新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリー

<EQMM>が産んだ名手

本書の作者トマス・フラナガンは、アイルランド文学が専門の文学者。1949年に<EQMM>に「玉を懐いて罪あり」が掲載されて以降、10年間短編ミステリーを発表し、表題作「アデスタを吹く冷たい風」で同誌の年間1位を受賞している。作者には他に3冊の長編が…

エジプト博物館で死んだ慈善家

1930年発表の本書は、S・S・ヴァン・ダインの<ファイロ・ヴァンスもの>第5作。米国ミステリー界の黄金期を開いた作者を追って、前年エラリー・クイーンが、この年ディクスン・カーがデビューしている。舞台がエジプト博物館なので、ヴァンスのペダンティッ…

ドンファン「伯爵」にかかる容疑

1967年発表の本書は、巨匠エラリー・クイーン後期の傑作。初期の鮮やかな論理推理や中期のライツヴィルものに見られる重厚さに加え、人間に対する洞察と小説としてのテクニックが向上して、味わい深い本格ミステリーに仕上がっている。 12月30日の夜、引退し…

ロング・ピドルトン村のX'mas

1981年発表の本書は、英国の本格ミステリ黄金期を受け継ぐ、マーサ・グライムズのデビュー作。「クリスティやセイヤーズらに代表される黄金期は死なない」として、謎解き小説の作風を守り、日常の中での犯罪を扱う(バイオレンスの少ない)作品を<Cozyミス…

ヴィクトリア荘の下宿人<スミス氏>

1939年発表の本書は、ベルギー生まれで記者出身の作家スタニラス=アンドレ・ステーマンの本格ミステリー。1931年発表の「六死人」は、クリスティの「そして誰もいなくなった」に先駆ける作品と言われる。本書も、フェアなのかどうかの議論を巻き起こしたと…

3本の電話が作った不可能犯罪

1934年発表の本書は、以前デビュー作「完全殺人事件」を紹介したクリストファー・ブッシュのアリバイ崩しもの。今回も複数の容疑者のアリバイを丹念に検討し、真相に迫る探偵役はルドヴィク・トラヴァース。 事件は、シイバロという、ロンドンから遠くない田…

論理推理 vs. 刑事の勘

1992年発表の本書は、以前「人体密室の犯罪」を紹介した由良三郎の科学捜査もの。作者は「医学英文語法」などの学術著書もある高名な細菌学者で、62歳で「運命交響曲殺人事件」でミステリー作家デビューをした。デビュー作が「第二回サントリーミステリー大…

<タイタニック号>で替わった2人

1938年発表の本書は、ディクスン・カーの<フェル博士もの>。ケント州の由緒ある貴族ジョン・ファーンリに、思わぬ疑惑が持ち上がった。15歳の時米国に渡る<タイタニック号>の事故に遭った彼だが、米国で20余年を過ごし兄の急死で準男爵位を継いでいた。…

最後に書かれたポアロもの

本書は1972年発表、女王アガサ・クリスティが最後に書いた「ポアロもの」である。この後1975年に「カーテン」が出版されたのだが、これは女王が全盛期に書き溜めておいた「ポアロ最後の事件」である。1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした名探偵も…

ウルフを動かすアーチーの機略

1973年発表の本書は、これまで「毒蛇」ら3作品を紹介しているレックス・スタウトの「ネロ・ウルフ&アーチー・グッドウィンもの」。蘭と美食を愛し、300ポンドの体重のせいで外出することがほぼない「不動の名探偵」ウルフを、助手のアーチーが機略を持って…

両手首、足首のない遺体

本書は深谷忠記初期(1986年発表)の作品で、探偵役の黒江壮&笹谷美緒も若い。作者が注目されたのは1982年の「ハーメルンの笛を聴け」で、その後「殺人ウイルスを追え」でサントリーミステリー大賞の佳作を得ている。このころは、大掛かりなトリックをいく…

4都市巡り連作の長編小説

2002年発表の本書は、これまでノンシリーズばかりを紹介してきた斎藤栄のシリーズもの。<タロット日美子>のシリーズが有名だが、この<小早川警視正>ものも多く発表されている。ただ、僕が読むのは初めて。 本書の構成は、4つの長めの短編の連作形式にに…

ロイヤル・スカーレット・ホテルの7階

1938年発表の本書は、不可能犯罪作家ジョン・ディクスン・カーの<フェル博士もの>。ピカデリー広場に近い<ロイヤル・スカーレット・ホテル>での殺人事件に、博士とハドリー警視、クリス・ケント青年が挑む。 クリスは富豪の友人ダン・リーパーと賭けをし…

7+1点の能面を持つ実業家

本書は、昨年短篇集「蛇姫荘殺人事件」を紹介した弁護士作家和久峻三の「赤かぶ検事もの」。1992年から1年間、<小説NON>に連載されている。赤かぶの異名をとる柊検事は、相棒といってもいい行天警部補とともに京都に赴任してきている。そこで旧家の主山下…

女王79歳、健在ぶりを示す

本書は1969年発表の、女王アガサ・クリスティの「ポワロもの」。このところ事件が起きる前が長く「誰が犯人か、どうやったのか?」ではなく「何が起きるのか?」で物語の前半を引っ張る作品(例:ゼロ時間へ)が多かったのだが、本書では冒頭13歳の女の子が…

