新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

蔵王温泉周辺でのアリバイ

 本書(1969年発表)は、「本格の鬼」鮎川哲也の鬼貫警部もの。まだ新幹線は東海道だけ、長距離電話も地方によっては交換台を経由してという時代の作品である。舞台は芸能界で、クラシック歌手の鈴木久美子とピアニストの夫重之の夫婦喧嘩から物語が始まる。12年連れ添った2人だが子供はなく、久美子が名古屋の女子大で毎週の講義をもつようになって家を空けることが多くなった。

 

 浮気を疑った重之は探偵を雇い、久美子の跡を尾行させる。果たして久美子は名古屋で泊まると言っていながら、茗荷谷のマンションに入っていった。そこはライターの雨宮という男のマンションで、重之に証拠を突き付けられた久美子は浮気を認めた。2人は離婚を決めたが、ある夜雨宮が何者かに刺殺されてしまう。当然疑いは重之にかかるが、重之にはアリバイがあった。

 

 警察の捜査が停滞する中、週刊誌記者の富永は雨宮の婚約者という女から情報を得て独自に取材し、久美子の浮気相手は雨宮の部屋を借りた別の男ではないかと推測する記事を書いた。その男(X)と間違われて、雨宮は殺されたのではないかと・・・。富永は久美子にX氏の名前を言えと迫るのだが、話さないうちに久美子は事故で昏睡状態になってしまう。

 

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 悔しがる富永のところに、「5月20日にXを殺す」という予告電話が入った。実はXは売れっ子コメディアンで芸能プロ社長でもある朝吹だったのだが、殺人予告の記事を見た朝吹は芸能プロ専務の鷹取と相談、20日の前から休暇と称して姿を隠すことにした。しかし鷹取も21日には朝吹と連絡できなくなり、自宅マンションには誰かが押し入った跡があり.22口径の拳銃が残されていた。数日後、軽井沢の沼から朝吹の死体が上がった。腹部を.22口径で撃たれていた。

 

 鬼貫警部ものの常として、400ページ中300ページまでには犯人の目星はつく。しかし最有力容疑者には、20日前後に蔵王温泉にいたというアリバイがあり、マンションの鍵は本人以外持っていないことも分かる。特性の鍵で専門家以外は開けられないものだ。捜査に行き詰った鬼貫警部は単身蔵王に出かけ、容疑者が天童・立石寺・峨々温泉・青根温泉・遠刈田温泉を巡った跡を自ら歩く。

 

 久美子の事故が偶然過ぎることを除けば、よどみのない見事なストーリーとトリックでした。この犯人、鬼貫警部は言うように「本当に頭が切れ」ますね。