新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ロシア<青の革命>

 2009年発表の本書は、英国の歴史教員ジェィムズ・スティールのデビュー作。彼はオックスフォードで歴史・教育を学び、私立高の副校長である。彼が本書を書いている間に金融危機が訪れ、ロシアでも彼が描いたような政情不安が起きとあとがきにある。

 

 本書の欧州では、ロシアで政変が起きてメドベージェフもプーチンも放逐されクリモフという愚物が大統領になった。彼はスターリン流の恐怖政治を敷き、対立した欧州諸国への天然ガス供給を止めた。外貨不足・物価高でロシア自身も困窮するのだが、欧州の西端英国では電力供給が昼間だけという窮乏に陥った。

 

 クリモフの友人と見られている大富豪セルゲイは、実はクーデターを考えていてチタ州の収容所にいる元野党党首ロマン・ラスコーリニコフ救出を企画する。元サッカー選手で国民人気の高い彼を、モスクワのTV局に連れてきて新政府樹立宣言をさせる計画だ。

 

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 英国政府は非公式にこの計画に加担、元近衛騎兵連隊のデヴァルー少佐にその実行を委託する。デヴァルーは、元部下の下士官、ロシア空軍の大尉、ノルウェー軍の狙撃兵、南ア軍の下士官、豪軍の爆発物専門家を集め、マイナス60度と酷寒のチタ州へ向かう。彼らが救出作戦のために用意した武器は、

 

・対空用B8V20ロケット(80mm)、対戦車用コルネット9M133ミサイル

・AGS-30自動グレネードランチャー(30mm)

・コルド12.7mm重機関銃、PKM7.62mm汎用機関銃

・L115A3長距離ライフル(8.49mm)

・M4スーパー90コンバットショットガン

・MTP-2遅延発火地雷

 

 加えて各人が持つGP30グレネードランチャー付きのAN-94アサルトライフルは、600発/分の発射速度がある。処刑直前に嵐をついてロマンを救出したデヴァルーたちは、モスクワへ飛ぶ。セルゲイのTV局で有名な女性キャスターに紹介されたロマンは、庶民の心を揺さぶる演説を行う。

 

・ロシア人には奴隷の魂と自由な魂がある。自由な魂を呼び起こそう。

共産党の赤でも、ツアーの白でもない(国旗の)真ん中の色<青の革命>だ。

 

 TV局にはクリモフ大統領の命を受けた武装警察が迫ってきて、ロマンの声に揺り動かされた群衆に発砲し始める。とにかくロシア軍の兵器展示会のような小説で、BMP-3、T-90、Mi-24、ツングースカ、BPR-80などが出てくる。戦闘シーンも迫力あって、期待できる軍事スリラー作家だと思います。

情報セキュリティの知識・組織・実践

 本書は来月2日発売予定の新刊書、これも著者から送られてきたものだ。400ページ弱の中に、現在の企業情報セキュリティの全てが詰まっている書といっても過言ではない。日本ネットワークセキュリティ協会JNSA)は、サイバーセキュリティ業界の老舗団体。サイバーセキュリティは今でこそ当たり前の分野だが、初期のころはコンピュータエンジニアの中でもネットワークエンジニアだけの狭い(マニアックな)世界だった。だから、ネットワーク系からこの世界に入った人は多い。本書の執筆者は10名あまり、JNSAのCISO支援WGのメンバーが中心だ。

 

 本書のタイトルにもなっているCISO(Chief Information Security Officer)はデジタル産業系企業では当たり前の役員、CIO(Chief Information Officer)が常務なのにCISOは専務・副社長といった企業もあるほど重要な役職だ。CIOが自社のDXを進めるアクセルの役目なら、CISOはそこに潜むリスクをあぶりだし、時にはブレーキの役目をしなくてはならない。

 

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 日本の一般企業ではまだ設置していなかったり、名目上他の役員が兼務するケースも目立つ。その理由のひとつは「CISOって何するんだっけ?」の詳細が分かっていないこと。本書は、それを一から丁寧に説明してくれるハンドブックである。筆頭著者の高橋正和氏とは10年来の付き合いで、あるデジタル企業の日本法人におられたときに何度も公開イベントでご一緒している。彼によれば本書は、

