新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリー

「御前」と呼ばれる探偵

以前傑作と名高い「ナイン・テーラーズ」を紹介したが、ドロシー・L・セイヤーズの作品はほかに読んだことが無かった。アガサ・クリスティーに匹敵するとの評価もある女流の大家だが、日本での紹介(翻訳)は進んでいなかったからだろう。現在は創元社やハ…

フェラーズの描く「相棒」

ミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」には、すでに2人組で犯罪解決に挑む姿が描かれている。名探偵オーギュスト・デュパンに「わたし」という語り手が付いていて、読者は「わたし」にある程度自分を映しながら物語を読み進んでゆく…

時刻表上の戦い

松本清張「点と線」に始まった日本のアリバイ崩しミステリーだが、森村誠一「新幹線殺人事件」である種の頂点に達した。英米のミステリーにも、このように精緻な「時刻表トリックもの」は見当たらない。日本の鉄道の正確さがその背景にあることは確かだと思…

千草検事の登場

土屋隆夫は1958年「天狗の面」でデビューした、日本の戦後の本格探偵小説第二世代を代表する作家である。横溝正史や高木彬光ら戦後まもなく(昭和20年代)に芽を出させた探偵小説ブームを、昭和30年代に花咲かせたミステリー作家のひとりである。 同時期に世…

エジプトツアー、1937

アガサ・クリスティーは旅行好きだった。列車や飛行機、リゾート地を舞台にした作品は非常に多い。本書の舞台もナイル川のクルーズ船である。「オリエント急行の殺人」では、雪に閉ざされた列車の1等車の乗客乗員10名あまりが容疑者になる。このように舞台…

おしゃべり女と無口男

深谷忠記という作家も、アリバイ崩しのシリーズを中心に多くのミステリーを発表したひとである。1982年に「ハーメルンの笛を聴け」で江戸川乱歩賞候補となり、1985年の「殺人ウィルスを追え」でサントリーミステリー大賞の佳作を得た。しかしミステリー作家…

名探偵、最後の挨拶(後編)

どんなロングセラーの作家でも、必ず書けなくなる時はやってくる。シリーズものの名探偵も、最後の挨拶をしなくてはいけないわけだ。古くはコナンドイルは、自分の分身とも言えるシャーロック・ホームズをスイスの滝のタコツボに落として殺そうとしたことが…

名探偵、最後の挨拶(前編)

日本のミステリーで多作家の一人である内田康夫が、2017年には休筆宣言をしその後亡くなった。名探偵浅見光彦シリーズは100冊を越えるロングセラーで、僕も一時期読んだものである。警察庁高官を兄に持つ名家の次男坊でルポライターの主人公が、旅先などで事…

たどりついた境地(後編)

全部で800ページ近い大作(最近ではそうでもないか?)だが、すぐに不可能興味をそそる殺人事件が起きる。キャンパスで、音楽専攻の女子学生がマジックの仕掛けに拘束されて絞殺される。警官が現場に踏み込んだ時、犯人はまだそこにいてキャンパスの中を逃げ…

たどりついた境地(前編)

「どんでん返し職人」として知られるジェフリー・ディーヴァーは、作中にとりあげるテーマを徹底的に調査することでも知られている。このブログで取り上げた諸作以外にも、多くの習作・傑作があり、読むたびに勉強させられることは間違いがない。例えば、 静…

Qの悲劇

エラリー・クイーンは「災厄の町」以降、たびたびニューヨークの北に位置する田舎町ライツヴィルを訪れる。これは架空の街だが、エド・マクベインのアイソラとは違って、古い落ち着いた変化の少ない街である。住民はほとんどが知りあい。名家と認識されてい…

挑戦し続けるがゆえの女王

アガサ・クリスティーのレギュラー探偵は、官憲ではない。ポアロはベルギー警察時代は官憲であったが、初登場した「スタイルズ荘の怪事件」(1920年)ですでに引退し私立探偵として活動している。ミス・マープルに至っては、官憲と関わったことすらない老婦人…

クロフツのレギュラー探偵

けれん味たっぷりの名探偵ではなく、地道な捜査をする普通人探偵を主人公に「樽」でデビューした鉄道技師F・W・クロフツも、やがてレギュラー探偵を持つようになった。それがこの人、フレンチ警部である。原題も「Inspector French & The Starvel Tragedy…

印象の薄い名探偵

「アリバイ崩し」というミステリーのジャンルはクロフツの「樽」に始まったものの、発達したのはユーラシア大陸の反対側の島日本でだった。先日紹介した松本清張「点と線」や森村誠一「新幹線殺人事件」など名作が生まれ「時刻表もの」というジャンルを形成…

マンハッタンに棲む龍

マンハッタンの中心部から車で20分程度、島の北部にかつてインディアン保護区だったところに熱帯魚の養殖で財をなした富豪の屋敷がある。屋敷では怠惰なパーティが開かれ、いわくありげな人物が集まっている。夜も更けて小川の流れをせきとめたプールで泳ご…

