新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

壊れた家庭の物語

ボストンの私立探偵スペンサーとその仲間たちを描いたこのシリーズ、初期の作品「失投」と「初秋」は名作だとの評価が高い。「失投」はレッドソックスのエースが脅迫されて八百長に手を染めたのを、スペンサーが救う話。「初秋」は壊れた家庭で自閉症になっ…

解決しない探偵

ABCショップというカフェの片隅で、ミルクをすすりチーズケーキをほおばる老人。カカシのように痩せた男だが丸眼鏡の奥の眼光は鋭く、興奮してくると少し震える指で紐に結び目をつくったりほどいたりする。「イブニングオブザーヴァー紙」の記者ポリー・バー…

「御前」と呼ばれる探偵

以前傑作と名高い「ナイン・テーラーズ」を紹介したが、ドロシー・L・セイヤーズの作品はほかに読んだことが無かった。アガサ・クリスティーに匹敵するとの評価もある女流の大家だが、日本での紹介(翻訳)は進んでいなかったからだろう。現在は創元社やハ…

朝鮮半島、2003(後編)

生き残った北の特殊部隊員チョン・ヒチョル上尉は、南に潜入したかつての恋人リ・ガウンの案内でソウルにたどり着く。この過程で「南の先輩」であるガウンが教え諭すことが面白い。 ・北で一般に言われていること違い、社会主義と資本主義のどちらがいいかは…

朝鮮半島、2003(前編)

本書の作者ファン・セヨンは、韓国気鋭のミステリー作家と解説にある。いわゆる386世代(30代で、80年代に大学に入学、60年代生まれ)である。最近は聞かれないが、本書発表当時2003年には、韓国の「新人類」的な扱われ方をしている。ちなみに386の意味はも…

フェラーズの描く「相棒」

ミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」には、すでに2人組で犯罪解決に挑む姿が描かれている。名探偵オーギュスト・デュパンに「わたし」という語り手が付いていて、読者は「わたし」にある程度自分を映しながら物語を読み進んでゆく…

白人支配は悪だったのか?

コンゴの南でアンゴラという国が独立しようとしていたころ、作者ジェラール・ド・ヴィリエの関心はこの国にあったようだ。アフリカだけではなく、欧州(白人)諸国の支配が世界中で終わろうとしていた時代である。柘植久慶の作品にも再三出てくるが、このよ…

シルヴァーマン博士自身の事件

ロバート・B・パーカーのレギュラー探偵スペンサーはボストン中心に活動するタフガイだが、恋人(知り合ってから10年以上経ってもそのままだが)スーザン・シルヴァーマンなくしては、力を発揮できない。学校のカウンセラーをしていた彼女がハーヴァードの…

等身大の女性制服警官

本書の作者であるローラ・リン・ドラモンド自身、制服警官であったが事故で警官として勤務が難しくなり大学で学び直した後、作家に転じている。彼女は、自分自身の経験から等身大の女性制服警官を描いた。とかくミステリーでは、警官は素人名探偵や殺人課の…

1機だけのB-29

74年前の今日、長崎に2発目の原爆が投下された。僕の親父はその目撃者である。今の長崎空港は大村湾の中に人工島として建設されているが、その北東に小規模な海上自衛隊の航空基地がある。さらにその北隣には陸上自衛隊の駐屯地もある。それらは、旧帝国海…

インテリジェント海賊との闘い(後編)

この種のシリーズで難しいのは、主人公(アマンダ&カニンガム)により大きく困難なミッションを与え続けないといけないという宿命にある。また主人公も昇進するので、立場が変わってしまうのだ。例えば(オリジナルの)「Star Treck」では、カーク艦長はず…

インテリジェント海賊との闘い(前編)

本書は、J・H・コッブのアマンダ・ギャレットシリーズ第四作である。第一作でステルス駆逐艦DDG-79「カニンガム」艦長としてアルゼンチン海空軍を一手に引き受けて戦った彼女は、第二作で揚子江を遡上するという荒業を見せ核戦争の危機を防いだ。この戦闘…

時刻表上の戦い

松本清張「点と線」に始まった日本のアリバイ崩しミステリーだが、森村誠一「新幹線殺人事件」である種の頂点に達した。英米のミステリーにも、このように精緻な「時刻表トリックもの」は見当たらない。日本の鉄道の正確さがその背景にあることは確かだと思…

千草検事の登場

土屋隆夫は1958年「天狗の面」でデビューした、日本の戦後の本格探偵小説第二世代を代表する作家である。横溝正史や高木彬光ら戦後まもなく(昭和20年代)に芽を出させた探偵小説ブームを、昭和30年代に花咲かせたミステリー作家のひとりである。 同時期に世…

マルコ殿下のクーデター計画

ザンジバル島は、タンザニア沖のインド洋に浮かぶ沖縄と同じくらいの面積を持つ島々である。本書の発表の1973年に先だつ1963年にイギリスから独立、タンザニアと合併しながら強い自治権をもつ「ザンジバル革命政府」が統治している。現在の人口は100万人あま…

