新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

名探偵、マルコ・リンゲ殿下

神聖ローマ帝国大公であるマルコ・リンゲ殿下は、リーツェンの城の修復・維持費用を賄うため、CIAの手先となって世界を走り回っている。米国政府がオフィシャルに手を出せない案件、CIAの「長い手」すらも手の出ないような案件を任されるのだが、普通は人質…

ドイツスパイ網との闘い

かつてイギリス出張の時に機中で見た映画「ダンケルク」、陸海空の独立した視点からセリフをぎりぎりまで排除して、そこで何があったのかを映像で示そうという意図がある作品。実際の現場となったダンケルクで、撮影をするという徹底ぶりらしい。 このときヒ…

おしゃべり女と無口男

深谷忠記という作家も、アリバイ崩しのシリーズを中心に多くのミステリーを発表したひとである。1982年に「ハーメルンの笛を聴け」で江戸川乱歩賞候補となり、1985年の「殺人ウィルスを追え」でサントリーミステリー大賞の佳作を得た。しかしミステリー作家…

スペンサーが愛を取り戻す話

このシリーズ第二作の「誘拐」以降、スペンサーの恋人として読者に紹介されてきた心理カウンセラースーザン・シルヴァーマンは、作を重ねるごとに存在感を増してスペンサーの生活に入り込んできた。ところが10作目の「拡がる環」では、大学院で心理学を学ぶ…

名探偵、最後の挨拶(後編)

どんなロングセラーの作家でも、必ず書けなくなる時はやってくる。シリーズものの名探偵も、最後の挨拶をしなくてはいけないわけだ。古くはコナンドイルは、自分の分身とも言えるシャーロック・ホームズをスイスの滝のタコツボに落として殺そうとしたことが…

名探偵、最後の挨拶(前編)

日本のミステリーで多作家の一人である内田康夫が、2017年には休筆宣言をしその後亡くなった。名探偵浅見光彦シリーズは100冊を越えるロングセラーで、僕も一時期読んだものである。警察庁高官を兄に持つ名家の次男坊でルポライターの主人公が、旅先などで事…

嘘というボディガード(後編)

ブリテン島にいたスリーパーは、ドイツ人の父とイギリス人の母を持ち、子供のころイギリスで暮らしていたこともある、アンナ・カタリーナ・フォン・シュタイナー。フォンという名が示すように、父親はドイツ貴族でありネイティブ同様の英語を話すこともでき…

嘘というボディーガード(前編)

古来、ジャーナリストが作家に転じることは多い。1996年に本書でデビューしたダニエル・シルヴァもジャーナリストだった。それも、CNNのエグゼクティブ・プロデューサー在職中に書いたのが本書というから、どこにそんな時間があったのだろうかと驚いた。湾岸…

CIA分析官、サー・ジョン

ラリー・ボンドとたもとを分かち、トム・クランシーはサスペンスフルな作品を多く発表するようになった。主人公としてのジャック・ライアン一家も、時代とともに成長しついには大統領になる。一方若い頃のジャック一家を書くこともあり、本書はその代表的な…

日系人大統領のテロとの闘い

柘植久慶の作品には、軍隊経験のある日本人が世界の紛争地域で活躍するというものが多い。本書もそのような設定の3部作の第一作。主人公綴喜(ツヅキ)士郎がフランス外人部隊で10年勤めた後、曹長で除隊したところから物語は始まる。 再就職に悩んでいた彼…

プライバシー危機、2014(後編)

シンシアはロンドン在住、物語の前半はイギリスで展開するが、ゼロの一人と思しき男がウィーンのWiFiスポットで確認され、シンシアはITに詳しいインド人チャンダーと現地へ向かう。ウィーンの地下水道でゼロのひとりと接触したシンシアは、フリーミー…

プライバシー危機、2014(前編)

僕は日EU政策対話などを通じて、欧州の個人情報保護についていろいろ議論を重ねてきた。欧州各国(全部ではない)のプライバシー保護に関する意識の高さに病的なほどだと驚いた。意識というよりは危機感であって、かつてナチスに支配された国で特に顕著だ…

ダッハウ収容所事件の後日談

マイケル・バー=ゾウハーはブルガリア生まれのユダヤ人(もしくはユダヤ系)で、ナチスの迫害を逃れて出国、その後イスラエルに住みついた。パリで学び、イスラエルの新聞社でパリ特派員、イスラエル軍で機甲部隊や空挺部隊に所属し、ダヤン国防相の報道秘…

ドイツが二つあったころ

そんな時代が終わろうとしてドイツ統一が取りざたされていたが、フランスの有名なドイツ嫌いの人がインタビューに応えて「皆さんは私がドイツを好もしく思っていないと思われているようだが、実はそうではない、ドイツは大好きだ。だからこそ、これからも2…

たどりついた境地(後編)

全部で800ページ近い大作(最近ではそうでもないか?)だが、すぐに不可能興味をそそる殺人事件が起きる。キャンパスで、音楽専攻の女子学生がマジックの仕掛けに拘束されて絞殺される。警官が現場に踏み込んだ時、犯人はまだそこにいてキャンパスの中を逃げ…

