すでに2つ紹介しているが、5大捕物帳と言えば、
・半七捕物帳 岡本綺堂
・若さま侍捕物帳 城昌幸
に本書の「人形佐七捕物帳」が挙げられる。右門と若さまは侍だから、庶民の代表「岡っ引き」が主人公なのは残りの3つだ。その中でも本書の作者横溝正史は、押しも押されもせぬミステリー界の重鎮である。だからミステリー好きの僕としては、捕物帳で一番期待していたのが、「佐七」のシリーズだった。
デビュー作「羽子板娘」では、佐七は十手取縄は預かっているものの、やる気のない若い衆。色男で、モテるだけが取り柄の遊び人である。しかし亡父の親友このしろの吉兵衛のお尻を叩かれて、いやいや捜査に加わる。2作目「嘆きの遊女」で姉さん女房になるお粂さんと知り合い、以降は堂々たる名探偵ぶりを披露する。
金田一ものでも、横溝作品にはちょっと色っぽいシーンが良く出てくる。そのせいか、他の捕物帳より男女の仲のもつれが動機のケースが多く、お粂さんのヤキモチもまた激しい。また怪奇ものも得意な作者ゆえ、本書にある「舟幽霊」のようなオカルト色の濃い作品も目立つ。しかしいずれも、四季折々の江戸の風物をちりばめながら、本格ミステリーの枠を外れることはない。
TVドラマ化されたものを何作か見た記憶はあるのだが、小説で読むのは初めて。ミステリーのすれっからしである僕が今読むと、何編か「あ、これはxxの〇〇のトリックだ」と思い当たることがある。そう海外ミステリーのプロットを拝借したものがあるのだ。作者の海外ミステリーへの傾倒が良くわかるエピソードだが、なぜ「捕物帳」になったかの理由には時代背景がある。
初出の年代がわからなかったのだが、「羽子板娘」は1938年に映画化されているから、戦前作品であることは確かだ。当時は「鬼畜米英」の時代、英米が中心の海外ミステリーはご法度だった。ミステリー仕立ての日本ものを書くことも許されず、「捕物帳」なら許されたというわけだ。
しかし作者は人間的に弱い(女好きな)ところを持った「佐七」が好きだったようですね。戦後もシリーズを描き続け、約180もの作品を残したといいますから。