新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

初代「グレイマン」登場

 いろいろな戦争や紛争を背景にして、諜報戦やテロリズムを描き続けたジャック・ヒギンズ。多作家であるが、どれを読んでも一定の水準にある、読み応えある小説に仕上げることができる作家である。複数のペンネームを操る彼だが、ヒギンズ名義では何人かのレギュラーメンバーが存在する。

 
 ・チャールズ・ファーガスン 英国陸軍准将、エリート情報機関の長
 ・サイモン・ヴォーン 英国陸軍少佐、対テロ・ゲリラ戦の専門家
 ・リーアム・デヴリン IRAの伝説的闘士
 ・マーティン・ブロスナン 元アメリカ陸軍特殊部隊軍曹でIRAのテロリスト
 ・ショーン・ディロン IRAの闘士で国際的テロリスト

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 他にも何人か複数の作品に登場する者がいて、全体はシリーズではないのだが大河ドラマのような様相を見せてくれる。本書はそのうちの2人、ブロスナンとディロンが初登場する物語であり、その後の2人の活躍を考えるとある種のメルクマールになる作品だと思う。
 
 時代は1991年の冬(本書の発表は1992年)、クウェートに侵攻したサダム・フセインは、連合国の空爆に苦しめられていた。近く起きるであろう連合軍の地上侵攻に先だち、連合国側に衝撃を与えようと、テロを企画する。
 
 雇われたのが、元IRAの闘士で今はその支配を離れた国際的なテロリストショーン・ディロンだった。身長160cm余りと小柄なディロンだが、高い身体能力を持ち演劇の心得もあって「歩き方ひとつで他人になりすます」こともできる。手配書はあるのだが、浮浪者の老婆に化けることすらできるショーンをみつけるのは至難の業である。
 
 ショーンは手始めに訪仏中の英国元首相サッチャーを狙うが手駒に使ったギャングのミスで襲撃を察知されてしまう。ショーンは懲りずに英国に渡り、今度は現役首相のメージャーと主要閣僚全部を抹殺する作戦に着手する。
 
 これに対しファーガスン准将率いる情報機関は、ショーンの好敵手として今はパリのソルボンヌ大学教授となっているブロスナンに協力を求める。最初は協力を拒んでいた彼も恋人をショーンに殺されて立ち上がる。アイルランド含めイギリス中を駆け巡るテロリストと追手、そしてついにダウニング街10番地、首相官邸への砲撃準備が整った。
 
 本書の主役であるブロスナン教授も魅力ある人物なのだが、悪役ディロンの方が全体として活躍するシーンが多い。後にマーク・グリーニーが目立たない男「グレイマン」を主人公にした暗殺者シリーズを書くが、ショーンは初代グレイマンとも呼ぶべきヒーローだ。その後のヒギンズ作品にも登場するようですから期待しています。

優しくなくては生きている意味が・・・

 初冬のボストン、有名女優ジル・ジョイスを主演にしたTVドラマのロケ隊がハリウッドからやってきた。ジルは20年近くTV界のトップ女優であり、彼女の予定さえ押さえれば13週間の(つまり1/4年の)シリーズドラマは作れて、3大ネットワークが奪い合ってくれるというのがこの業界のビジネスモデル。


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 スペンサーが最初にハリウッドと関わったのは「レイチェル・ウォレスを探せ」の事件で、そのころはまだ映画に力があったが、1990年発表の本書ではTV業界がビジネスを拡大している。
 
 ロケ中ジルが何者かに脅迫されるという事件が起こり、ロケ隊に協力していたスーザン・シルヴァーマン博士の推薦でスペンサーにジルの身を守る依頼がやってくる。精神科医のスーザンは、ジルが今回の番組で精神科医を演じるための脚本アドバイザーをしていたのだ。
 
 問題は「脅迫」だと言っているのはジルだけで、他の誰もそのようなシーンやモノを見ていないこと。ジルは脅迫相手の情報どころか自分の過去も一切語らない。長年の業界ストレスからか素面でいる時間の方が少なく、いい男と見るとベッドに引きずり込もうとする厄介な女だ。
 
 さしものタフガイ・スペンサーも、彼女のガードには手を焼く。スペンサー自身のガードのためにスーザンまで現場に駆り出される。そんな中、ジルのスタントウーマンが射殺され、彼女に間違われて撃たれたと考えられた。スペンサーはジルの過去を探るため、ガードを相棒のホークに押し付けカリフォルニアへと旅発つ。殺人事件になったのをいいことに、逃げ出したのかもしれない。
 
 スペンサーは、ジルのルーツがポーランド系移民であること、メキシコ人との結婚歴があり子供もいること、アル中の母親、ジルを子供の頃に捨てた父親も全く無関心であることを探り出す。その過程でヤクザや暗黒街の顔役とモメるのだが、モメればモメるほど真相が近づいてくるのがスペンサー流。
 
 アル中女優ジルの辛い過去を知ってスペンサーたちが選ぶ事件の解決策は、合法とは思えないし経済的に満足できるものでもない。しかし彼らはジルをまっとうな女にするためには必要なことだと思ったようだ。チャンドラーの描いた探偵フィリップ・マーロウは「男はタフでなくては生きていけない。優しくなくては生きている意味がない」と言いました。スペンサーはこの矜持をしめしたのでしょう。

テニスというビッグビジネス

 スポーツ・エージェントであるマイロン・ボライターが、探偵役を務めるスポーツシリーズの第二作が本書。今回のテーマはテニス。作者であるハーラン・コーベンは、第一作ではアメリカ人に最も人気の高いアメリカン・フットボールの世界が舞台にしたが、テニスもまた大きな市場である。全世界的に広がっていることから考えれば、フットボール以上に市場価値は高いかもしれない。

