新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2024-01-01から1年間の記事一覧

「ロシアの世界」の意思と所業

昨日「戦争はどうすれば終わるか」でウクライナ・ガザの紛争終結に向けた国内の議論を紹介したのだが、そのウクライナがどうなっているかを知る必要があると思って読んだのが本書(2023年発表)。著者の岡野直氏は朝日新聞記者、海外取材の経験が豊富だ。ロ…

「自衛隊を活かす会」の停戦議論

本書は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて「自衛隊を活かす会*1」のメンバーに戦史研究家を交えて「いかに停戦させるか」を議論したレポート。議論は2023年9月に行われたが、その後ハマスのイスラエル攻撃があって、ガザの悲劇も始まった。本書には、ウクラ…

最後に書かれたポアロもの

本書は1972年発表、女王アガサ・クリスティが最後に書いた「ポアロもの」である。この後1975年に「カーテン」が出版されたのだが、これは女王が全盛期に書き溜めておいた「ポアロ最後の事件」である。1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした名探偵も…

最悪のはじまりで迎えた対米戦

本書は「大鑑巨砲作家」横山信義初期のシリーズ「修羅の波濤」の外伝。「鋼鉄のリヴァイアサン」でデビューした作者は、本当に書きたかった「八八艦隊物語」全5巻ののち、「修羅の波濤」全8巻で太平洋戦争のシリーズものを書き続ける自信を得たように思う…

三外務大臣が重用した秘書官

2022年発表の本書は、東京国際大学教授(国際政治・近代史)福井雄三氏の「外交官加瀬俊一の評伝」。表紙の写真は<ミズーリ>艦上の降伏文書調印式のものだが、重光外相の後ろに立つシルクハットの人物が加瀬外交官。「日本外交の主役たち」など多くの著書…

中立な歴史人口学者として

フランスの著名な歴史人口学者エマニュエル・トッド博士のインタビュー記事は何度も紹介しているが、ロシアのウクライナ侵攻直後に出版された「第三次世界大戦はもう始まっている*1」の主張内容を、少し深堀して日本のジャーナリスト池上彰氏のインタビュー…

東西ベルリン分離の爪痕

ミステリーと言えば20世紀中盤までは英米のほぼ独占(ちょっと仏もあり)、その後北欧ものなどが紹介されるようになり、21世紀には独伊のものも邦訳されるようになった。昨日紹介したのはナポリを舞台にした警察小説だった。本書は2011年発表の、ベルリンを…

ナポリの<87分署>

2013年発表の本書は、先月「寒波」を紹介したイタリア発の警察小説シリーズの第一作。作者のマウリツィオ・デ・ジョバンニは、ナポリ生まれで銀行員出身。このシリーズは、ナポリの下町に位置する架空の<ピッツオファルコーネ署:通称P分署>の刑事部屋を…

実戦教本パズルブック(後編)

本書の発表は2010年。昨日紹介した「名将たちの決定的戦術」の続編で、やはり28の設問が収められている。冒頭リデル・ハートの言葉「戦場の状況の3/4は霧の中」を紹介し、さらにいったん戦闘が始まれば諸要因(疲労・恐怖・天候・遅延・幻想)が入り混じって…

実戦教本パズルブック(前編)

2007年発表の本書は「実戦学シリーズ」などを紹介した、元陸将補松村劭氏の実戦教本。以前「戦術と指揮*1」を紹介していて、これは架空戦でのパズルブックだったが、今日からの2冊は戦史に基づくもの。本書には26の設問が用意されている。 冒頭「戦術=仕掛…

ミステリー作家の空想が呼ぶ事件

1965年発表の本書は、以前「見知らぬ乗客」「殺意の迷宮」などを紹介したパトリシア・ハイスミスのラブサスペンス。若い(精々40歳まで)男女の愛憎から事件に発展する物語が、作者の得意とするところ。名探偵や残虐なシーンは登場しない。普通の幸福に見え…

定期船<ジロンド号>が運ぶもの

1922年発表の本書は、「樽」でデビューしたF・W・クロフツの第三作。後年の名探偵フレンチ警部は登場せず、素人を含む複数の捜査官が英仏海峡をまたぐ組織犯罪に挑む。 ボルドーの街に近いレク川のほとり。ワインを扱う商社員メリマン青年は、ふと迷い込んだ製…

道義的な観点を外し、冷静に

2020年発表の本書は、国際政治学者友原章典氏の「移民論」。欧米で移民排斥の声が多くなる中、日本も今後移民問題と排斥運動の激化が予想される。一部に感情的な議論があることから、本書の「道義的な観点を外し、純粋経済的な面を見て」のスタンスに期待し…

死を告げられた男とその娘

1945年発表の本書は、以前「暗闇へのワルツ」「暁の死線」「幻の女」などを紹介したサスペンス作家ウイリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)が第三の筆名ジョージ・ハプリイ名義で発表したもの。ウールリッチ名義で黒をモチーフにした復讐譚や犯…

出来てしまった大量破壊兵器

1985年発表の本書は、音楽プロデューサであるポール・マイヤーズが書き始めたエスピオナージの第一作。作者は、小澤征爾氏らとも交流のある欧州では高名なプロディーサだという。主人公のマーク・ホランドは引退した英国情報部員。今は音楽プロデューサとし…

