新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

スペンサー、撃たれる!

 1997年発表の本書は、前作「チャンス」同様いままで手に入らなかった作品で、ある日Book-offで運良く見つけたもの。ロバート・B・パーカーのスペンサーものはとてもスピーディな展開と、ホークをはじめとするタフガイたちのアクション、スーザン(&パール)との愛の巣の対称が魅力だ。登場人物の短い会話が、とてもスマート。そこに現代米国の抱える病理が浮かび上がる点も、見逃せない。

 

 今回の事件も病理の典型、黒人問題である。元地方検事補だった弁護士リタから持ち込まれた事件は、1年半前にリタ自身が有罪判決を勝ちとって刑務所送りにした黒人青年のこと。彼は白人富豪の娘メリッサを殺した容疑で逮捕され、目撃者もいて弁護に立った若手弁護士が法廷に不慣れだったせいもあって、有罪となった。

 

・容疑者エリスは黒人青年、婦女暴行の前科が2件

・メリッサの死体はほぼ全裸で見つかり、暴行された跡もある

・エリスに似た黒人がメリッサを車に押し込むところを見た目撃者が2人

 

 多くの人が想定する、典型的な暴行殺人事件である。しかしリタと今は成長した相手方の若手弁護士は、その判決に疑問をもってスペンサーに再捜査を依頼してきたのだ。

 

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 地元警察やメリッサの両親はもちろん、彼女が通っていた(白人だけの)女子大も再捜査には協力してくれない。エリスも、自分は無実だとは言いながら「どうせ何も聞いてもらえない」とふてくされている。しかし嗅ぎまわるうちに何かを掘り出すのがスペンサー流、今回もメリッサが付き合っていたという黒人青年を問い詰めているうちに、何者かがスペンサーに「手を引け」と脅してくる。

 

 この黒人青年は白人富豪の養子で、タフツ大のテニス部主将というエリート。その家庭を探るうちに、なぜかスーザンが赤ん坊の養子縁組をしようと言い出す。事件はともかく養子問題で戸惑っているうちに、灰色づくめの男がスペンサー殺しを引き受けて襲ってきた。事件の証人たる警官をも殺した.22口径弾が、スペンサーにも降り注ぐ。元モサドの殺し屋に撃たれたスペンサーは、右手・左脚を動かせないほどの重傷を負う。

 

 今もBLM運動が収まらないように、人種問題は米国最大の病理。特に黒人の男が白人の女を犯し殺すというのは、典型的な事件として市民に刷り込まれています。しかし白人家庭が黒人の子供を養子にするケースもあり、本書はそんな一面を描いた問題作と言えるでしょう。

松沢流東京再生計画

 本書の著者松沢成文参議院議員(維新の会)には、神奈川県知事時代に一度パネルディスカッションをご一緒させてもらったことがある。場所は茅ヶ崎市、テーマは東海道新幹線相模川を渡るところに、新幹線の新駅を作ることだった。他の駅間に比べて新横浜~小田原間は長く、間に一駅あってもいいくらいだ。藤沢市側に作るか、茅ヶ崎市側かでもめたが、河の上に作ることで両者は折り合った。あとは地域として新駅を誘致するかどうかと言うところだった。

 

 著者は知事として、僕は地域活性化のデジタル分野の専門家として、他のパネリストと新駅の価値について公開討論したのを思い出す。もちろん楽屋でも地域振興に熱心な著者ゆえ、いろいろなアイデアを披露してもらえた。

 

 最近は参議院議員のゆえかあまり目立たない議員生活だが、ある日藤沢のBook-offで本書を見つけ、懐かしくて買ってしまった。著者は歴史マニアで、あの江戸城を木造で寛永年間にあったように再建する計画だという。

 

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 江戸城太田道灌が最初に建造したのだが、当時は日比谷はまだ入江。利根川江戸湾に注いでいた。これを北条氏の跡を継いで入府した徳川家康が、大規模改造工事を行って巨大都市の礎を作った。慶長年間に建てられた天守閣は、まだ小規模なもの。これを2代秀忠が元和年間に今の天守台のところに建造、3代家光が5層で全高(天守台除く)45mという大天守に建て替えた。これが「振袖火事」で有名な明暦の大火で全焼、再建されずに現在に至っている。

 