ピーター・ダルース最大の危機

1952年発表の本書は、パトリック・クェンティンの「ピーター&アイリスもの」の最終話。「迷走パズル」で入院加療中だったピーターはアイリスと出会い、幾多の事件を経て結婚し、仲睦まじく暮らしている。演劇プロデューサーとして復帰できたピーター、女優…

荒れ地に消えた家出少年

1945年発表の本書は、以前「幽霊の2/3」「家蝿とカナリア」などを紹介した名手ヘレン・マクロイの「ベイジル・ウィリングもの」。第二次世界大戦が終わった直後の欧州の状況と、スコットランドの荒涼とした雰囲気の中で展開する本格ミステリーだ。 非行少年…

4ポンドの週給を稼ぐピーター卿

ドロシー・L・セイヤーズは、合計11編の「ピーター・ウイムジー卿もの」の長編を遺した。ここまで第一作「誰の死体」から第六作「5匹の赤い鰊」まで紹介してきたが、第七作「死体をどうぞ」は入手できていない。本書「殺人は広告する」は第八作で、1933年に発…

巨匠のショート・ショート18連発

巨匠エラリー・クイーンは、短編の名手でもある。3名ほどの容疑者をあげておいて、鮮やかな決め手でそのうちの一人を犯人と名指しする。作品のハイライトを凝縮した形の短編は、デビュー当時から人気だった。それは2人のうちの一人フレデリック・ダネイが…

河島家の遺産数百億円

本書は先月「神津恭介への挑戦」を紹介した、高木彬光の「恭介平成三部作」の第二作。前作で東洋新聞の社長令嬢清水香織が登場し、恭介を伊東の別荘から意見現場に引きずり出すようになったとの設定である。前作ではあまり目立たなかった香織自身の捜査活動…

黒ずくめの男の死

1993年発表の本書は、ご存じ津村秀介のアリバイ崩し「伸介&美保シリーズ」。今回の舞台は十和田湖&奥入瀬渓流。風光明媚で有名な観光地でもあるのだが、とにかく不便なところだ。僕自身も何度も旅行の計画を立てて挫折し、結局仕事の付き合いで現地の販売…

最終「ひかり99号」から消えた

1976年発表の本書は、西村京太郎の誘拐もの。作者はこのころ「消えた乗組員」「消えたタンカー」など、「消えた・・・」シリーズを発表している。非常にレベルの高い作品群で、消失トリックを極めようとしていた。本書では、当時野球ファンならずとも知らないも…

問題は解くより探す方が難しい

日本の学校教育の欠陥として「正解のある問題ばかりで、問題を探させない」との指摘がある。教育論はともかく、一般に問題は解くより探すのが難しい。ミステリーの女王アガサ・クリスティは、晩年このタイプの作品をいくつか書いた。1966年作品「第三の女」…

バンコラン予審判事、最後の挨拶

1937年発表の本書は、不可能犯罪の巨匠ジョン・ディクスン・カーの<アンリ・バンコランもの>。作者の初期作品4作に登場するパリの予審判事で、メフィストフェレスのような風貌をして怪奇な事件を解決する名探偵である。 作者は30歳が近づくと、この(ある…

神津恭介平成三部作スタート

しばらく前に紹介した高木彬光「七福神殺人事件」では、作者も主人公神津恭介教授も年齢を重ねていた。作者の体調不良もあり、かの作品(1987年)で恭介のシリーズは終了となるはずだった。しかしTVドラマ「神津恭介の殺人推理」の放映(恭介役は近藤正臣)…

医学生ヴェラ、ひと夏の冒険

外国ミステリーというと昔は多くは英米、まれにフランスがあるくらいだった。その後北欧やイタリアのものも、徐々に翻訳されるようになってきた。しかしありそうでないのがドイツ語圏のミステリー。以前フォン・シーラッハの「犯罪」を紹介しているが、これ…

愛憎をからめた女王の短篇集

本書は、女王アガサ・クリスティ初期の短編集。1924年からぽつりぽつり発表されてきたものを、1930年に編纂している。登場するのは、 ・70歳前で人生の観察者を自称する小柄な紳士サタスウェイト ・浅黒い長身の紳士以上の記述がないハーリー・クイン の2人…

長岡~上野を巡るアリバイ崩し

本書は「本格の鬼」鮎川哲也が、1959~60年にかけて<小説宝石>に連載したもの。当時の国鉄の時刻表が3種類掲載されていて、当時の移動がどれほど大変だったかを痛感した。 1)117列車は上野発2230、東北本線経由だが福島で奥羽本線に入り青森着2104 2)…

現代「けまり」の手掛かり

1993年発表の本書は、多作家斎藤栄のノンシリーズ。横浜市役所勤務だった作者には、神奈川県を舞台にした作品が多い。本書もその1編だが、なぜかWikipediaに作品の紹介がない。まあ、このころ月間1冊ペースで長編を発表しているので、さしものWikipediaも…

素人探偵が官憲に認められるには

1999年発表の本書は、深谷忠記中期の作品。数学者黒江壮と編集者笹谷美緒が真犯人の(主にアリバイ)トリックを暴くシリーズである。警視庁の勝部長刑事らには捜査協力をした実績があり「名探偵」と認識されるコンビだが、地方警察にはなじみがなく一般人扱…