探偵小説への愛と渇望

金田一耕助のデビュー作が、本書に収められている「本陣殺人事件」である。設定は第二次世界大戦前であるが、発表されたのは1946年(4月から12月まで「宝石」誌上に連載)。かつてはその町の「本陣」だったという旧家で、新婚の長男夫妻が日本刀で斬殺され…

.25口径自動拳銃

007カジノロワイヤルを読んで、.25口径自動拳銃のグリップを骨組みだけにしてテープを巻いたものなら正装していても携行して目立たないという記述があったことは何日か前に書いた。恐らくは、ベビー・ブローニングのようなものだったろう。 ◆FNブローニ…

神戸、香港、そして神戸

神戸生まれの中国人作家陳舜臣は「枯草の根」(1961年)で江戸川乱歩賞をとり、以降ミステリーに歴史ものを交えながら、レベルの高い作品群を残した。僕は「小説十八史略」や「中国の歴史」を愛読していて、大変勉強させてもらったとの思いがある。本書は神…

国名シリーズ最高傑作

S・S・ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスものが好評を博す中、そのペダンティックな言動に辟易するとの意見も出てきた。そこで登場したのが、エラリー・クイーンという青年(たち)作家。パズル小説としてのフェアプレイはもちろんのこと、本格ミステリー…

ミステリーの始祖、E・A・ポー

詩人・批評家・編集者でもあるポー(Edger Allan Poe)は、1809年ボストンに生まれている。まだナポレオン1世が大陸に覇を唱えているころであり、アメリカ合衆国も独立から半世紀も経っていない。1830年代からいろいろなジャンルの文学を扱い自らも著わして…

マザーグースと科学と殺人

「グリーン家殺人事件」で大ヒットを飛ばしたヴァン・ダインは、1929年に第四作「僧正殺人事件」を発表した。これも前作同様の大ヒットとなり、アメリカの本格ミステリー界はピークを迎える。この年、エラリー・クイーンもデビューしている。 前作の富豪一家…

一人称ミステリー

ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルドなどのハードボイルド小説は、「私」の視点で書かれた一人称ミステリーだった。この手法は主人公の考えや人柄を表すのに向いているものの、私の視野以外のことがらを書くことができないので制約も大きい。 本格ミ…

ヘンリー・メリヴェール卿登場

第一次世界大戦時の海軍大臣でガリポリ上陸作戦の失敗を経験したウィンストン・チャーチル卿は、第二次世界大戦の勃発で「戦時首相」の職に就く。本書の発表1934年当時は、政権から距離を置き不遇をかこっていたころである。それでも有名人であったことに間…

黄金の20年代の始まり

エドガー・アラン・ポーの創始になるミステリーというもののうち、本格探偵小説という分野が黄金時代を迎えたのは1920年代からだろう。アガサ・クリスティのデビューも今回紹介するフリーマン・ウィルズ・クロフツのデビューも1920年である。 1926年には、S…

雪に閉じ込められた列車で

ミステリーの女王アガサ・クリスティは、初期のころは特に「意外な犯人」を追及した。古典的なミステリーファンに聞くと、彼女のベスト3は、「そして誰もいなくなった」「アクロイド殺害事件」と、本作「オリエント急行の殺人」との声が多い。いずれの作品…

名探偵らしい名探偵

今まであまり日本の作家を取り上げてこなかったのだが、久し振りに「神津恭介」の名前を見つけて本書を買ってきた。高木彬光の代表的な名探偵だが、高校生時代にずいぶん読んだのだがそれ以降ご無沙汰してしまっていた。今回40年ぶりの再会である。 日本の本…

安楽椅子探偵のサロン

アガサ・クリスティーは、長編小説だけでなく戯曲や短編小説でも多くの名作を残した。短編集の数も多い。本書は、その中でもミス・マープルものを集めた短編集である。クリスティーは本書の序文で、「ミス・マープルは私の祖母に似ている」と深い愛着を示し…

新鋭が挑む将棋のタイトル戦

作者の斎藤栄は、東京大学将棋部出身。公務員在職中からミステリーを書き始め、三度目の江戸川乱歩賞候補となった1966年の本書で、乱歩賞を得た。ちょうど藤井七段の登場で将棋界がブームに沸き立っており、本書を45年ぶりに読んでみた。 僕も中学生までは将…

探偵小説、日本の夜明け

ミステリーの本場はやはり欧米、なかでもイギリスとアメリカが双璧である。日本はこの両国との関係が悪くなり、やがては戦争に突入する。英語は敵性語であり、使用が禁じられた。あほらしい話だが、野球も「ストライク」といえず「よし1本」などと言い替え…

セントメアリミード村の老嬢

アガサ・クリスティーは、1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした。この時の探偵役はエルキュール・ポワロ。ベルギー警察のエリート捜査官で、諜報活動にも関与したことがある。第一次欧州大戦でベルギーは全土が戦火に覆われ、対岸のイギリスに避難…