愛憎に満ちた日々です。本家<87分署もの>や<ダンカン&ジェマもの>には少なかった、食卓の話題が多いのも嬉しいシリーズです。やっぱり食はイタリア(それもナポリ)ですよね。

 

*1:アラゴーナは大富豪の息子で、一流ホテルで暮らしている