新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

河川砲艦での救出劇

 1960年発表の本書は、これまで「黒海奇襲作戦」など4冊を紹介した英国冒険作家ダグラス・リーマンが、今話題の東シナ海を舞台に描いた活劇。作者の本領は、小型もしくは老朽の戦闘艦が、より強大な敵と戦う姿。本書では、本来河川で運用される旧式の河川砲艦が、孤島から英国民を救出する作戦に登場する。

 

 第二次世界大戦後、中国は共産党が支配した。いわゆる西側に残されたのは香港・マカオと、台湾である。しかしもっと細かく言うと、東シナ海の島々は共産党支配エリアに隣接して国民党支配のサンツ島があった。

 

 ここには国民党の将軍が3,000弱の兵力で立てこもり、旧日本軍の兵器も活用して共産党軍の上陸に備えていた。島には農場主や医師など数家族の英国人が住んでいたが、英国政府は共産軍の総攻撃が近いと見て、自国民を救出することにした。

 

        

 

 島の港は不整備で、通常の軍艦は近づけない。しかし喫水の浅い河川砲艦なら、座礁せずに接岸できそうだ。在香港の英国海軍が救出用に選んだのが、艦齢30年近い旧式河川砲艦ワグテイル。事故を起こして左遷され酒浸りだが、本来優秀な海軍軍人ロルフ少佐を艦長に選ぶ。

 

 ワグテイルの兵装は6ポンド(57mm)砲1門と機関銃だけ。乗員も英国人はわずかで、20名あまりの水兵は中国人だ。ロルフ艦長は、いずれも問題のある2人の大尉を指揮して、救出作戦を開始する。

 

 現地の国民党軍幹部との確執、農場主や医師らの抵抗、士官と現地の娘たちの葛藤など多くの難題を乗り越えながら準備が進むが、ついに共産党軍の上陸作戦が始まった。被害を受けながらもワグテイルは脱出に成功するが、取り残された医師兄妹を救出すべく、ロルフ艦長は単身島に戻ってゆく。

 

 医師の妹ジュディスを思う中年軍人ロルフの活躍の後、おまちかねの砲艦対中国駆逐艦ソ連製)の対決となりました。うーん、ミニ版台湾上陸戦ですかね?

パートナーになったラム君

 1941年発表の本書は、以前「屠所の羊」や「大当たりをあてろ」を紹介した、A・A・フェア(昨日紹介したE・S・ガードナーの別名)の「バーサ&ラム君シリーズ」。小柄で頼りなさげだが、頭の切れは抜群のドナルド・ラム。女丈夫バーサ・クールの調査会社に雇われて、機転の効いた調査員となっている。

 

 バーサは何かの病気をしたようで「大当たり・・・」の巻で体重が160ポンド(*1)にまで減ってしまった。吝嗇極まる彼女だが、たまには息抜きをとラム君を従え海釣りに出かけた。そこで富裕な医師のデヴァレストから、盗まれた妻の宝石箱を捜してくれないかと依頼される。楽な仕事とバーサはラム君を派遣するのだが、調査を始めたばかりに医師がガレージで死んでしまった。排気ガスを吸っての一酸化炭素中毒である。

 

        


 医師の夫人は、夫の生命保険は死亡時4万ドル、事故死だと倍額なので8万ドルと思っている。ラム君は、

 

・保険契約は「死因が事故による」場合に倍になるとある

・過失等での事故死は上記の条件にあたらない

 

 と説明し、訴訟は可能だが当面は4万ドルしかもらえないという。ただ法律の知識だけでなく、ラム君は本当にはしっこい。姿を消した娘を翌朝には見つけるし、運転手の男の過去を調べて巧みに操る。ペリー・メイスンが1話に一度見せる冴え(*2)を、ラム君は数回/話やってのける。

 

 デヴァレスト未亡人の周りには、甥や姪、使用人、弁護士や主治医などの他、南米からデヴァレストに借りた金を返しに来たという怪しい男まで現れて、みんな一癖ありそう。そんな中、ラム君自身にも殺人容疑がかかり、さらには毒まで盛られてしまう。

 

 本件の途中で、ラム君は小さな叛乱を起こし「パートナーにしてくれなければ辞める」とバーサを脅します。これまでの実績もあって、バーサもやむなく呑んでくれました。ラム君、おめでとう。

 

*1:ネロ・ウルフの半分強である

*2:時には非合法の取引も

街角オーディションの目的

 1946年発表の本書は、久しぶりに見つけたE・S・ガードナーの「ペリイ・メイソンもの」。法廷シーンも多く(70ページほどある)、本格ミステリーとしても楽しめる作品に仕上がっている。第二次世界大戦直後なのだが、戦勝国米国には戦争の傷跡も見られない。ロサンゼルスと思しき街は活況を呈していて、求人も豊富だ。本書は、そのなかでも奇妙な求人広告で始まる。

 

「求む、清楚なブルネット。23~25歳、身長・体重・サイズが規定に合うもの。報酬は50ドル/日。希望者は指定日に既定の服装で街角に立て」

 

 メイソンが出会った娘は、これに応募しよく似たルームメイトが当選したという。事件の匂いを嗅いだメイソンたちは、当選したという娘を訪ねると、なかなか会わせてもらえない。彼女エヴァとその付き添いアデルは、指定された豪華な部屋で、その部屋の借主ヘレンになりすますように言われていた。

