新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

スコットランドの6人の画家

 本書(1931年発表)はドロシー・L・セイヤーズの「ピーター・ウィムジー卿もの」の第六作。原題の「Red Herrings」は燻製のニシンのことだが、ここではミスディレクションを差す。軍用犬などの追跡を逃れるため、匂いの強い燻製ニシンを使って逃走路を欺瞞したことに由来するらしい。

 

 舞台はイングランドに近いスコットランドのギャロウェイ地区、自然豊かなところで人口はとても少ない。ウィムジー卿は地元の純朴な人たちとの交流を楽しみ、気ままな滞在をしているうちに事件に巻き込まれる。

 

 多くの画家たちが集っているところで、一番の嫌われ者画家はキャンベルという男。酒癖が悪く乱暴者で口汚い、良く言う人はいないし、殺してやりたいという者すらいる。ところがキャンベルが渓谷の下で死体で見つかったことから、村は騒がしくなる。前の晩にキャンベルは酔って、何人かの画家仲間と口論になっていた。状況からは翌朝絵を描きに渓谷にいって墜死したように見えたのだが、ウィムジー卿は死後硬直度合いなどから死んだのは前の晩か未明、その後何者かがキャンベルの筆をまねて油絵を描いたのではないかと推理する。

 

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 有力な容疑者は6人の画家たち、そのうち2人はロンドンやグラスゴーに行っており、3人は行方不明、一人だけしか村には残っていない。原題の意味は、6人中5人は「欺瞞」で真犯人は6人中の誰かということ。天才的な貴族探偵であるウィムジー卿だが、容疑者たちを警察が連絡したり見つけ出すのに手間取ることもあって、なかなか真相にたどり着けない。

 

 グラスゴーからロンドンにいたる鉄道網の中で、ギャロウェイ地区も支線は多いのだが運転本数は少ない。午前午後、1本づつしかない路線もある。また画家たちも自動車は持っているが少なく、目立つ。他に自転車という交通手段もあり、6人の容疑者のいずれもアリバイがあってもないような、不思議な状況になる。500ページ中残り80ページになって、容疑者を絞り込んだウィムジー卿は、犯人に成り代わって「実証実験」を行う。

 

 スコットランドの方言を無理に日本語訳したせいか読みづらいところもあり、地理感覚がないのでアリバイ崩しも実感がわかない。本格ミステリーとしては、いい趣向なのですがいまいち乗り切れませんでした。少し冗長だったようにも思いますし。

法人検死報告書(コロナ編)

 本書は、以前「あの会社はこうして潰れた」を紹介した、帝国データバンク情報部による「COVID-19」禍における倒産状況分析の続編。2021年5月の出版で、おおむね2020年度の倒産劇を扱っている。

 

 実は「COVID-19」対策として政府が数々の支援策を出していて、当該年度の倒産件数自体は前年度から減っている。これについてはゾンビ企業を延命させたとの批判もあるが、企業倒産は雇用にも影響するので必要な措置だったとは思う。しかし2020年度には大型倒産も多かった。本書では、アパレル・娯楽・観光・飲食に加え、比較的「COVID-19」の影響が少なかった製造業なども含めた23の具体例を紹介している。

 

 大雑把に見ると、ビジネスモデルの不備・オーナーや役員の使い込み・無謀な業容拡大や先行投資などの問題があって、それを「COVID-19」禍が顕在化させて死に至ったというものが目立つ。

 

        

 

 大きなインパクトだったのは、インバウンド需要の消滅。ピーク時4兆円以上あったこの産業は、輸出額1位の自動車(12兆円)には劣るものの、2位の半導体(4兆円)を上回る規模。その結果「GoTo」で助成したものの、倒産した観光関連企業が目立つ。また中国への入れ込み過ぎで危機に陥ったケースもあり、グローバル経済の影響は大きくなっている。その割に、経営者の目は国内に閉じているようにも見える。

 

 巻末に、創業100年以上の老舗企業が34,000社以上あるが、上場しているのは2%ほど。大半が年商10億円以下の小規模で、リスクについての意識は、

 

1)戦争、35%

2)主力商品の販売不振、28%

 

 以下、資金繰り、災害と続くとある。本来は「Global & Digital」の推進とそれに潜むリスクを見て欲しいのですが、日本の多くの企業はまだその段階まできていないようですね。

技術革命だけでは人類を変えきれない

 2017年発表の本書は、5人の知の巨人にサイエンスライター吉成真由美氏がインタビューしたまとめたもの。昨日紹介した「知の逆転」の後日談とも言え、テーマは「人類とテクノロジーの関係」である。登場する巨人は、

 

ノーム・チョムスキー(数学・言語学政治学者)

レイ・カーツワイル(発明家・未来学者)

マーティン・ウルフ(経済ジャーナリスト)

ビジャルケ・インゲルス(建築家)

フリーマン・ダイソン(数学・物理学者)

 

 テクノロジーは指数関数的に発展する。問題はそれを人類が使いこなせるかどうかで、巨人たちの意見も分かれている。使いこなせるとすれば、

 

自然エネルギーの供給量は2年で倍になる。必要量を得るにあと6回倍になればいい

・デジタル技術で人間のバックアップも可能になり、医療技術で寿命も半永久的になる

・3Dプリンタで、建築物も衣料品も、なんでも自由に作り出せる

 

        

 

 逆にリスクとしては、

 