たどりついた境地(前編)

「どんでん返し職人」として知られるジェフリー・ディーヴァーは、作中にとりあげるテーマを徹底的に調査することでも知られている。このブログで取り上げた諸作以外にも、多くの習作・傑作があり、読むたびに勉強させられることは間違いがない。例えば、 静…

ドイツ作家の描く太平洋戦争

作者のハンス=オットー・マイスナーは、ドイツ第三帝国の外交官。第二次欧州大戦が始まる1939年まで、東京で勤務した経験がある。帰国後は、対ソ連の東部戦線で機甲部隊の中尉として戦っている。そんな人が、独ソ戦を書くならともかく、太平洋戦争を書いた…

大公殿下自身の事件

神聖ローマ帝国大公であり、リーツェン城の城主であるマルコ・リンゲ殿下は、城の修復・増築・庭園拡大などに多額の費用を必要としている。CIAの仕事を10万ドル単位で引き受けて、何度も命の危険を冒しながらようやく城が棲めるようになってきた。婚約者で、…

不良少女とおせっかい探偵

名作といわれる「初秋」では、ボストンの私立探偵スペンサーはひよわで自立できない少年の心身を鍛え、一人前の男への入口へと誘った。本来の私立探偵としての依頼の範囲を越えた「おせっかい」な行動の顛末がつづられて、多くの読者の共感をよんだ。 ロバー…

挑戦し続けるがゆえの女王

アガサ・クリスティーのレギュラー探偵は、官憲ではない。ポアロはベルギー警察時代は官憲であったが、初登場した「スタイルズ荘の怪事件」(1920年)ですでに引退し私立探偵として活動している。ミス・マープルに至っては、官憲と関わったことすらない老婦人…

ワールドトレードセンター、1988

一昨年グラウンド・ゼロに初めて行ってみて思ったことは、マンハッタン島の南部のこのあたりは世界一といってもいいマネーゲームの街だということ。たまたま会議の場所がアレクサンダー・ハミルトン(金融)博物館だったこともあるが、ウォール・ストリート…

マンハントものの古典

マクシム少佐をレギュラー主人公にした第一作「影の護衛」を読んで、ギャビン・ライアルという作家を見直したので、マクシム少佐以前の作品をもう一度読んでみることにした。ギャビン・ライアルは「影の護衛」以前の7作ではレギュラー主人公を持たなかった…

カリブ海でのCIA工作

プリンス・マルコには、どうしてもお金が必要な事情がある。オーストリアのリーツェンの城の復旧が(CIAからのお金で)進み、ようやく一部で住めるようになったのだが、まだまだお金が必要なのだ。その上フィアンセのアレクサンドラ(毎回名前だけ出てくる美…

クロフツのレギュラー探偵

けれん味たっぷりの名探偵ではなく、地道な捜査をする普通人探偵を主人公に「樽」でデビューした鉄道技師F・W・クロフツも、やがてレギュラー探偵を持つようになった。それがこの人、フレンチ警部である。原題も「Inspector French & The Starvel Tragedy…

印象の薄い名探偵

「アリバイ崩し」というミステリーのジャンルはクロフツの「樽」に始まったものの、発達したのはユーラシア大陸の反対側の島日本でだった。先日紹介した松本清張「点と線」や森村誠一「新幹線殺人事件」など名作が生まれ「時刻表もの」というジャンルを形成…

B-25の奇襲低空爆撃行

ギャビン・ライアルはマクシム少佐シリーズを書く前に、単発ものを7作書いた。本書もそのうちの1冊、1966年の発表である。元戦闘機パイロットであるキース・カーは、カリブ海で細々と運送業を営んでいる。朝鮮戦争では3機の敵機を撃墜したベテランだが、…

マルコ殿下のFS作戦

太平洋は、地球で一番広い海である。広大なエリアに良港は数えるほどしかない。北部ではハワイ、ミッドウェー、ウエーキ、小笠原、中部ではトラック、クェゼリン、パラオ、グアムなどがある。南部では、本書の舞台である、フィジーやサモアが代表的なものだ…

マンハッタンに棲む龍

マンハッタンの中心部から車で20分程度、島の北部にかつてインディアン保護区だったところに熱帯魚の養殖で財をなした富豪の屋敷がある。屋敷では怠惰なパーティが開かれ、いわくありげな人物が集まっている。夜も更けて小川の流れをせきとめたプールで泳ご…

ウーゼドム島ペーネミュンデ

半島の付け根の国が、相変わらず騒がしい。何年か前中距離弾道弾「ムスダン」と思しき飛翔物を4発同時発射、日本海に着弾させた。移動式発射台を使っての斉射であり、軍事的脅威は増していると専門家は言った。続いて固体燃料の燃焼試験を満面の笑みを浮か…

探偵小説への愛と渇望

金田一耕助のデビュー作が、本書に収められている「本陣殺人事件」である。設定は第二次世界大戦前であるが、発表されたのは1946年(4月から12月まで「宝石」誌上に連載)。かつてはその町の「本陣」だったという旧家で、新婚の長男夫妻が日本刀で斬殺され…