新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリー

巨匠のショート・ショート18連発

巨匠エラリー・クイーンは、短編の名手でもある。3名ほどの容疑者をあげておいて、鮮やかな決め手でそのうちの一人を犯人と名指しする。作品のハイライトを凝縮した形の短編は、デビュー当時から人気だった。それは2人のうちの一人フレデリック・ダネイが…

河島家の遺産数百億円

本書は先月「神津恭介への挑戦」を紹介した、高木彬光の「恭介平成三部作」の第二作。前作で東洋新聞の社長令嬢清水香織が登場し、恭介を伊東の別荘から意見現場に引きずり出すようになったとの設定である。前作ではあまり目立たなかった香織自身の捜査活動…

黒ずくめの男の死

1993年発表の本書は、ご存じ津村秀介のアリバイ崩し「伸介&美保シリーズ」。今回の舞台は十和田湖&奥入瀬渓流。風光明媚で有名な観光地でもあるのだが、とにかく不便なところだ。僕自身も何度も旅行の計画を立てて挫折し、結局仕事の付き合いで現地の販売…

最終「ひかり99号」から消えた

1976年発表の本書は、西村京太郎の誘拐もの。作者はこのころ「消えた乗組員」「消えたタンカー」など、「消えた・・・」シリーズを発表している。非常にレベルの高い作品群で、消失トリックを極めようとしていた。本書では、当時野球ファンならずとも知らないも…

問題は解くより探す方が難しい

日本の学校教育の欠陥として「正解のある問題ばかりで、問題を探させない」との指摘がある。教育論はともかく、一般に問題は解くより探すのが難しい。ミステリーの女王アガサ・クリスティは、晩年このタイプの作品をいくつか書いた。1966年作品「第三の女」…

バンコラン予審判事、最後の挨拶

1937年発表の本書は、不可能犯罪の巨匠ジョン・ディクスン・カーの<アンリ・バンコランもの>。作者の初期作品4作に登場するパリの予審判事で、メフィストフェレスのような風貌をして怪奇な事件を解決する名探偵である。 作者は30歳が近づくと、この(ある…

神津恭介平成三部作スタート

しばらく前に紹介した高木彬光「七福神殺人事件」では、作者も主人公神津恭介教授も年齢を重ねていた。作者の体調不良もあり、かの作品(1987年)で恭介のシリーズは終了となるはずだった。しかしTVドラマ「神津恭介の殺人推理」の放映(恭介役は近藤正臣)…

医学生ヴェラ、ひと夏の冒険

外国ミステリーというと昔は多くは英米、まれにフランスがあるくらいだった。その後北欧やイタリアのものも、徐々に翻訳されるようになってきた。しかしありそうでないのがドイツ語圏のミステリー。以前フォン・シーラッハの「犯罪」を紹介しているが、これ…

愛憎をからめた女王の短篇集

本書は、女王アガサ・クリスティ初期の短編集。1924年からぽつりぽつり発表されてきたものを、1930年に編纂している。登場するのは、 ・70歳前で人生の観察者を自称する小柄な紳士サタスウェイト ・浅黒い長身の紳士以上の記述がないハーリー・クイン の2人…

長岡~上野を巡るアリバイ崩し

本書は「本格の鬼」鮎川哲也が、1959~60年にかけて<小説宝石>に連載したもの。当時の国鉄の時刻表が3種類掲載されていて、当時の移動がどれほど大変だったかを痛感した。 1)117列車は上野発2230、東北本線経由だが福島で奥羽本線に入り青森着2104 2)…

現代「けまり」の手掛かり

1993年発表の本書は、多作家斎藤栄のノンシリーズ。横浜市役所勤務だった作者には、神奈川県を舞台にした作品が多い。本書もその1編だが、なぜかWikipediaに作品の紹介がない。まあ、このころ月間1冊ペースで長編を発表しているので、さしものWikipediaも…

素人探偵が官憲に認められるには

1999年発表の本書は、深谷忠記中期の作品。数学者黒江壮と編集者笹谷美緒が真犯人の(主にアリバイ)トリックを暴くシリーズである。警視庁の勝部長刑事らには捜査協力をした実績があり「名探偵」と認識されるコンビだが、地方警察にはなじみがなく一般人扱…

アラサー牧師妻の冒険

1990年発表の本書は、アガサ賞最優秀処女長編賞を獲ったキャサリン・ホール・ペイジのデビュー作。作者はニューイングランドの田舎町エイルフォードに住む牧師の妻フェイス・フェアチャイルドを探偵役にしたミステリーを書き続けているが、その第一作にあた…

劇中のエラリーとニッキー(後編)

昨日紹介した「エラリー・クイーンの事件簿1」に続き、本書は「事件簿2」である。もうひとつの映画脚本と、2編のラジオ脚本が収録されている。 ◇完全犯罪 エラリーは友人ウォルター・マシューズから婚約者メーリアンの父レイモンド・ガーテンの苦境を救う…

劇中のエラリーとニッキー(前編)

巨匠エラリー・クイーンは、ハリウッドとも付き合いがあった。「ハートの4」や後の「第八の日」はハリウッド経験がその背景になっている。既刊の国名シリーズなど5編(*1)が映画化されたほか、3つの映画脚本を1940~41年に書き下ろしている。書き下ろし…

