新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

圧巻の大河ドラマ(後編)

 南部の白人たちにとっては黒人奴隷の労働力で綿花を栽培/収穫するのが最も大きな産業だったが、南北戦争(州間戦争と彼らは言う)に敗れてから黒人労働力にかけるコストが上がり、害虫被害も出て生活は苦しくなっていた。もちろん、黒人たちもより苦しい生活を強いられている。リー署長が目を掛けていた貧しい黒人少年ウイリーも、食品を盗もうとして捕まり、後に失踪する。

 
 崖から落ちた犠牲者に続いて、4年後に第二の事件が発生する。今度も若い白人青年が.45口径の銃で撃たれて死んでいるのが発見された。彼も、拘束され拷問を受けていたらしい。リー署長の捜査は進展しなかったが、ある日通販で手錠を2組発注した男がいることを知る。その男を調べようとした矢先、リー署長は不幸な事件に巻き込まれて命を落とし、事件は再び闇の中へ戻った。
 

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 第二次世界大戦後、復員したサニー曹長はデラノ警察の巡査となった。数人の巡査を抱える規模になったデラノ警察だが、署長は病気がちでサニーはわがまま勝手ができるようになる。高潔なリー署長とは違い、サニーは悪徳警官だ。KKK団にも関与し、罪もない黒人を連行して拷問し挙げ句は殺してしまう。署長の急死で署長代理になったサニーは、ふとしたことで猟奇殺人解決のヒントをつかむのだが、うかつに犯人に迫って逆に殺されてしまう。
 
 さらに20年近くたち、リー署長の忘れ形見ビリーはジョージア州の副知事にまでなった。彼は軍を退役したワッツ憲兵少佐を新しいデラノ署長に推薦するのだが、ワッツ新署長は黒人だった。部下は全員白人、街の重鎮からも白眼視されるワッツ署長だが、着実に実績を積み重ねていく。ある日、彼はリー署長やサニー署長代理時代の資料に触れ、いまだにデラノ周辺で若い白人の失踪が続いていることを不可思議に思う。
 
 猟奇殺人、人種差別、田舎町の生活模様の3本の糸が、見事に織りなされて圧巻の大河ドラマを構成している。何人かの大統領もちょい役(!)で登場して、物語に深みを与えている。TVドラマでは、全編を通じて語り手のような立場にある銀行家ヒュー・ホームズを、名優チャールトン・ヘストンが演じていました。全米ライフル協会の会長だった彼の、まさに「はまり役」でした。
 

圧巻の大河ドラマ(前編)

 ミステリー小説の上手さには、4つのカテゴリーがあると思う。

 
(1)構想
 プロットと言ってもいい。全体を流れるテーマを、どういうスタンスで扱うか。まれには、これそのものがトリックだったりする。
 
(2)エピソード
 ごく短い短編を除いては、複数のエピソードを絡めるのが普通。各々の内容やその組み合わせ方の工夫。
 
(3)サスペンスやリアリティ
 時代背景や場所、登場人物の性格、小道具など読者をひきつけていく、ややテクニカルな面。
 
(4)表現や言葉の使い方
 同じシーンを描いても、使われる単語やその順番、組み合わせなどが巧みかどうかということ。 
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 (4)については翻訳ものの場合は訳者によって変ってしまうこともあるが、このうちの2つが優れていれば読むに堪えるミステリーだと思う。
 
 本書はスチュアート・ウッズのデビュー作。TVドラマ化され、3週連続でNHKで放映されたものを見た記憶がある。米国南部ジョージア州の田舎町を舞台に、あしかけ45年間続いた連続殺人事件解明の経緯を追ったものだ。小説として読んでみて、これは上記4項目とも二重丸をあげられる傑作だと思った。
 