 天守台は本丸の北側、北桔梗門のそばにある。僕は大手町のビルから見下ろして、意外に小さいと思ったこともある。著者は、

 

・民間資金で寛永当時の技術で再建する。

・復元費用350億円、初年度効果1,000億円以上、雇用8,000人以上。

・東京まるごとテーマパークの中心に位置付ける。

 

 と、この計画を説明する。木組み・瓦葺・石組みなどの職人もまだ残っているので、伝統工芸の継承も可能だと言っている。ただ大きな障壁が3つあるという。

 

建築基準法で、木造建築は3階まで

文化財保護法で、現在の江戸城を改造不可

江戸城そのものが宮内庁の管掌

 

 並べただけで、気が遠くなりそうな障壁に見えます。それでも、令和になってから明るいことの少ない日本です。このくらいの夢があってもいいのではないでしょうか?ちなみに松沢氏は横浜市長選に殴りこむ由、健闘を祈ります。

いや、それがスペインさ

 本書は、第一作から第三作までをご紹介した、ポーラ・ゴズリングの第五作。じゃあ第四作はどうしたと聞かれそうだが、別名義の普通小説らしいのでパスした。毎回思い切って作風を変える作者だが、今回はスペインという国とそこに住む異邦人を、本格ミステリーの手法で描いている。

 

 4冊読んで共通しているところは何か考えてみたが、たった一つしか思いつかなかった。それは大人の恋物語。事件や陰謀の中、普通なら接点のない男女が協力して敵に立ち向かううちに恋に・・・ということ。本書では英国領事館の職員チャールズと米国人の未亡人ホリーが主人公だ。

 

 チャールズはスペインが気に入ってしまって15年も転勤していない。主にスペイン在住の英国人のケアをしている。外務省の友人が言っていた「邦人保護業務」の担当だ。引退した英国税務局職員でスペインの田舎町に住むレジナルドという男が、スペイン警察に殺人容疑で逮捕された。自宅の高層マンションで男を刺し殺し、ベランダから投げ落とした疑い。

 

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 レジナルドの息子は模写が得意の画家だったが、贋作事件で容疑を掛けられたまま事故死していた。被害者の男も大けがを負ったのだが、公判では息子に罪を着せ従犯として軽微な罪で出所してきたところを殺されたらしい。レジナルドには動機・機会・物証が揃っているが、本人は殺害を否定している。チャールズは警察とは別に事件を洗い始め、息子の妻だったホリーの協力を得る。しかし大きな組織の魔手が、二人にも迫ってきた。

 

 「スペイン人をヨーロッパ人と思ってはいけない」とチャールズがホリーに語る。ホリーはスペインに来て日も浅く、スペイン語もうまくない。英国人や米国人が住む高層マンションの中での付き合いしかない。ホリーは、貧困層の子供たちの様子や、車の運転の粗さ、森が少ない理由などをチャールズに聞くのだが、そのたびに絶望的な答えが返ってくる。それはひどいと声を挙げると、彼は「いや、それがスペインさ」と答える。

 

 地元の人たちはお金に余裕のある外国人を嫌っているが、彼らが落とすお金がないと生活が成り立たない。英米では中産階級でも、ここなら富豪扱い。太陽は暑すぎるし清潔でもないのだが、チャールズはここの「人間臭さ」が気に入っている。

 

 スペインという国の実情に加え、立派などんでん返しもアクションもサスペンスもある傑作でした。作者は一作ごとに成長しているようにも思えます。

まだ「一億総中流」だったころ

 本書の著者飯田経夫教授は、僕の母校で有名な経済学者。たまにノーベル賞学者がでる大学だが、全部理系。文系で有名な先生は、この人くらいかなと思う。僕の学生時代も教鞭を取っておられたのだが、僕自身は受講したことはない。サークルの同僚が、経済学部の学生で「厳しい先生ですよ、ゼミも大変」と言ったのを覚えている。

 

 1997年発表という本書の背景は、バブル崩壊阪神淡路大震災オウム真理教事件という日本経済が直面した複数の試練だった。「経済学とは社会哲学」と断言する筆者は本書でも、

 

・なぜバブルが起きたか。

・対米貿易黒字が「内需拡大」という政策を産んだ。

・対米追随は戦後の「植民地意識」から。

・日本はケインズ主義に反して平和な平等社会を築いた。

・インターネットなどただの「電子公告チラシ」。

 