ハリッジ(英)~フーク(蘭)往来航路

1985年発表の本書は、デビュー作「死人はスキーをしない」などを紹介してきたパトリシア・モイーズの<ヘンリ&エミーもの>。子供のいないティベット主任警視夫妻は、仲睦まじくあまり豪華ではない休暇旅行にたびたび出かけ、食事やワインを楽しんでいるう…

処刑12日前の特命捜査

歴史ミステリが得意な英国作家ピーター・ラヴゼイには、30冊ほどの著作がある。いくつかのシリーズがあるが、デビュー作「死の競歩」以来8作の「クリッブ部長刑事もの」が初期のもの。1978年発表の本書は、その最終作品である。 舞台は、1888年ヴィクトリア…

1939年5月13日、パリでの怪事件

1946年発表の本書は、本格マニアであるマルセル・F・ラントームが、書いた長編ミステリ3編のうちのひとつ。作者はこれらを、ドイツ軍の捕虜収容所で書いた。あまりに退屈な毎日だったからで、原稿は家族へ送るものに隠されて収容所から出た。彼はのちに脱走し…

自白剤を使わなくても

1941年発表の本書は、以前「幽霊の2/3」「家蝿とカナリア」などを紹介したヘレン・マクロイのベイジル・ウィリング博士もの。第二次世界大戦がはじまっていたがまだ平穏なニューヨークを舞台に、嫌われ者の富豪美女殺しにウィリング博士が挑む。 ロングアイ…

部屋が人を殺せるものかね?

1935年発表の本書は、不可能犯罪の巨匠カーター・ディクスンの<H・M卿もの>。作者は、歴史・剣劇が好きで、大陸(特にフランス)が大好き。初期の頃はパリの予審判事アンリ・バンコランを探偵役にしたシリーズを書いていたが、英国を舞台にした巨漢探偵2人…

名門男子校での殺人事件

1990年発表の本書は、自身英語教師でもあるW・エドワード・ブレインのデビュー作。作者は、写真を見ると「サンダーバード」の科学者ブレインズを思わせる風貌である。「寄宿舎という閉鎖空間での事件、青年たちの姿が鮮明」との評価があるが、他の作品につい…

国際的機密ブローカー「L」

1937年発表の本書は、以前紹介した「一角獣の殺人」に引き続き、英国の諜報員ケン・ブレイクとイーブリンが登場するカーター・ディクスンの<H・M卿もの>。そもそもH・Mことヘンリー・メルヴェール卿の得意は怪奇な事件と密室の謎。しかし彼は陸軍諜報部長官…

管轄外の再捜査に挑むティベット

1971年発表の本書は、パトリシア・モイーズの<ヘンリ&エミーもの>。以前紹介した「死の贈物」の次の作品にあたる。デビュー作「死人はスキーをしない」でも、ヘンリたちはイタリアアルプスのスキー場で事件に巻き込まれるのだが、今回の舞台もスイスの山…

柊検事、忍びの道を研究す

1993年光文社文庫書き下ろしの本書は、以前短篇集「蛇姫荘殺人事件」を紹介した、弁護士作家和久峻三の「赤かぶ検事もの」の長編。高山地検時代、法廷に好物の赤かぶをぶちまけてしまったことから異名が付いた柊茂検事は、京都地検に異動してきている。 京都…

史上初の長編密室ミステリー

本書は、今月出かけた京都の出町桝形商店街の古書店で見つけたもの。1891年の発表で、史上初の長編密室ミステリーである。ずっと名のみ知られた古典で、ミステリー歴50年以上になって、ようやく見つけた逸品である。 ロンドンの一角ボウ町にある下宿屋で、労…

ビゼーを待つシューマン

本書は、以前紹介した「危険な童話」などと同様、土屋隆夫の「千草検事シリーズ」の長編と何編はの短編、エッセイなどを合本したもの。中心となっているのは、1966年に発表された300ページほどの長編「赤の組曲」である。 千草検事の学生時代の知り合い坂口…

街角オーディションの目的

1946年発表の本書は、久しぶりに見つけたE・S・ガードナーの「ペリイ・メイソンもの」。法廷シーンも多く(70ページほどある)、本格ミステリーとしても楽しめる作品に仕上がっている。第二次世界大戦直後なのだが、戦勝国米国には戦争の傷跡も見られない。ロ…

国境紛争を裁く委員の不審死

先日横浜馬車道で古書店を見つけふらりと入ったところ、最近見かけることのないパトリシア・モイーズの作品を3冊見つけることができた。古書店主も「モイーズ面白いですよね」と言ってくれた。今月から1冊/月のペースで紹介したい。 1968年発表の本書は、…

捜査指揮官ファイロ・ヴァンス

1935年発表の本書は、S・S・ヴァン・ダインの長編第9作。前半6作に比べ後半6作の評価は一般に高くない作者の作品だが、第7作「ドラゴン殺人事件」と本編は堂々たる仕上がりだと思う。高校生の時に読んで、夏休みの読書感想文に選んだ書でもある。 普通素人…

レコードコレクター鮎川哲也

「本格の鬼」鮎川哲也は、中・短編として発表した作品を長編化するということをよくやっていた。決して「二度儲けてやろう」ということではなく、出版社のリクエストに対応するため新作をひねり出す時間が十分取れない時の、苦肉の策だったらしい。本書も197…