 

・経営会議向け資料を作るヒナ型に

・技術担当がCISOになる際のヒントとして

・セキュリティの理解が不十分なCISOの助けとして

・ビジネスに沿ったセキュリティ計画や事業継続計画策定のために

 

 使ってほしいとのこと。最新の「ゼロ・トラスト」の概念や外部サービス(クラウド等)を使う際の留意事項から、過去のサイバー攻撃の実例まで幅広い知識が得られ、それに対応する組織はどうあるべきで、CISOとそのチームがどう実践すればいいかが1冊で分かる内容になっている。

 

 ただこの400ページは重い(物理的にも内容的にも)ので、通しで読むと疲れてしまうでしょう。必要な時、必要に応じてページをめくるのがいいでしょうね。それも本書にある「Need to Know」と思ってはいかがでしょうか。

一極集中是正のヒント

 別ブログでではあるが、東京一極集中の危険性を書いてみた。欧米諸国では人口1,000万人をこえる都市は珍しい。安全保障面からもこのような集中は避けるべきというのが、都市計画の裏にある。今回の「COVID-19」騒ぎでさらに拍車がかかったのが、一極集中是正の議論。それはいいのだが、今本当の東京はどうなっているのか知りたくて買ってきたのが本書(2018年発表)である。

 

https://nicky-akira.hatenablog.com/entry/2019/10/29/060000

 

 筆者はマーケティングから消費・都市・郊外を考える、カルチャー研究者。国勢調査の細かなデータ満載の、ややカルト的な分析が行われている。東京都の人口は2023年に1,400万人にとどかずピークアウトするが、その後も東京23区だけは2035年過ぎまで人口増加が続くとある。人口増加よりも、住んでいる人が変わってしまったと筆者は言う。

 

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 ブルーカラーが暮らしていた下町は高度な専門職が入居するタワマンの林立した都会になり、独身男性が主役だった街に同数以上の独身女性がやってきた。もちろん皆比較的近い職場に通い、平均年収はハネ上がる。職業にしても「分類不能」の区分が増え、そういう人たちは年収が高い。

 

 そのような人が暮らす度合いは地区によって異なるので、以前はほぼ同じ年収だった港区と足立区では、3倍近い格差がついた。子供連れの若い夫婦が都心に増え「待機児童」問題も起きる。外国人の増加も著しい。新宿区では人口の9.1%が外国人、大久保一丁目の成人式では外国人が87%いた。

 

 かつて都会は男性主役、郊外は女性主役だったのに、今や都会は男女同権からやや女性優位に、郊外は主役が不在でさびれていく。ここに外国人という新キャラが加わって事態は複雑になったと筆者は総括する。さてその対処法だが「都市部・郊外を問わず、住宅地・団地の中に働く場所や買い物ができるところを作れ」と筆者は強調する。

 

 今テレワークなどの導入が進んでいて、働く場所・住む場所の差がなくなりかけています。特に近年都心にやってきた「分類不能」の職業を持つ高収入の人たちは、このトレンドに素早く反応しています。住んで・働いて・買い物をして、この3点が近ければ人生は豊かになります。これが先日成立した「スーパーシティ法」の目標でしょうね。

ウィムジー卿を巡る女性たち

 本書は1930年発表の、ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジー卿ものの第五作。前作「ベローナクラブの不愉快な事件」より、第三作の「不自然な死」によく似た毒殺ものである。古来女流ミステリー作家には、毒殺ものが多い。アガサ・クリスティ第一次世界大戦中看護婦だった経験を生かして、毒殺を多用した。

 

 ウィムジー卿は本書で、砒素中毒に間違いはないのだが誰がどう飲ませたのか分からない事件を解決しようとする。きっかけは女流ミステリー作家ハリエットが以前の恋人フィリップを毒殺したとされる事件の裁判を傍聴したこと。

 

 フィリップはハリエットとの仲が壊れた以降、なんどか砒素中毒と思しき症状を呈するが、ついにある日亡くなった。その前日、彼は友人何人かで夕食を摂ったのだがどの料理も誰かとおなじものを食べているし、一人で呑んだワインからもベッドわきの水差しからも毒は検出されなかった。ハリエットのみが彼に毒を飲ませる機会があったと思われる。さらにハリエットが「ネズミ捕りに」と砒素を買った事実があって状況証拠は十分だった。

