新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「大惨事」シリーズ第一作

 以前タイタニックが生まれた町ベルファストを訪問して、犠牲者名を刻んだ碑に案内された。市庁舎の中にはタイタニックの内装を再現した部屋がいくつもあり、すごいな~とだけ当時は思っていた。ところがある本を手にしたところ、内装や料理まで丁寧に記述してあって部屋の記憶がよみがえってきた。
 
 やっぱり英語で受けた説明では、分かったつもりでも本当のところはわかってないということのようだ。その本というのがこれ。

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 事故に遭う前の航海中で船内で殺人事件が発生し、船長や船主からの依頼でミステリー作家ジャック・フットレルが捜査に乗り出す、という設定。当時の有名人(富豪など)が数多く命を落とした事件だが、僕にとっては「思考機械」シリーズの作者であるフットレルが未公開原稿6編と共に沈んだというのが一番の関心事である。
 
 本編の作者マックス・アラン・コリンズもそれは一緒だったようで、タイタニックの事故を背景にしたミステリーを書くにあたり、ジャックとメイのフットレル夫妻を探偵役にしたのだろう。ちなみにメイ・フットレルも作家であり、事故の生存者である。
 
 ジャック・フットレルはミステリー作家になる前は新聞記者であり、芝居の興業のプロデューサ経験もある。創造した探偵オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン教授は、「論理的思考さえ出来れば、チェスを初めてやる人間であっても世界チャンピオンに勝てる」と公言する科学者。まあ、ガリレオの先輩格と思えばよろしい。
 
 さて本編だが、登場するのが全部実在人物というのが、とんでもない挑戦である。タイムスリップもののように、過去を変えるということもない。実在した人物像を活かしながら、虚構の事件を織り込んでゆくという離れ業である。トリックや推理が特に優れているというわけではないが、これは立派なミステリーだと思った。
 
 あとがきによるとコリンズはこの後、ヒンデンブルグ号事件、真珠湾攻撃、ルシタニア号事件などを背景にした「大惨事」シリーズをいくつか書いているという。これから気を付けて、捜してみます。

ペダンティックな探偵

 S.S.ヴァン・ダインは、生涯に12作しか書かなかった。その名前も、本名ではない。美術評論家であった、ウィラード・H・ライトは、病気療養中膨大な量のミステリーを読み、こんなものなら書けるかもしれないと思ったという。硬い専門書を何冊も出版している彼は、世俗的なものとされるミステリーを書くにあたって、ペンネームを必要とした。
 
 文豪と呼ばれる人たちが、余技としてミステリーを書くことに違和感のないイギリスに比べると、アメリカにはそのような寛容性は無かったというのが彼の見解である。確かに、イギリスの有名作家は生涯に少しのミステリーを発表することがある。イーデン・フィルポッツやA.A.ミルン、サマセット・モームなどが書いたものは、ミステリーとして高く評価されている。

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 ヴァン・ダインが創造した探偵が、ファイロ・ヴァンス。北欧系の貴公子で、伯母の遺産があって生業ごとをする必要がない。執事にかしづかれて、日々を怠惰に暮らす30歳代半ばの独身貴族である。取柄は明晰な頭脳(探偵なんだから当たり前)と、芸術への深い造詣。スポーツも万能で、競馬などの知識も深い。「平民並みに早起きすると疲れる」などと平気でのたまう。
 
 そんな彼が、友人の地方検事の依頼で事件に挑むことになった。真面目な警察官や、不幸な一家に対してペダンティックなセリフをまき散らしながら、自分勝手な捜査をする。天才物理学者湯川学と並んで、ミステリー史に輝く「鼻持ちならない」探偵だろう。
 
 ヴァン・ダインは「ひとりの作家に、6を超えるミステリーのネタがあるとは思わない」と言っていたが、結局はその倍、1ダースのファイロ・ヴァンスものを書いた。題名にも凝っていて(ひとつの例外をのぞき)"The xxxxxx Murder Case"として、xxxxxx の部分は6文字に合わせていた。題名にこだわる「稚気」は、彼に影響をうけたという、エラリー・クイーンの初期の国名シリーズ(国名+Mystery)にもうかがえる。
 
 自らが言っていたとおり、6作までは評判が良かったが後半の6作の評価は落ちる。お書きにならなかったほうが良かったと後世の人は言うかもしれないが、目の前のドル箱を貪欲な出版社が見逃すはずはない。処女作 "The Benson Murder Case" だけで、彼の本名での著作すべてをはるかに上回る売り上げを記録し、2作目はその倍、3作目はさらに倍を売ったのだから。
 
