新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

才人ブロック初期のシリーズ

 不思議な作風の作家ローレンス・ブロック。これまでいくつかの短編集と、アル中探偵「マット・スカダーもの」、軽妙洒脱な泥棒「バーニーもの」を紹介している。今回手に入った本書(1966年発表)が、初期のシリーズ「怪盗タナーもの」の第一作である。

 

 エヴァン・マイクル・タナーは米国人。19歳の時朝鮮戦争で破片を脳に受け、以降眠ることがなくなった。眠りの時間を勉学に充て、多くの言語を操れるようになり深い知識も身に付けた。自身は高卒なのだが、大学や大学院の卒業論文を代書したり試験の身代わりをして暮らしている。論文のテーマを言われれれば、たちどころに骨子を決め3週間ほどで論文を仕上げてくれる。アナログ時代の「Chat-GPT」のような男だ。

 

        

 

 タナーはアルメニア移民の老婆から、トルコ侵攻で隠された金貨(推定300万ドル分)を探すためにトルコにやってきた。しかし税関で逮捕され、ペルソナ・ノン・グラータとして送還されそうになる。途中アイルランドで脱走した彼は、語学力と記憶力でツテを探し、スペイン経由でトルコに戻ってくる。途中イタリアでは「ムッソリーニがいなくなって列車が定時運行しない」とグチをこぼし、クロアチア人から「スロベニア人より蛇を信じる」と言われ、マケドニアの独立動乱に巻き込まれる。

 

 アイルランドで持たされた秘密の書類が、彼に再三の危機を呼び寄せる。首尾よく金貨を手に入れ、書類を持って米国に戻ったターナーを待っていたものは・・・。

 

 泥棒ものなのだが、当時流行していた007の例にあやかり、エスピオナージ仕立てになっていて、かつそのパロディのような要素もあります。そういえば1965年にスタートした「プリンス・マルコもの」も、多言語を操るマルコ殿下が主人公のスパイものでした。タナーはマルコ殿下の庶民版・・・といったところかもしれません。

お酒を吞まなくなった為政者たち

 2023年発表の本書は、記者からフリーライターに転身した栗下直也氏の「政治家のお酒通信簿」。古来為政者は、周囲の人の真意を知るために酒宴を利用した。ロシアのピョートル大帝などは、3日3晩の宴会に側近たちを閉じ込め酒を呑ませ続けた。もちろん為政者自身もたくさん吞むので、酒豪伝説は各国にいっぱいある。

 

◇ロシア/ソ連

 スターリンももちろんだが、エリツィンの酩酊ぶりは特別。ホワイトハウスで飲みすぎ、下着姿で飲み直しに出かけようとしてSPに保護されている。

 

◇英国

 チャーチルは(映画でも見たが)、朝にシェリー酒、昼にウイスキー、夜はシャンパンを空けたあとブランデーを呑んだ。丸一日、薄いウイスキーの水割りだけを呑んでいたこともある。

 

        

 

◇中国

 白酒をカンペイと呷るのが会食の作法。周恩来はこれを25杯ほど一度に呑んだという。対して毛沢東はあまり酒を口にせず、もっぱら女色に励んだ。酒による不能を異様に恐れたという。

 

 為政者には、酒乱の人も少なくなかった。明治の元老黒田清隆は、酔って妻を切り殺したと言われる。宮沢首相は頭の良さは抜群だが、人を見下すので人望はなかった。酒豪だが、酔ってくるとより理屈っぽく人を蔑んだ。それさえなければ、もっと早く総理になれたと評論家はいう。米国ニクソン大統領は、酩酊して核攻撃を命じたこともある。

 

 これらの酒豪たちに比べると、近年の為政者たちは酒を過ごす人は少ない。今年の米国大統領候補、トランプ&バイデンはいずれも酒を呑まない。日本でも、安倍総理は誘われたら断らないが、会食で酒は飲まない。会社員時代は、宴会後の運転手役だった。菅総理も全くの下戸。習大人は若いころは飲んだらしいが、贅沢禁止令を出して以降人前では呑んでいない。プーチン大統領も、付き合いで1~2杯飲むだけ。酔った姿は誰も見たことがない。

 

 筆者は「酒品は人品」と為政者の評価をしていますが、岸田総理は昨今珍しい酒豪総理なのだそうです。外相時代酒豪で鳴るロシアのラブロフ外相とウオッカで渡り合ったとか・・・。さて、ポスト岸田はどうなりますか?僕自身の記憶では、茂木先生も上川先生も、それなりにお飲みになりますよ。

イスラエル建国前史、WWⅠ

 1988年発表の本書は、これまで「過去からの狙撃者」「パンドラ抹殺文書」など出色のスパイスリラーを紹介してきた、マイケル・バー=ゾウハーの歴史スパイもの。WWⅠ当時、パレスチナを含むアラビア半島全域はオスマン・トルコ帝国支配だった。パレスチナには多くのアラブ人と一握りのユダヤ人がいたが、いがみ合っていたわけではない。共にトルコの圧政と戦っていた。

 

 WWⅠも終わりに近づき、枢軸側の劣勢が見えてきた。トルコもエジプトからの英連邦軍の攻撃を支えきれず、シナイ半島から撤退してガザ~ベールシェバのラインで踏みとどまっている状態。シナイ半島を失った原因は、ユダヤ系の諜報組織(史実ではNILI)が防衛計画を探って英側に渡したから。

 

        

 

 トルコの司令官ムラドは苦境にあったが、ドイツの大物スパイであるトラウプ伯爵の助けでユダヤ系組織を一網打尽にする。組織のTOPであるルースは父親とともに捕らえられ、弟は殺されてしまう。死を覚悟した彼女だったが、父親の命を助けたければスパイとしてカイロに潜入せよとの伯爵の指示を、やむなく受け入れる。

