新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

知っておいて損のないイタリア

2009年発表の本書は、ロンバルディア平原の田舎町クレモナ出身の大学教員、アレッサンドロ・ジェレヴィーニ氏の作品。著者はヴェネチア大学から東大を経て、本書発表当時は早稲田大で准教授を務めていた。日本文化・文学にあこがれて19歳の時に初来日、日本…

グルメ記者の2つのハンディ

本書はこれまで3作を紹介した、リリアン・J・ブラウンの「シャム猫ココシリーズ」の第四作。1986年に発表されたもので、書き下ろされてから出版までに20年近くかかったのには訳がある。1966年に始まったこのシリーズ、毎年1作のペースで発表され、本書も1969…

ヒュー・ベリンガーという男

1979年発表の本書は、先月「聖女の遺骨求」を紹介したエリス・ピーターズの<修道士カドフェルもの>の第二作。実は現代教養文庫で17作目まで買ったのだが、3冊欠けていた。それが光文社文庫版で入手できた。本書と、第五作、第十作である。装丁はもちろん…

最強の官邸に弓を引く

2023年発表の本書は、TV朝日チーフプロデューサ松原文枝氏の、横浜IR戦記。IR基本法に基づき、横浜にMICE*1(本書ではカジノとある)を誘致しようとした政府に対し、公然と叛旗を翻して横浜市長選を闘い、勝ち抜いた<ハマのドン>こと藤木幸夫氏の物語であ…

巨匠のカメラへの愛情

本格から社会派ミステリー、犯罪小説など幅広い作風で社会課題を追求した巨匠、松本清張。ヘビースモーカーだったことは有名だが、カメラ趣味もあったらしい。その特徴が顕著に表れているのが本書(1981年発表)。 A新聞が主催する「読者のニュース写真年間…

鋼の筋肉を持った異常犯罪者

1990年発表の本書は、アル中の無免許探偵「マット・スカダーもの」。作者のローレンス・ブロックはシリアスなハードボイルドを書くときは、この探偵を使う。1ダースほどあるシリーズだが、中期の作品である本書は評価が高く、少なくともベスト3には入る傑…

厳寒の中ソ国境に潜入するクィラー

1978年発表の本書は、昨年デビュー作「不死鳥を倒せ」を紹介したスパイ作家アダム・ホール晩年の作品。地味だが優秀な諜報員でるクィラーだが、上司パーキスとの仲は最悪。部下をチェスのコマのように思っている彼は、平気で嘘もつくし部下を死地に追いやる。…

「MCGA」の夢実現に向けて

2023年発表の本書は、元中国大使宮本雄二氏の「中国政治展望」。TVニュース番組でもおなじみの、中国研究者である。習近平体制は、異例の三期目に入った。今世紀半ばには米国を押しのけて「富強・民主的・文明的な強国」になるとの目標を建てた。これは「中…

昭和の社会問題を後世に

本書は、西村京太郎の初期の短編集。5編が収められているが、発表年月や最初の掲載紙は記載されていない。解説を詩人の郷原宏が書いていて、作者のファンになった経緯を述べている。解説者によれば、作者は「消えた・・・」シリーズなど大掛かりなトリックや仕…

日本にとってのシーレーン防衛

昨日に続き、経済安全保障関連の書を紹介したい。1985発表の本書は、防衛大学校教授野村實氏のシーレーン防衛史。島国日本としては、海からの補給を断たれれば重大な危機に陥る。生活必需品が市場から消え、インフレが進み、物々交換経済に逆戻りしてしまう…

経済安全保障の教訓、1937

2007年発表の本書は、元石油公団理事である岩間敏氏の太平洋戦争論。日本が無謀な戦争に訴えたのは、直接的には米国からの「禁油」が理由。90年近く前の話だが、ブロック経済が復活しつつあり、日本でも経済安全保障の議論が真剣に行われるようになった今、…

.300口径、アーマーピアシング弾

2019年発表の本書は、国際的ベストセラー作家ロバート・ポビの最初の邦訳本。作者は骨董商出身という経歴で、インターネットのない山荘に籠って執筆をするという。 舞台は数年来の冬の嵐が吹き荒れるマンハッタン、運転中の捜査官が狙撃されて事故が広がり、…

わずか500人の「珍獣たち」

今日は110番の日、2年続けてこの日に元キャリア警察官僚古野まほろ氏の著書を紹介しているが、今年も3冊目を取り上げたい。これまで、 ・警察の階級 巡査~警視総監までの10段階の解説 ・事件でなければ動けません 警察官の行動様式から、彼らを上手く使う…

もっとも有名な古典ホラー

おそらく知らない人のいない「吸血鬼ドラキュラ伯爵」。ルーマニアでトルコ兵を多く殺した、串刺し王ドラギがモデルと言われている。その原本たる本書は、1897年にアイルランド出身の好劇家ブラム・ストーカーが発表したもの。 小説としては、登場人物の日記…

大江戸って小さかったんだ

2003年発表の本書は、大江戸研究者大石学氏の編纂になる、東京駅名探訪。東は葛西、北は赤羽、西は羽村、南は大森の中にある56の駅の歴史について、20名の著者が論考を寄せている。 通して思ったのは「大江戸って小さかったのだな」ということ。浅草は郊外の…

