新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

病める大物俳優の回想

 1989年発表の本書は、多芸多才な作家ドナルド・E・ウェストレイクの「ノン・シリーズ」。以前紹介した「斧」は米国雇用事情を「鉤」は出版業界を風刺したものだが、本書で作者の矛先は映画業界に向かう。

 

 10歳代から演劇、映画業界で活躍した大物俳優ジャック・パインは、酒や薬物の侵されて健康を損ね、もはや人前に出られないほどに衰えた。まだ50歳には間があるというのに、時々発作を起こし執事の薬投与で意識を取り戻す始末。朦朧とした状態のジャックに、今日はオコナーという人物が「インタビュー」をしている。ジャックは15歳の時に初体験をした娘のことや、当時から親友だったバディー・パインのことを話し始める。

 

 バディーと2人で有名戯曲家に取り入り、業界入りを果たしたこと。大物女優ミリアムとの出会いと最初の結婚、バディのサポートで映画業界をのし上がってゆくプロセス。両親との確執(特に母親の狂気じみた所業)や、連夜開催する乱れたパーティのことなどを、ジャックは少しづつオコナーに話してゆく。

 

        f:id:nicky-akira:20210719133715j:plain

 

 作者は短いオコナーとの会話を挟みながら、ジャック自身の回想の形で物語を進めていく。フラッシュバック1~27がその部分だが、微妙に順番が入れ替わっていたり、16Aのような項目があって、何かの意図が隠されていることがわかる。その他にも「幕間」が何ヵ所かあり、どうもこれはただのインタビューではないと読者に気づかせる。

 

 300ページのうちの半分までは、映画業界の乱れた風俗を面白がって見る読者だが、解説に「笑っていられるのも途中まで」とあるように、後半不気味さやシリアスさが急増する。ジャックとバディはホモ関係ではないが、常に一緒に暮らし、二度目の妻ロレインは「バディは、車も服も何でもあなたから奪っていく」と警告するのだが、ジャックは聞く耳を持たない。バディの専横がピークに達し、妻たちも愛想をつかして去った今、薬物漬けのジャックに出来ることは?またオコナーの正体は?

 

 原題「Sacred Monster」の意味は、ロレインが作中にジャックを評して言う言葉「いろんな面であなたは怪物、神聖な愚者であり聖なる怪物。現実の厳しさに影響されない純真な人」から来ている。

 

 どう区分していいかも分からない、不思議な物語でした。宗教色はないのですが、僕には1/2も分かったかどうか?