 タイトル(Chiefs)の通り、架空の街デラノの3人の警察署長が主人公。綿花農場を営むウィル・ヘンリー・リーは、害虫被害で農場経営をあきらめ街の警察署長に立候補する。人種差別がはっきりしていて、「西部劇」の匂いが残る1920年前後の田舎町の生活がヴィヴィッドに描かれている。リーと警察署長(といっても部下もいないのだが)の座を争って敗れた犬の飼育業者ファンダーバーグの農場の側で、若い白人男性の全裸死体が見つかる。
 
 死因は崖からの転落なのだが、その前にイスのようなものに拘束されゴムホースなどで長時間にわたって打擲されていることが分かる。これが凶悪事件に無縁だった田舎町での大量猟奇殺人事件の最初の兆候であることは、リー署長を含めだれも予想しなかった。
 
<続く>

長距離夜行列車のアリバイ

 深谷忠記最大のシリーズものは、数学者黒江壮とフィアンセの笹谷美緒を主人公にしたもの。全部で37作品あり、そのほとんどがトラベルミステリーである。そのうちの3作に「+-の交叉」というタイトルを付けたものがある。しばらく前に、その2作目「津軽海峡+-の交叉」を読んだ。


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 まだ青函連絡船が運行していたころで、青森在住の被害者が乗ったらしい下りの連絡船と、函館在住の容疑者が乗ったらしい上りの連絡船が洋上ですれ違っているという謎が、読者に投げつけられる。容疑者の自宅が、僕らの定宿「ガーデンハウスCHACHA」近くに設定されていて、街並みの描写に「へえ、昔(1988年発表)はこうだったのか」と筋と関係ないところで感心したりしていた。
 
 被害者と容疑者がニアミスしているのに手を下せない皮肉なシチュエーションが面白く、アリバイトリックもまずまずであった。このすれ違いが、+-の交叉というなのだろうと思った。そこで今回手に取ったのがその3作目「寝台特急出雲+-の交叉」(1989年発表)である。
 
 殺人の舞台は出雲大社から米子・境港・皆生温泉にいたる宍道湖周辺である。出雲方面と東京を結ぶ寝台特急「出雲」は当時2往復が毎日運行され、京都・名古屋・静岡・熱海などに停車する。
 
 都合4人が殺害された事件で、浮かんだ容疑者は2人目の被害者が殺害・死体遺棄された夜には東京に向かう「出雲」に乗車しており、皆が寝静まった京都停車前までは車掌と会話している。アリバイ以前に、4人の連続殺人がどうして起きたかを推理する数学者壮が、容疑者の5条件を出すところも面白い。
 
 一方その情報を基に容疑者に拙速に迫る県警の刑事の行動は、ちょっといただけない。まあその行動のおかげで容疑者が「鉄壁のアリバイ」を持ち出すのだから、筆者の都合(上り下りの寝台特急が交叉するアリバイ工作に挑むこと)が優先された「刑事の愚行」にも思えて来る。
 
 壮&美緒コンビの初期作品で、アリバイ工作をあばく彼ら(もっぱら壮クンだが)の活躍を描く中ではかなりの高得点を上げられる作品だと思う。しかしそのトリックはかなり複雑なもので、実際にやってのけられるかどうかは疑問符がつく。作者はこのころから単発ものの社会派推理を増やしているが、時刻表を隅から隅までひっくり返す作業に、やや疲れたのかもしれない。

黒人街の憂鬱

 

 ボストンにも黒人街があるようだ。僕が通っていたのは2006年ころの短い期間だったから時期が違うのかもしれない。ここにあるような危険な場所は、教えてもらっていない。本書の発表は1992年、そのころは一番荒んでいた時代だったのかもしれない。

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 黒人街の一角ダブル・デュースは少年ギャング団の縄張りの中にあり、暴力犯罪や麻薬、銃器があふれる危険地帯である。14歳の少女デヴォナは、産んだばかりの娘クリスタルを抱いてダブル・デュースを歩いていた。父親は分からない娘だが、大きくなれば年の差が少ないので姉妹のように付き合えるだろうとの夢を見ながら。
 