 と社会哲学的な持論を述べておられる。本書を買ったのは2000年ごろで、すでに政策議論に加わり「Global&Digital」の扇動者だった僕は、この主張に結構戸惑ったものだ。ただ今読み返してみると、参考になることも多い。筆者はこれがベストだとは言わないまでも、

 

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・「抜擢・間引き」方式よりは「年功序列」の方が平等を保てる。

・それが「一億総中流」社会を作った。

・戦後の食うものがない混乱期を乗り越え、日本は豊かになった。

 

 と評価しておられる。一方で経済人を、人の上に立つ人(士官)とヒラの人達(兵卒)に分けて、次のような「社会哲学論」を展開する。かつての英国のように厳然とした階級・格差社会では、徐々に「ヒラ」の不満が溜まっていく。それを改善しようとしてのがケインズ経済、公共投資を増やし社会福祉を充実させ企業に規制を加えたのはいいが、財政赤字を増大させた。

 

 一方で米国は規制緩和をし企業TOPが「ヒラ」とはケタ違いの報酬を得られる社会を作った。日本ではどちらの道もとらず「一億総中流社会」を作れたという。ただ懸念はあって「ヒラ」も含めて豊かになると、

 

・衣食足りて礼節を知る。

・小人閑居して不善を成す。

 

 の両面が出て来て、特に後者が前面に出てくると社会が混乱するとある。同時に「ヒラ」の福祉にタダ乗りしタカリをすることも課題だという。

 

 PHP新書の刊行は1997年、本書は通しナンバーが007と事実上の創刊本でした。飯田先生は2003年に70歳で亡くなりましたが、今の日本を見たらなんと仰るでしょうか?

<咳止めシロップ>を嗜む町

 2012年発表の本書は、米国南部ルイジアナ出身のジャナ・デリオン作の「ミス・フォーチュンもの」の第一作。作者はいくつものシリーズを書き分けているが、大半はルイジアナ周辺が舞台。本書に登場する架空の町シンフルには、バイユーと呼ばれる濁った川が通り、湿地や沼が点在している。このような町は、ルイジアナには珍しくないらしい。

 

 東西両海岸しか知らない僕には珍しい日常が、本書にはたっぷり描かれている。「ドライカウンティ」らしく、お酒はご法度。それでも密造酒は出回り、人々はこれを<咳止めシロップ>と呼んで愛用している。ただビールは公に呑めるようだ。

 

 川や沼地にはアリゲーターも生息していて頻繁に出没する。水中はもちろん陸上でも意外に早く走るのだが、特に人間を襲うことは少ないとある。魚やカエルなども多く、時にはアライグマも人家に侵入してくるところ。

 

 主人公ミス・フォーチュンは、CIA所属の敏腕美人スパイ。ちょっとやりすぎることが多く、長官から「フン族アッティラ大王より多くの人命を奪った」と非難されている。今回も中東でのミッションで、巨大武器商人の頭目の弟を殺して(それもハイヒールで殴り殺した!)しまい命を狙われることに。組織のスパイもCIAに潜んでいると思われ、長官はCIA内にも秘密で彼女を隠す。

 

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 その場所がシンフルにある屋敷。ここは長官の親族マージの家だったが、最近マージが亡くなり、姪のサンディが相続することになっていた。サンディが現地でメンが割れていないことから、フォーチュンはサンディに扮して南部の町にやってきた。

 

 自分と趣味も性格も違うサンディになり切るのに苦労していた彼女だが、ある日裏庭で人骨を発見する。それはしばらく前に行方不明になった、ハーヴィという男のものと分かった。彼は近所の嫌われ者で、妻にも暴力を振るっていた。やはり行方不明になっていたハーヴィの妻マリーが、重要容疑者になった。この事件に巻き込まれたフォーチュンは、マージの友人2人(ガーティとアイダ・ベル:共に高齢女性)に助けられて、事件解決をする羽目に・・・。

 

 全くスパイものではないし、ミステリーと見ても悩みはあるのですが、それなりに面白かったです。特に主人公の破天荒さは出色。シリーズは10冊以上あるとのことですが、翻訳はどうなっているのでしょうか?