新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

北海道を襲う見えない敵

 2013年発表の本書は、以前「ゼロの迎撃」を紹介した安生正の<ゼロシリーズ>三部作の第一作。第11回「このミステリーがすごい」大賞受賞作である。第二作「ゼロの迎撃」がそれなりに面白かったので、シリーズ作を探していたところ2冊同時に手に入った。

 

 第二作は間違いなく軍事スリラーだが、本書は自衛隊の活躍や文民政権の無能振りを描いているところは同じでも、パニックサスペンスの色が濃い。物語は厳寒の2月、根室海峡にある石油プラント<TR102>からの交信が途絶えたところから始まる。たまたま付近にいたとの理由で(本来は海上保安庁のミッションだが)護衛艦DDH「くらま」は現地に急行した。

 

 ヘリコプターでプラントに向かった廻田三佐らは、血まみれになって死んでいる8人のプラント従業員を発見する。エボラ出血熱のような感染症が疑われ、廻田らは直ちに隔離、官邸は事件を伏せたまま感染症の専門家富樫博士を呼び出す。

 

        

 

 富樫は有能な学者だが、西アフリカのガボンで研究にあたっていて妻子を亡くしている。帰国してから国立感染症研究所に勤務するのだが、予算削減に激しく抵抗して職を追われていた。ただその後の研究所の能力低下がひどく、官邸は事態究明ができる唯一の学者である富樫を秘密裏に招かなくてはならなくなったのだ。

 

 富樫は研究所を離れてから麻薬に溺れ、妄想も見るようになっていた。それでも<TR102>の事件に取り組み、廻田らからの聴取も行う。一方廻田も、部下を死なせてしまった悔恨からナイトメアを見るようになっていた。2人の心に傷を負った男を中心に、物語は進んでいく。治まったかに見えた事件だが、9ヵ月後中標津の村が同様の症状で全滅した。さらに道東全体が危険になり、大都市札幌にも見えない魔手が迫っていた。

 

 感染症研究者・自衛隊指揮官らの魂の叫びを受けても、官邸官僚や閣僚は前例にしがみつき自らの保身を図るばかり。少し薄っぺらさを感じますが、大賞受賞の看板はダテではないですね。