 

        

 

 それを指示した男ロバートは、実はケチな賭博師、誰かに依頼されたようだが依頼者の名は明かさない。しかも外出するエヴァ達には私立探偵らしいチームが尾行を続けている。一体、このオーディションの意味は何なのか?やがて事件は、ロバートが射殺され、アデルに容疑がかかる殺人事件の裁判に発展する。

 

 ロバートへの依頼者や、その関係者にメイソンが迫る会話やサインを求める調書が面白い。ある程度法律知識を持つ連中を相手に、それを逆手に取った罠をかける。終盤の法廷場面でも、勢い込んで検察官席に立つガリング検事補に対し、法廷内外で罠をかけ「鼻づらを掴んで引きずり回す」。

 

 ガリングは優秀な検察官だが、メイソンに言わせると「法理論は得意でも法廷現場を知らず、閃きが少ない」。ただこの事件はアデルは無罪を信じながら、真犯人をメイソンも分からず弁護する。最後に明かされる旧式拳銃のトリックはさすがで、十分楽しめましたよ。

 

海兵隊幹部から見た沖縄問題

 2016年発表の本書は、日本文化にも造詣の深い政治学者で在沖縄海兵隊にも所属したことのあるロバート・D・エルドリッジの「オキナワ論」。沖縄にある米軍(専用)基地の再編や削減などについて、米軍も日本政府も失敗したという。例えば、最も大きな争点である普天間基地移転問題だが、メディアが伝えることは間違っているとの主張だ。

 

普天間基地は、世界で最も危険な基地などではない

・移転先としては勝連沖の人工島がベストだったが、容れられなかった

辺野古基地の改良では、本当の意味の普天間代替えにはならない

 

 嘉手納基地も含めて、危険なのは津波。その意味では普天間基地は理想的な位置にあるし、十分な大きさがあって市街地に与える影響は少ない。辺野古では津波のリスクがあるし、脆弱な地盤であることは分かっていた(*1)。

 

        

 

 沖縄は太平洋への出口を扼するキーストーンで、ここに基地があるのは政治的・軍事的必然である。何も沖縄県民に負担をかける意図ではないのだが、左翼系メディアばかりのこの島の世論は、反政府・反米軍で凝り固まってしまったという。ではどうすればいいのか?筆者なりの解決策としては、まず沖縄の人が「本気で基地問題を解決したいのか」を問い直したい(*2)という。その上で、内地の人も含めて多くの人が下記を認識すべきだとある。

 

・「基地の75%が集中」「米軍人の高い犯罪率」などは虚構

・基地は「負担」だけではなく、大きな経済効果もある

・多くのプロパガンダの背景には「中国の沖縄離反工作」がある

 

 地政学的な重要性は、昔(*3)から変わりません。皆が正しい認識を持つことが重要だと思いますね。

 

*1:本書ではほのめかしているだけだが、勝連沖の工事は沖縄地元業者の技術では無理。何とか彼らが受注できるものとして、辺野古の埋め立てが決まったということ。

*2:基地があることで豊かな生活を送れている人も少なくない。

*3:明国を親とし薩摩を兄と(前編) - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

タイムマシンで行く15の道

 2016年発表の本書は、3人の歴史学者(*1)による京都の歴史探訪で、15の道を紹介している。ガイドブックにある「○○は何年に建立されました」的な紹介と、歴史書にある「このような時代で、××のために必要だった」的な解説を融合した書である。ある種の道やエリアを15取り上げていて、まるでタイムマシンでそれらを体験しているようだ。15の「道」とは、

 

1)室町と山鉾の道~町衆と図子

2)開化と繁華の道~新京極と祇園

3)清水坂の歴史と景観

4)キリシタンの道

5)鴨東開発の舞台~岡崎周辺

6)大礼の道~皇居から京都御苑

7)「日本国王」の道~北野と北山を歩く

8)災害の痕跡を歩く~鴨川流域をたどる

9)志士の道~高瀬川明治維新

10)学都京都を歩く~京都大学周辺

 

        

 

11)朝鮮通信使の道~大徳寺から耳塚へ

12)牛馬の道~東海道と山科

13)古典文学と嵐山・嵯峨野の近代

14)幽棲と共生の里を歩く~洛北岩倉

15)「京都らしさ」と宇治~世界遺産と文化的景観

 

 例えば1)では、市街を南北に貫く大通り烏丸通の西側にある室町通は、かつてはメインストリートであり応仁の乱で荒廃し上京・下京に分かれた街をつないでいたことが紹介されている。加えて三条通四条通烏丸通西洞院通に囲まれたエリアは「明倫学区」と呼ばれ、町人文化の象徴でもある「山鉾」が集中していたとある。

 

 また9)では、木屋町通沿いにある水路「高瀬川」が、重要な水運路だったことと、この周辺に幕末の志士の活動跡(襲撃された等々)があることが紹介されている。有名な三条池田屋もそのひとつだ。

 

 昨年から、京都新町三条に滞在して街歩きをする(*2)ことにしました。1)と9)は実際に歩いたので良くわかります。次回から京都の街歩きには、本書を携帯することにしますよ。

 

*1:小林丈広同志社大学教授、高木博志京都大学教授、三枝暁子立命館大准教授

*2:改めて京都へ(Apartment MIMARU) - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)