新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

絶対悪ではない犯人像

 本書(1961年発表)は、鮎川哲也の鬼貫主任警部ものの一冊。とはいえ捜査一課の鬼貫が登場するのは第二の事件が発生した全体の60%を過ぎたころである。戦後の混乱期も終わり、経済が活性化してきて民間企業も大きくなり始めた時期だが、それゆえに社会全体にひずみが目立ちだしてもいた。拡大する需要とそれを支える供給網、いわゆる商社的ビジネスが拡張する裏には、癒着や汚職といった負の部分が付きまとっていた。

 

 こういう世相を捉えて「社会派ミステリー」と呼ばれるジャンルが日本でも生まれていた。例えば松本清張という作家は、こういう問題に切り込む名手であった。「本格の鬼」である作者もその傾向には賛同していて、それを表わしたのが本書のようにも思う。

 

 河辺遼吉は貝沼産業の若き営業部長、大学の先輩沼専務のひきもあり、30歳代で部長になるなど同期一の出世頭だ。何不自由ない暮らしの河辺家だが、妻の照子には不安があった。A省の新庁舎建設にあたり同省の犬飼建設部長と沼専務の間に闇の関係があり、建設部と貝沼産業全体に汚職疑惑がかかっていたのだ。A省の側にも貝沼産業の側にも、秘密を守ってだろうか自殺者が出ていた。

 

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 そんなおり遼吉が突然失踪、汚職容疑のキーマンがいなくなって捜査二課は大魚を逸したと歯噛みする。照子は遼吉の妹由美と一緒に遼吉の行方を追うのだが、ヒサコという女と箱根に出かけたところまでしか分からなかった。

 

 数ヵ月たって、仙石原の奥で二人の死体が心中と思われる姿で発見される。現地でヒサコの妹の夫である本田と合流した3人は荼毘に付した遺骨を持って帰るのだが、由美が些細なことで現場に第三者がいたのではないかと言い出す。本田の協力も得た二人の素人女探偵は、貝沼産業やA省、ヒサコの住んでいたアパートを探るのだが、有力証人と見られたアパートの管理人までもが殺されてしまった。

 

 この第二の事件で、ようやく鬼貫警部が登場。犬飼部長・沼専務ら3人の容疑者を追及するのが、いずれにも鉄壁のアリバイがあった。急行「阿蘇」で名古屋出張から東京に帰る途中、愛人と熱海で途中下車したという怪しげなものもあるが、鬼貫自らの執念の捜査は一人の男を追い詰める。

 

 解説に「作者は犯人を絶対的な悪に描かない」とあるように、意外な決着と同時にほんのり暖かいものを感じさせるラストでした。地味ながら作者の傑作と思います。