 

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 しかし陪審員たちは、頑として無罪を主張するハリエットに対して一致した評議を出すことができず、裁判は延期されてしまう。傍聴したウィムジー卿は、なんとハリエットに一目ぼれしてしまい。告野裁判までに彼女の無実を晴らすため、真犯人を見つけると意気込む。

 

 早速捜査にあたるのは、ウィムジー卿が自費で運営している「僕の猫舎」にいる老嬢たち。仕事に恵まれない戦争未亡人や独身女性らを集めた組織だ。まさに「ウィムジー卿のイレギュラーズ」である。これを束ねるクリスピン嬢は、第三作にも登場して卿を助けた。

 

 今回は、決定的な証拠をつかむためフィリップの大叔母にあたる資産家のもとに赴き、植物状態になった彼女の過去に書いただろう遺言書を探す。部下のマーチスン嬢も、容疑者のもとに潜入して「金庫破り」までしてのける。

 

 一方卿の妹レディ・メアリは、平民であるスコットランドヤードのパーカー主席警部と恋に落ち、結婚の運びとなる。ハリエットと卿のロマンスやいかに・・・というのが、真犯人がフィリップを毒殺したトリックと並行して読者を惹きつける。

 

 いかにも女流作家、というロマンス・ミステリーでした。特に卿を支える老嬢たちに活躍が、スコットランドヤードより目立った作品でした。

やはり世界中「カネ余り」

 緊急事態宣言の広がりもあって、「#二度目の一律現金給付を求めます」がトレンド入りしたらしい。これに麻生副総理・財務大臣は「銀行預金が増えるだけ、経済効果は期待できない」と消極的である。さらにこのところ銀行の預金総額が急増しているとの報道もあり、やはり日本中「カネ余り」だと思われる。

 

 「カネ余り」は日本だけでなく世界中の傾向だが、それは「COVID-19」の影響で各国政府が財政支出を増やしているからだと思っていた。ところが本書(2019年発表)を読んで、それが「COVID-19」以前からだと知った。本書の著者中條誠一氏は中央大学名誉教授、商社マンから経済学者になり、国際金融・貿易の世界での論客である。

 

 通貨で世界経済を計るというのが本書の主旨、冒頭「国際通貨は貿易のためのものだが、2017年時点で世界貿易額は22兆ドルほどなのに、国際金融市場は53兆ドルを超えている。必要な額の倍以上が流通している」とある。

 

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 その主な原因は国際基軸通貨のドルが、必要以上に「刷られた」からだとある。米国は過剰消費性向の国で、貿易赤字を埋めるためにはドルを増刷する必要がある。大抵の国なら直に財政破綻するのだが、通貨発行利益があるのでドル増刷のコストが低い。その結果、国際経済全体がカジノ化してしまった。つまり過剰な資金が株式や不動産、果ては仮想通貨にまで流れ込んで、それらを必要以上に値上がりさせたというのが筆者の主張。

 

 ドルに対抗しようとしたユーロは、生産性の高いドイツらと低いギリシアらを同一通貨でくくったゆえの「ユーロ危機」に見舞われて鳴かず飛ばずGDP2位の経済力を背景にした「人民元の国際化」も、2019年時点でも貿易決済に使われるのはごくわずか(円より少ないとある)という現状。そこに仮想(暗号)通貨がなだれ込んできて、混沌としているというのが筆者の現状認識だ。

 

 落ち目かもしれないが基軸通貨はドルなので、米国市民が過剰消費をあきらめ倹約して貿易赤字を減らし、対外債務を償還するのが正しい経済学。しかしそんな政策を米国市民が受け入れるはずはなく、結局「America First」の鎖国もどきになって、上記のひずみは一層増したとのこと。

 

 仮想通貨の事はまだ不透明なのですが、それ以前の国際金融の話はすごく分かりやすかったです。やはり「カネ余り」は確かなのですね。「COVID-19」以前から。