使い捨て工作員の意地

元SAS隊員の覆面作家、アンディ・マクナブのニック・ストーンもの第5作が本書。前作で、蒸し暑いパナマでCIAの仕事として、単身中国人の子供を狙撃するという唾棄すべき任務に就いていたストーンだが、今回も(別の意味で)唾棄すべきミッションに放…

矜持ある軍人の孤独な闘い

先日、プリンス・マルコがベルリンの壁を越えるという活躍をした「チェックポイント・チャーリー」を紹介したが、それは1973年の発表。それから10年近くたって、ギャビン・ライアルが本書を発表した。「影の護衛」に続くマクシム少佐シリーズの第二作で、こ…

エジプトツアー、1937

アガサ・クリスティーは旅行好きだった。列車や飛行機、リゾート地を舞台にした作品は非常に多い。本書の舞台もナイル川のクルーズ船である。「オリエント急行の殺人」では、雪に閉ざされた列車の1等車の乗客乗員10名あまりが容疑者になる。このように舞台…

名探偵、マルコ・リンゲ殿下

神聖ローマ帝国大公であるマルコ・リンゲ殿下は、リーツェンの城の修復・維持費用を賄うため、CIAの手先となって世界を走り回っている。米国政府がオフィシャルに手を出せない案件、CIAの「長い手」すらも手の出ないような案件を任されるのだが、普通は人質…

ドイツスパイ網との闘い

かつてイギリス出張の時に機中で見た映画「ダンケルク」、陸海空の独立した視点からセリフをぎりぎりまで排除して、そこで何があったのかを映像で示そうという意図がある作品。実際の現場となったダンケルクで、撮影をするという徹底ぶりらしい。 このときヒ…

おしゃべり女と無口男

深谷忠記という作家も、アリバイ崩しのシリーズを中心に多くのミステリーを発表したひとである。1982年に「ハーメルンの笛を聴け」で江戸川乱歩賞候補となり、1985年の「殺人ウィルスを追え」でサントリーミステリー大賞の佳作を得た。しかしミステリー作家…

スペンサーが愛を取り戻す話

このシリーズ第二作の「誘拐」以降、スペンサーの恋人として読者に紹介されてきた心理カウンセラースーザン・シルヴァーマンは、作を重ねるごとに存在感を増してスペンサーの生活に入り込んできた。ところが10作目の「拡がる環」では、大学院で心理学を学ぶ…

名探偵、最後の挨拶(後編)

どんなロングセラーの作家でも、必ず書けなくなる時はやってくる。シリーズものの名探偵も、最後の挨拶をしなくてはいけないわけだ。古くはコナンドイルは、自分の分身とも言えるシャーロック・ホームズをスイスの滝のタコツボに落として殺そうとしたことが…

名探偵、最後の挨拶(前編)

日本のミステリーで多作家の一人である内田康夫が、2017年には休筆宣言をしその後亡くなった。名探偵浅見光彦シリーズは100冊を越えるロングセラーで、僕も一時期読んだものである。警察庁高官を兄に持つ名家の次男坊でルポライターの主人公が、旅先などで事…

嘘というボディガード(後編)

ブリテン島にいたスリーパーは、ドイツ人の父とイギリス人の母を持ち、子供のころイギリスで暮らしていたこともある、アンナ・カタリーナ・フォン・シュタイナー。フォンという名が示すように、父親はドイツ貴族でありネイティブ同様の英語を話すこともでき…

嘘というボディーガード(前編)

古来、ジャーナリストが作家に転じることは多い。1996年に本書でデビューしたダニエル・シルヴァもジャーナリストだった。それも、CNNのエグゼクティブ・プロデューサー在職中に書いたのが本書というから、どこにそんな時間があったのだろうかと驚いた。湾岸…

CIA分析官、サー・ジョン

ラリー・ボンドとたもとを分かち、トム・クランシーはサスペンスフルな作品を多く発表するようになった。主人公としてのジャック・ライアン一家も、時代とともに成長しついには大統領になる。一方若い頃のジャック一家を書くこともあり、本書はその代表的な…

日系人大統領のテロとの闘い

柘植久慶の作品には、軍隊経験のある日本人が世界の紛争地域で活躍するというものが多い。本書もそのような設定の3部作の第一作。主人公綴喜(ツヅキ)士郎がフランス外人部隊で10年勤めた後、曹長で除隊したところから物語は始まる。 再就職に悩んでいた彼…

プライバシー危機、2014(後編)

シンシアはロンドン在住、物語の前半はイギリスで展開するが、ゼロの一人と思しき男がウィーンのWiFiスポットで確認され、シンシアはITに詳しいインド人チャンダーと現地へ向かう。ウィーンの地下水道でゼロのひとりと接触したシンシアは、フリーミー…

プライバシー危機、2014(前編)

僕は日EU政策対話などを通じて、欧州の個人情報保護についていろいろ議論を重ねてきた。欧州各国(全部ではない)のプライバシー保護に関する意識の高さに病的なほどだと驚いた。意識というよりは危機感であって、かつてナチスに支配された国で特に顕著だ…