デフ・マンに見込まれたキャレラ

1993年発表の本書は、エド・マクベインの<87分署シリーズ>。以前紹介した「キス」に続く作品で、キャレラ刑事たちのライバル「デフ・マン」がまた登場する。例によって複数の事件が並走して、刑事たちを悩ませる。今回は3つの事件+「デフ・マン」の陰謀…

最強の陸軍参謀次長

昨日紹介した「旅順」にも登場するのだが、日本陸軍きっての名参謀と言えばこの人物、児玉源太郎にとどめを刺す。高名な戦略・戦術家メッケルは「児玉がいる限り日本が勝つ」と断言したと伝えられる。1992年発表の本書は、元海軍少尉で軍人の評伝を多く執筆…

愚将たちの要塞攻防戦

今日1月5日は、日露戦争の激戦地旅順要塞攻防戦が終わり、日本側乃木大将とロシア側ステッセル中将が公式に会った日だ。いわゆる「水師営の会見」である。2001年文庫書下ろしの本書は、軍事史作家柘植久慶の「旅順攻防戦史」。 いくつかある日露戦争のハイ…

神話となった共産主義の世界

昨年アリステア・マクリーンの第二次世界大戦三部作の最後「シンガポール脱出」を紹介したが、それに続く作者の第四作が本書。ハンガリー動乱から2年後の1959年に発表されている。舞台は氷雪が舞うハンガリー、ソ連の抑圧が強化され秘密警察AVOの影に民衆は…

<EQMM>が産んだ名手

本書の作者トマス・フラナガンは、アイルランド文学が専門の文学者。1949年に<EQMM>に「玉を懐いて罪あり」が掲載されて以降、10年間短編ミステリーを発表し、表題作「アデスタを吹く冷たい風」で同誌の年間1位を受賞している。作者には他に3冊の長編が…

激情に駆られないように

このDVDは「NCISニューオリンズ」のシーズン4。前シーズンで最初から仇敵同士だったハミルトン市長の悪事を暴いて逮捕し、貧しい人が暮らす地区を守ったドゥエイン捜査官だが、本部やFBIからの監視は一層厳しくなった。DCからはセラピストまで派遣されてき…

エジプト博物館で死んだ慈善家

1930年発表の本書は、S・S・ヴァン・ダインの<ファイロ・ヴァンスもの>第5作。米国ミステリー界の黄金期を開いた作者を追って、前年エラリー・クイーンが、この年ディクスン・カーがデビューしている。舞台がエジプト博物館なので、ヴァンスのペダンティッ…

国際紛争の根底にあるのはコレ

今年はまれに見る国際紛争が多い年だった。その根本原因となっているのが、数ある資源。地政学的な偏りが大きいことから「持てる国と持たざる国の対立」を引き起こす。2009年発表と少し古い本だが、今年の総括に読んでみた。編者は世界博学倶楽部。 枯渇が心…

ドンファン「伯爵」にかかる容疑

1967年発表の本書は、巨匠エラリー・クイーン後期の傑作。初期の鮮やかな論理推理や中期のライツヴィルものに見られる重厚さに加え、人間に対する洞察と小説としてのテクニックが向上して、味わい深い本格ミステリーに仕上がっている。 12月30日の夜、引退し…

追い詰められる黒人枢機卿

昨日に引き続き、本書はサイモン・クインの<異端審問官もの>。シリーズ第四作(1974年発表)で、昨日紹介した事情で邦訳は2作目。今回チェルラ異端審問所長とキリー審問官に与えられた任務は、アフリカのトランス・コンゴ出身の黒人枢機卿ジョン・ミーマ…

ヴァチカンの「殺さないスパイ」

1974年発表の本書は、匿名作家(*1)サイモン・クインのスパイスリラー。ヴァチカンの聖務省が持つ異端審問所の審問官(Inquisitor)フランク・キリーのシリーズだ。原作は6冊出ているのだが、なぜか第一作、第三作が翻訳できなかった。そこで第二作の本書…

ポピュリズム台頭は結果である

2024年は選挙イヤー、各国でポピュリズムが台頭している。その萌芽は「Brexit」や「トランプ1.0」なのだが、2019年発表の本書はその原因を追究した経済アナリスト吉松崇氏の政治論。 20世紀以降の民主主義では、右派=資本家側、左派=労働者側だったが、21…

さよなら!フェルプス君

このDVDは、これまで2~6シーズンまでを紹介してきた「Mission Impossible」の最終シーズン。1973年に放映されたもので、いくつかのエピソードを覚えていた。高校生になっていたはずだが、欠かさず見ていたものと思われる。大好きなリンダ・ディ・ジョージ…

ロング・ピドルトン村のX'mas

1981年発表の本書は、英国の本格ミステリ黄金期を受け継ぐ、マーサ・グライムズのデビュー作。「クリスティやセイヤーズらに代表される黄金期は死なない」として、謎解き小説の作風を守り、日常の中での犯罪を扱う(バイオレンスの少ない)作品を<Cozyミス…

修道士カドフェル登場

昨年エリス・ピーターズの「雪と毒杯」を紹介(*1)して、作者が<修道士カドフェルもの>で有名だと知った。それからずっと探していたのだが、なんと「教養文庫」が翻訳出版していたことが分かっり、早速その第一作(1977年発表)を買ってきた。 12世紀のイ…