・分散型のシステムが進んで反政府(アナーキズム)がはびこり、破局が訪れる

・インターネットそのものが目的を持ち、世界を支配する可能性もある

 

 が挙げられていた。その他にも興味深い意見があり、

 

・少ないデータでAIが成長する技術開発 ⇒ 醜いデータ覇権争いが無意味に

・機密の多くは自国民に情報を伏せるため ⇒ これが政府への不信につながる

グローバリズムとテクノロジー発展で企業は国内投資を渋るようになる ⇒ 日本の企業内留保増の理由

・気候変動モデルには疑義があり、脱炭素に使うカネは被災地再開発に廻すべき

 

 という。サイエンス(&テクノロジー)は人類の未来を切り開くが、それだけでは(起きてくる問題の解決含め)充分ではない。「99%デモ」がネットで拡散して大規模なものになっても、結局何も変わらなかった。新しい時代に合わせて人間も、生活様式も、考え方も変えなくてはいけないのだという。

 

 ただ変化の方向性については、5人の巨人に一致は見られませんでした。前著より多様性が増したのかもしれません。

限りなく真実を求めて

 2012年発表の本書は、当代最大の(理系)知性を持った巨人6人へのインタビューをまとめたもの。インタビュアーはサイエンスライター吉成真由美氏である。その巨人たちとは、

 

ジャレド・ダイアモンドUCLA教授)

生物学者でピューリッツア賞受賞者「文明はわずかな誤りで崩壊する」

ノーム・チョムスキー(MIT名誉教授)

言語学者「エリートは必ず体制の提灯持ちに堕する」

オリバー・サックス(コロンビア大教授)

神経学・精神医学者「音楽は言語より先に脳に入り、ずっと長く残る」

マービン・ミンスキー(MIT教授)

コンピュータ科学・認知科学者「サッカーロボットより原発作業ロボットが重要」

◇トム・レイトン(MIT教授)

数学者でアカマイ創業者「無法地帯である情報産業に数学という武器で立ち向かう」

◇ジェームズ・ワトソン(DNA二重らせんでノーベル生理学・医学賞を受賞)

分子生物学者「個人が大切にされない組織、社会は発展しない」

 

        

 

 彼らに共通して問われたことの一つが、インターネットの未来。AI研究者であるミンスキー教授が、一番辛口な予想をしている。どれだけデータを詰め込めても、ドアひとつ開けられないではないかと。10年余り経って、ミンスキー教授のあるべき姿に、デジタル社会はなりつつあると思う。ただレイトン教授が指摘していたように、悪者も自由にインターネットを利用するのでサイバー空間は無法地帯となってしまう。そのひどさは、レイトン教授の予想を大幅に超えているだろう。

 

 脳科学者サックス教授が、障碍者でも脳力を発揮する例を示し、15歳ではまだ能力の方向性は見えないという。一方ワトソン博士は、16歳ほどでその人の能力の方向性は見いだせるという。6人に共通するのは、自らの専門領域で「限りなく真実を求める」姿勢だとある。敵は100万ありとても、決して妥協しないのが知の巨人のゆえんだそうです。

市民参加の司法・・・の舞台裏

 自身はさほどの多作家でもないが、ミステリーの厳正さにかけては人後に落ちない作家佐野洋。評論家は彼を、「当代一流の読み手」と称する。そんな作者の研究熱心さが顕れたのが、長編でも短篇集でもなく「連作推理小説」という本書(1995年発表)である。

 

 最近「桜を見る会」などの始末に対し、検察審査会が「不起訴にしたのは相当か不当か」の議論をしているが、この制度は以前からあった。そして近年導入された「裁判員制度」以前に、一般市民が司法の世界に関わることのできる制度だったわけだ。作者はこれに興味を持ち、審査委員になった人などへのインタビューを徹底してその舞台裏を把握し、小説の形で読者に紹介している。

 

 これには高いハードルがあった。それは「守秘義務」。検察審査会は、裁判のように公開されているものではなく、関係者は審査会で話された内容を他に漏らしてはいけない。だから作者は審査会の雰囲気や議論の流れなど抽象的なデータを得て、全体を構成しようとした。それもドキュメンタリーではなく小説として。

 

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 主人公佐田は、55歳の社会科教師。かつてはエリート都立高で教えていたのだが、教え子の姉と不倫関係になり、今の私立高に拾ってもらった。娘の結婚を機に妻からは離縁状を叩きつけられ、家も追い出されて田舎町で賃貸アパート暮らし。そんな彼に、検察審査員選任の知らせが届く。幸か不幸か審査員ではなく、それが欠場した時の補充員。それでも毎週水曜日は審査会に参加しなくてはいけない。いつ補充されて審査に加わることになるかもしれないからだ。

 

 本書はそんな佐田と、佐田の都立高時代の教え子米山、かつての不倫相手を思わせる妙齢の美女妙子は、様々な事件を経験する。審査会が終わった後、近くの喫茶店で3人で「反省会」を始めるのだが、ここでの会話やとんがった推理などが面白い。

 

・犬を毒饅頭で殺したのはなぜか?

・市長候補者が死んだのは、選挙有効後か無効のうちか?

・「ボケ防止」の祈祷に20万円取ったのはサギか?

 

 など、法律のスキマを突いたり、日常の思わぬところに潜むワナを、検察審査会という場で追及する話だ。派手な殺人事件やテロなどと違い、落ち着いた中に意外な結末があって、面白い「連作集」でした。