ウルフを動かすアーチーの機略

1973年発表の本書は、これまで「毒蛇」ら3作品を紹介しているレックス・スタウトの「ネロ・ウルフ&アーチー・グッドウィンもの」。蘭と美食を愛し、300ポンドの体重のせいで外出することがほぼない「不動の名探偵」ウルフを、助手のアーチーが機略を持って…

殺人犯の息子と娘が死んだ

2014年発表の本書は、イタリアの<87分署>との言われるマウリツィオ・デ・ジョバンニの<P分署シリーズ>第三作。分署立て直しで赴任してきたパルマ署長の指揮で、麻薬がらみで地に落ちたP分署の士気は回復しつつある。11月のナポリは凍てつくほど寒い日が…

あるべき&ありたき日本2026

2017年発表の本書は、堺屋太一最後の小説・・・ではあるが、小説の形をとって僕たちに「あるべき&ありたき日本像」を示してくれた書だ。2026年、政府債務は1,500兆円(GDP比3倍)に達し、毎年40兆円の国債を発行しなくてはならないところまで日本政府は追い詰…

貧しい街で斜陽の新聞社

1997年発表の本書は、先月「ボルチモア・ブルース」を紹介したローラ・リップマンの「テス・モナハンもの」の第二作。米国探偵作家クラブ賞などを複数受賞した話題作である。作者は現役新聞記者であり、テスも倒産した新聞社で記者をしていた設定。 DCにも近…

サイバー空間から操られる恋人たち

2017年発表の本書は、志駕晃のデビュー作。<このミス大賞>の15回隠し玉賞を受賞した作品で、以後続編(*1)が発表されている。作者は当時ニッポン放送の開発局長、番組プロデュースなどを手掛けてきた中で、ラジオの番組作りで「情報に対するセンス」を養…

神様・天才・英雄/巨悪・ペテン師

これがあるエリート軍人に付けられたあだ名である。その人物とは、元大本営参謀辻政信大佐。ノモンハン事変で事実上の指揮を執るなど活躍した一方、悪しざまに言う人も少なくない。 タイで終戦を迎えた彼は、戦後の工作のためタイに潜行するが、蒋介石との日…

自衛隊特殊部隊ムスダンリに向かう

2020年発表の本書は、以前「国のために死ねるか*1」を紹介した自衛隊の特殊部隊創設者伊藤祐靖氏の架空戦記。「国の・・・」に書かれた自衛隊特殊部隊の思想、訓練、日常、覚悟や、自衛隊上層部、防衛相幹部、政治家などに対する現場からの見方を小説形式で著し…

銃器マニアの描くガンファイト

2016年発表の本書は、デビュー作「The Poisoned Rose」で2001年の米国探偵作家クラブ賞ペーパーバック賞を獲った、ダニエル・ジャドソンのスパイスリラー。かなりの銃器マニアで、コネチカット州在住というくらいしか情報がない作家である。おおむね1作/年…

仔牛薄切り肉・生ハム・セージ

2002年発表の本書は、ドイツのミステリー作家ベルンハルト・ヤウマンの第五作。非常に凝った作品を書く人のようで、人間の五感と長い旅行をした街を組み合わせて、連作を発表した。 1.聴覚・ウィーン「聴覚の崩壊」 2.視覚・メキシコシティ「視覚の戦い…

アベ政治のコンプライアンス

これまで長期政権だった「アベ政治」を評価する書を複数紹介した。アジア・パシフィック・イニシャティブの「検証安倍政権*1」が最もフェアだと思った。2023年発表の本書では、コンプライアンスの鬼ともいうべき郷原信郎弁護士(*2)の目から見た、安倍政権…

海賊と水軍の歴史書での検証

2日に渡り陳舜臣「戦国海商伝」を紹介したが、今日は室町~戦国時代の海賊(含む倭寇)と水軍の歴史そのものを見ていきたい。2002年発表の本書は、国立歴史民俗博物館の宇田川武久教授の論説。まずこれらの定義だが、 ◇水軍 大名権力に直結した海上支配のた…

毛利佐太郎の東シナ海戦記(後編)

佐太郎は棒術師範祝一魁の娘翠媛をめとり、日明交易の傍ら「倭寇」を使って反政府行動も操るようになる。明国は南の「倭寇」たちの跳梁だけでなく、北の騎馬民族アルタイの侵攻にも悩まされ、国力を衰えさせている。宦官政治による汚職の蔓延は、著しい富の…

毛利佐太郎の東シナ海戦記(前編)

本書は、1988年から89年にかけて産経新聞に連載された陳舜臣の長編歴史ロマン。室町時代末期、毛利元就の落しだね佐太郎が東シナ海を駆け巡る物語だ。室町幕府の権威も揺らぎ、地方豪族(直に戦国大名となる)が剣を競っていた。周防から出雲にかけては、博…

「使われそうな核」をどうする?

2022年発表の本書は、ロシアのウクライナ侵攻とこれにともなう核を使うぞとの脅迫を受けて、専門家4名(*1)が対談した結果のレポート。長らく使われるはずのなかった核兵器が、ひょっとすると炸裂するかもしれない国際情勢の中で、日本の安全保障はどうあ…

北海の孤独な女王

80年前の今日は、ノルウェーのトロムセフィヨルドに停泊していたドイツの最新鋭戦艦「ティルピッツ」が転覆し戦闘力を無く(ようするに沈没)した日。1939年竣工のこの戦艦は、「ビスマルク級」の二番艦。排水量43,000トン、最高速力約31ノット、38センチ連…