 その3作目が "The Greene Mureder Case" 。探偵役の好き嫌いはさておき、妖館でおきる連続殺人事件、複雑な人間関係、充実した犯罪ライブラリ、密かに書庫などをうろつく人影・・・と舞台設定は12作中一番だと思う。途中、97の事実を並べたところがある。延々読んできてここまでの集大成がここにあるわけで、純粋パズル小説とすればこの部分だけ読めばそこまでは読む必要がない。(嘘です。全部読んでください)
 
 そこで98番目の事実が加わり、問題編が終了する。エラリー・クイーンの「読者への挑戦」に似た趣向だ。あとは、一気に大団円へとなだれていく。1930年前後、クロフツ、クリスティが円熟期を迎え、カーが加わり、クイーン、ヴァン・ダイン本格ミステリーが最盛期を迎えた頃の作品である。

「影のCIA」が語る21世紀の歴史

 作者のジョージ・フリードマンは、インテリジェンス機関「ストラトフォー」の創始者でありチェアマン。同社は「影のCIA」とあだ名され、政治・経済・安全保障に関する独自の情報を各国政府や大手企業に提供ていると伝えられる。「Comming WAR with Japan」などの著書があり、その本も架空戦記と思って買い、まじめな政治書だったので驚いた記憶がある。

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 本書も、2009年の段階で想定される以後100年の「世界史」を描いたものだ。作者の視点はテクノロジーとエコノミー。特に注目しているのは、デジタル技術と人口問題だ。全世界的に21世紀は人口減少に見舞われるため、経済を維持するために先進国の間で移民の争奪戦が起きる。同時にAI・ロボットを含むデジタル技術に依存せざるを得なくなるという考え方である。各国の状況を見ていくと、

 

◆中国 世界の大国になることはない。2020年代に内部分裂で弱体化する。

◆ロシア エネルギー資源国として成長するが、2020年代に米国と対立し崩壊する。

◇トルコ 2030~40年代にイスラム世界の盟主に成長、2050年代の戦争に敗れる。

◇日本 中露の弱体化により軍事大国に復活、2050年代の戦争で再び敗れる。

◇ドイツ 人口減少に悩み低成長、トルコ・日本に巻き込まれ三度目の敗戦。

ポーランド 旧ソ連西部を侵食、2050年代の戦争の勝利者となり隆盛。

◆米国 2050年代の戦争に勝ち、黄金時代を迎えるが、移民政策でメキシコと対立。

◇メキシコ 2050年代から急成長、米国西部のヒスパニックの力が大きい。

 

 2040年代に米国は「Battle STAR」という静止衛星を3つ持ち、世界を支配していたのだが日本が月面基地からのミサイルでこれを破壊、トルコと組んで「第三次世界大戦」を起こすとある。両国は中露の衰退によってその両側から領土を侵略し、大国となっていたのだ。アメリカは2030年代にはポーランドを含むこれら三国に中露の旧領土を安定化するための支援を行ってきたのが遠因である。

 

 ドイツ(と恐らくフランス・イギリス)は人口減少と移民排斥によって十分な労働力を得られず衰退、ヨーロッパの盟主はポーランドになってしまう。「第三次世界大戦」の勝利側にもなったポーランドは欧州で地歩を固める。米国はその技術力で宇宙でのソーラー発電によるエネルギー大国として隆盛になるが、西部地区に住むヒスパニックの反政府運動に手を焼く。背後にはこれも大国となったメキシコがいて、21世紀最後の紛争は北米大陸で起きる。

 

 所詮予測だからというわけではないが、ひとつのシナリオとしてよく考えられたものと思う。強力な指導者であるプーチンなきあとのロシアと、急成長しながらも内部分裂の危険性をはらむ中国の2020年代は、確かに不安に満ちている。この本は10年後にもう一度読んでみましょう。

「String Bag」の戦果

 マレー沖海戦で、海軍航空隊の「空飛ぶ駆逐艦」である陸上攻撃機が、イギリスの新鋭戦艦・巡洋戦艦を仕留めた話を以前ご紹介した。この時、英軍側は雷撃機の速度を見誤って迎撃に失敗したという。つまり、想定の倍くらいの速度で襲い掛かってくる敵機への対空砲火を誤ったらしい。

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 その理由は、自国の雷撃機を見慣れていたからである。それが「ソードフィッシュ」である。
 
◆Fairey Swordfish 艦上攻撃機
 採用:1935年
 乗員:3名
 最高速度:222km/時
 積載量:最大680kg(魚雷、爆雷、250ポンド爆弾2発、
      500ポンド爆弾2発、60ポンド ロケット弾8発など)
 
 参考までに日本海軍の97式艦上攻撃機と比較してみよう。
 
◇97式艦上攻撃機
 採用:1937年
 乗員:3名
 最高速度:381km/時
 積載量:最大800kg(魚雷、800kg爆弾、250kg爆弾2発、
      30kg爆弾6発など)
 