 しかし少年ギャング団はデヴォナの恋人に報復する為、デヴォナに12発の9mm弾を撃ち込んだ。彼女の胸を貫通した3発は、クリスタルの小さな心臓にも命中した。幼い2人の殺害に怒ったホークは、ダブル・デュースの大掃除を決意しスペンサーを誘う。二人は周囲がとめるのも聞かず、ギャング団のリーダーであるメージャー青年と対峙する。
 
 メージャーの経歴も凄い。母親は15歳で彼を産んだが、幻覚剤の中毒であり、メージャーも生まれながらの中毒患者である。11歳ですべての親族を失い、18歳の現在までに様々な容疑で38回逮捕されている。デヴォナもメージャーも、黒人街で黒人に生まれたゆえ過酷な人生を選ばざるを得なかったわけだ。
 
 短い章立てでダブル・デュースでの緊迫シーンとスペンサーとスーザンの愛の巣が交互に描かれるが、本編の主人公はホークと言ってもいい。ホークも黒人街生まれで、才覚と腕っぷしでのし上がり、高級車を乗り回すまでになった。メージャーから見ると、ホークは当面の敵ではあるが「成りたい目標」でもあるのだ。
 
 「初秋」はスペンサーが同じ白人のなよっちい少年ポールを鍛える話だったのだが、本編はそれに似た面も持っている。複雑な思いを秘めて、メージャー一派とホーク&スペンサーは対決することになるのですが、いつもの爽快感あるアクションより黒人街の憂鬱がより強い印象として残った作品でした。

 

42歳の探偵、成長す

 「A形の女」でデビューしたマイクル・Z・リューインは、決して多作家ではないが「ネオ・ハードボイルド」の旗手のひとりと評価されている。インディアナポリスを舞台に、私立探偵アルバート・サムスンものを7作、パウダー警部補もの3作ほかを残した。本書はサムスンものの第五作にあたり、ちょい役ではあるがパウダー警部補も登場する。

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 バツイチで一人暮らし、母親の経営する食堂で食べる日常の中年私立探偵であるサムスンは、登場したころから貧乏だった。報酬も$35/日と格安、第四作の「沈黙のセールスマン」のラストではついに破産状態になり、事務所も追われそうになっている。「心優しき知性派探偵」と書評にあって、確かに第一作、第二作はそう思ったのだが、第三作「内なる敵」では情けなさだけが目立ち、第四作「沈黙のセールスマン」は前述のようにお先真っ暗で終わっている。
 
 本書はシリーズの中で傑作とされるものだが、読み始めるまでは少し心配だった。冒頭「42歳にもなって、何のために生活費も払えない生活を・・・」と自ら嘆いてもいる。しかし、その後のサムスンの活躍は目覚ましい。
 
 サムスンのもとを訪れた女が昔馴染みの友人が家出したと聞いて、彼女を探してくれと言ってくる。その友人プリシラ・ピンは、夫を残して住んでいる田舎町ナッシュビルのプレイボーイと駆け落ちしたらしい。しばらくたってそのプレイボーイの他殺体が見つかり、プリシラやその夫に容疑が掛かる。プレイボーイは50人ほどの女性と関係していたことが分かり、ゴシップ好きの田舎町が「噂のルツボ」となった中、サムスンプリシラを探し始める。
 
 アイロニーを含めたユーモアたっぷりの独白を続けるサムスンは、これまでの作品を上回る冴えを見せ、女保安官や弁護士たちに先だちプリシラを見つけることに成功する。しかし、犯罪者は今度はサムスン銃口を向けてきた。
 
 篤志家に助けられて新しい事務所も開けたサムスンの日当は、$85に値上がりしている。いつものように自ら銃を持ったり暴力を振るうことはなく、神のような推理をひけらかすこともなく、真相に迫る姿は立派な名探偵。第二作、三作を凡作だと思っていましたが、今回は見直しました。成長しましたよ、サムスンさん。