 

 一方英連邦側も一枚岩ではない。ルースの恋人でユダヤ系ロシア人のサウルらは、英国軍にエルサレム占領作戦をさせようとする。一方英情報部のロレンス少佐はベドウィンを味方につけ、アラブ人の手でエルサレムを解放しようと考えている。ロレンスは、ベドウィンを指揮してムラドの軍隊を破り、アカバ港を手に入れる武勲も立てた。

 

 キリスト教徒がエルサレムを解放すれば、将来ユダヤ国家を建設する機会はある。しかしアラブ人にそれをやられたら、エルサレムは戻ってこない。サウルはロレンスの案をなんとか潰そうとし、同時にトルコが放った女スパイを追うことにする。彼はルース一家は皆殺しに遭ったと思っていて、ルースの仇と思ってルース自身を捕まえようとするのだ。英軍とベドウィン、どちらが主攻で陽動か?虚々実々の諜報戦が展開される。

 

 マタ・ハリレーニンなどは実名で登場。仮名(例:ルース・メンデルソンは実在のNILIのTOPサラ・アーロンソン)で登場の人物も多く、どこまでが史実かはわからない。しかし、イスラエル建国の前に、このような物語があった/あり得たことは、大変勉強になりました。

狙われたアップリンク社の宇宙開発

 1999年発表の本書は、トム・クランシー&マーティン・グリーンバーグの<剣>シリーズの第三作。軍事システム開発会社アップリンク社の私設部隊<剣>の名前の由来は、アレキサンダー大王がゴルディアスの結び目を剣で断ち切ったとする故事にちなんでいる。ちなみに同社のCEOの名前は、ロジャー・ゴーディアン。

 

 アップリンク社は宇宙開発も手掛けていて、今回はスペースシャトルの打ち上げにも関与していた。しかしケネディ宇宙センターからのシャトル打ち上げは、失敗に終わる。何者かが破壊工作をした可能性も捨てきれず調査が続くうち、今度はブラジルにある同社の宇宙ステーション(ISS)の開発製造拠点が攻撃を受けた。

 

 HAHO(*1)を使って敷地内に潜入してきた敵の練度が高く、警備責任者ティボドーらの奮戦で撃退はしたものの、複数の警備員に犠牲が出てティボドーも生死の境をさまよう。攻撃側はプロの傭兵だが、防衛側の<剣>のメンバーは警備ロボットなどのハイテク兵器を使って防戦する。このあたり20世紀の作品としては、SFに近いかもしれない。

 

        

 

 回復途上のティボドーと並んで<剣>の実働責任者として雇われたのが、元SEALsのリック。警官を辞めてウニ漁の漁師をしていたところをスカウトされるが、敵対する犯罪組織から暗殺されかかる。離れたところから電磁パルスを送って破壊工作をする犯罪組織との対決は、カザフスタンの地になる。

 

 ISSの開発運用は米露の協力で行われているのだが、犯罪組織はこの計画を利用して強大な力を得る作戦を実行しようとしていた。そのために邪魔になるのがアップリンク社と<剣>だった。

 

 カザフスタンでの戦闘シーンは、ブラジルでのそれを上回る迫力。オスプレイはじめ最新兵器が続々登場して、腕が立ち綿密な計略を練った傭兵部隊と正面衝突する。ただ、他のクランシーのシリーズほどの愛着は湧きませんね。アップリンク社そのものが、ちょっと現実離れしているような気がします。

 

*1:高高度降下高高度開傘という高度なパラシュート降下手法

インド生まれの女、50年の生涯

 1994年発表の本書は、先月デビュー作「警視の休暇」を紹介したデボラ・クロンビーの第二作。一人暮らしのエリート警視ダンカン・キンケイドと、シングルマザー巡査部長ジェマ・ジェイムズのコンビが主人公だ。

 

 ダンカンは小規模なアパートで、気ままな独り暮らし。それでも同じアパートの隣人たちとの交流はあり、1フロア下の階に住む50歳がらみの女性ジャスミンのことは気にかけていた。というのも彼女が末期がんで、寿命が尽きようとしていたからだ。慰めになればと彼女の好きな花を買って帰ったダンカンは、彼女を訪ねてきた友人メグと一緒に彼女の死体を発見する。

 

 メグは彼女から自殺を助けてくれと言われていて、昨日それをきっぱり断ったばかり。彼女もそれを受け入れたはずなのに・・・。ただダンカンの目には、ジャスミンの死は自殺ではないと映った。念のため司法解剖を頼むと、死体から大量のモルヒネが見つかる。また、彼女に多額の保険金が掛けられていたこともわかり、殺人の可能性も出てきた。

 

        

 

 アパートの住人や通いの看護婦、唯一の肉親である弟らに遺産や保険金の遺贈があり、誰もに容疑がある。手掛かりはジャスミンの過去にあると思われた。インドで生まれ、両親とも死に別れて苦難の道を歩んできたジャスミン。ダンカンはジェマの助けを借りて、ジャスミンが遺した膨大な日記を読み調査を始める。

 

 30年前の英国。医療関係者の過酷な労働環境や、高い住宅ローン金利などは現在と変わらない。頻繁にロンドンや周辺知育の地名・通り名などが出てくるが、土地勘がないので実感がわかないのが寂しい。

 

 前作ではあまり読者に知らされていなかった、ダンカンやジェマの私生活が紹介される。ジェマの息子トビーは2歳になるが手のかかる子供。彼女は捜査と子育ての両立に奮闘している。その上、別れた夫ロブは養育費を送ってこなくなってしまった。

 

 このシリーズ、重厚で面白いのですが、3~6冊目が手に入りません。方々で探してみることにします。