 制式採用は2年しか違わないが、速度の違いは明らかである。これが、雷撃機に対する目測の誤りにつながったのだろう。
 
 見た目にはいかにも古く、複葉でしかも帆布張りである。英軍兵士は愛着を込めて"String Bag" と呼んだ。お買い物袋のように、空中戦以外の普段使いならなんでもできる機体だったからである。本業の雷撃、水平爆撃はもちろん、小型爆弾を積んでの対潜哨戒、ロケット弾を積んでの地上支援など、速度が遅いのを活かして「遅い相手」なら、なんでも引き受けることができた。
 
 1940年、空母イラストリアスを発した21機のソードフィッシュが、南イタリアの軍港タラントを空襲した。新鋭戦艦リットリオをはじめ、3隻の戦艦が大損害を受けたイタリア海軍の活動は、以後低調になる。犠牲は2機だけだった。ソードフィッシュは第二次大戦を通じて活躍し、ドイツの新鋭戦艦ビスマルクの撃沈にも関与している。
 
 イギリス人には妙なこだわりがあって、後継機のアルバコア(これは欠陥機ともいう)や米軍供与のアベンジャーが配備されるようになっても、お買い物袋を使い続けた。イギリスの航空戦力にはわけのわからない機体が多い、いずれご紹介することになるだろう。
 
 もうひとつ参考までに、画像にある艦船についても触れておこう。タラントで大破着底したコンテ・デ・カブールやカイロ・ドゥリオに替わって就役したアンデレア・ドリアではないかと思う。これも古い艦だが、日本の旧式戦艦同様近代改装をして参戦している。このようなシーンがあったかどうかは不明だが、旧式兵器対決は、イギリス軍の圧勝に終わったと思われる。
 
アンドレア・ドリア(カイロ・ドゥリオ級戦艦)
 竣工:1915年、1940年に改装後再就役
 主砲:32cm砲10門
 速力:27ノット
 排水量:29,000トン

新幹線を狙ったテロ

 中学生で翻訳ミステリーにはまり込み、高校生になってミステリー漁りに拍車がかかった僕は、日本のミステリーも読むようになった。かなり初期に読んで感動したのが、森村誠一「新幹線殺人事件」だったことは、昨日紹介した。
 
 しばらくして、同じように新幹線を舞台にしたミステリーに出会ったのがこれ。「新幹線殺人事件」が1970年発表で、本書は少し遅れて1974年に発表されている。ただ、前者は新幹線のダイアグラムを使ったアリバイものだったのに比べ、後者はいわゆる「社会派小説」であって、新幹線の騒音・振動公害を背景にしていた。本格ミステリーというわけではなく、一種の義賊もの・悪漢小説のようなものだった。

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 作者の清水一行は多くの社会派小説を書いた人で、企業の悪行や集団化した時の人間の行動を厳しい目で見つめることに特徴のある作家だった。本書もそのトーンで貫かれていて、新幹線公害に憤った男が国鉄(!)に列車の速度を落としたり、線路の両側に緩衝地帯を設けるよう要求する姿が描かれている。
 
 もちろん速度を落とせば最大の特徴が無くなるし、緩衝地帯の設定など不可能だ。国鉄や政府がそんなことを呑むはずはない。そこで彼は、自らの知識・立場・資源を投入して新幹線を止めるというテロを企画・実行に移す。その手口はじつに巧妙なもので、作者はよくこういうことを調べたものだと感心する。
 
 ・病院からニトログリセリンを手に入れ、爆弾モドキを作って車内に仕掛ける。
 ・ATSが効かないように、ポイント付近にアブラを撒く。
 ・停止信号周波数を調べて、並走する車から列車停止信号を発信する。
 
 これだけのデモンストレーションをしても当局が要求に応じないので、男は国鉄総裁宅に乗り込み直談判をするがそれでも政府・国鉄の意思を覆せないと確認すると、最後の手段に訴えトンネルの出入り口付近に遠隔操作のブルドーザを落とそうとする。
 
 政府側では新幹線7,000km計画を推進する総理大臣がいて、この敵対行為に激怒する。彼の夢は、日本中に新幹線網が走る「動脈列島」を作り上げることだ。往時の「日本列島改造論」を唱えた田中角栄首相を彷彿とさせる。この新幹線7,000km計画の図が挿入されていてリアルである。四国には2本しか入っていないので、現在の3本架橋ではないな、などとマニアックにみて楽しめる。
 
 映画化もされたはずで、犯人役の近藤正臣が印象に残っている。この人、神津恭介役を2時間ドラマでしていたが、悪役の方がずっと似合う。舞台の多くは名古屋周辺で展開されるのだが、表紙のこのサングラスの男は誰だろう?ひょっとして、名古屋の天敵タモリ殿ですかね?