 

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 21歳で彗星のようにデビューしたデュエン・リッチモノドは、黒人の好青年。15歳の時から路上生活をしていて貧困の中で育ったが、テニスで才能を開花させ全米オープンで決勝にも勝ち進む勢いだ。デュエンは大手のエージェントではなく、マイロンの事務所と契約していて、マイロンは彼を「エビアン」や「ナイキ」に売り込んでいる。
 
 テニス界も巨額のカネが動く。トップ選手が稼ぐカネで、試合そのものの勝利によるものは15%程度だという。残りは、エキシビション・マッチやコマーシャル特に大手企業との契約による部分が大きい。タイムアウトの時にデュエンが「エビアン」を飲むのだが、カメラにボトルのラベルが移る角度に気を付けている。「賢い子だ」と、マイロンが独白する。
 
 選手だけでなく見物客もコマーシャルに使われる。時々観客席もTVに映るから、企業のロゴ入りのキャップをかぶせられて$500のアルバイトになる。マイロンの恋人ジェシカのような美女だと、カメラに映りやすいので$1,000が相場。
 
 試合中、元天才少女プレーヤーだったヴァレリー・シンプソンからマイロンに連絡が入り、会おうとするのだが彼女は試合会場で射殺されてしまった。ヴァレリーの手帳にデュエンの電話番号があったことから、マイロンはこの事件に巻き込まれる。
 
 6年前にヴァレリーの恋人だった上院議員の息子が刺殺された事件や、大手のエージェントを営む(マイロンの商売敵)マフィア、マフィアのやとった殺し屋などがからんで、500ページの長編でも飽きさせることはない。 マイロンの推理に特に鮮やかなことはないが、エージェントとしてのマイロンの矜持やマイロンの相棒ウィンの独特なポリシーなど、登場人物が生きたハードボイルド風本格ミステリーとして評価できる。
 
 試合の見物に、イヴァンカ・トランプが出てきたり、錦織選手の指導をしているマイケル・チャンコーチが選手として登場する。錦織選手も、水のボトルの角度気にしているのだろうか?今度見てみましょう。

成長する島国の陰で

 ジェラール・ド・ヴィリエのプリンス・マルコシリーズは、世界のいろいろな国や街を巡る。最近海外へ出かけることが多くなった僕には、今のその国/街と数十年の時間差を空けた比較を楽しむこともできる。1976年発表の本書の舞台はシンガポール、最近何度も出かけている国だ。


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 マラッカ海峡を扼する位置にあり、大英帝国のアジア支配の最重要拠点だった。第二次世界大戦後マレーシアとして植民地支配を離れた後、1965年に分離独立し島国国家として経済発展の道を歩んでいる。先ごろの米朝首脳会談の舞台となり、北朝鮮に経済発展の教科書となる場所だと評されもした。
 
 そんな国がどうして出来上がったか、独立後の状況が本書の冒頭に紹介されている。元来はマレー人の土地だが、1850年ころ3,000人だった中国系住民は1世紀で200万人にまで増えた。マレー系、インド系が250万人、合計450万人という規模は現在と大きく変わらない。
 
 首相リー・クワンユーは人口増による失業問題を重く見て、世帯あたりの子供を2人に抑える政策をとった。子沢山/大規模家族指向のインド系は反発するが、国家警察がこれを強要してくる。
 
 成長第一、利益第一が国家政策の根幹で、実業の大半を中国系が握り、インド系は弁護士やジャーナリストなど知識階級を占めるが、マレー系の人たちは貧困にあえいでいる。シンガポール自身は反共国家だが社会資本主義を徹底していて、国の方針に逆らうメディア等は国家警察が関与して干し揚げてしまう。明るい独裁国家と言われるゆえんだ。
 
 そんな中、大富豪の中国系実業家がカリフォルニア州の銀行を買いあさり始める。その実業家を取材しようとしたインド系記者が、ワニの養殖場に放り込まれて殺害された。たまたまタイで休暇を楽しんでいたマルコ・リンゲ殿下に、CIAの調査依頼が入ってマルコはこの島にやってくる。
 
 巻頭に中心部の市街地図が載っているが、オーチャードロードなどはわかるものの、セントーサ島やマリーナベイサンズは未開発のようだ。僕らの定宿のあるブギス地区は、男娼がたむろしドラッグや犯罪がはびこるエリアと書かれている。30年ほど前シンガポールに勤務していたという先輩からブギスの品の悪さは聞いたこともあって、今のブギスとの落差に驚いた。
 
 事件は例によって怪しげな美女が現れ、残酷な殺され方をした死体も現れ、マルコシリーズ中でも特に眉を顰めたくなる陰惨なものだ。本書の多くの記述はフィクションとしても、そういうことがありえた島だったということは意識をして、遊びに行くようにしましょう。

レイルバロン時代の終わり(後編)

 20世紀になったばかりの頃、アメリカ大陸の横断には最低4日を要した。「Wrecker」のテロは、カスケード・ギャップに限らずニューヨークなど東海岸にも及び、アイザック・ベルはサザン・パシフィック鉄道の特急券を利し、時には専用列車を仕立てて東海岸と西海岸を往復する。


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 「Wrecker」はエンジニアリングにも通じ、トンネルのどこに爆発物を仕掛けたら被害が大きいか理解している。ブーツには伸縮する特殊なナイフを仕込んでいて、テロ現場を取り押さえようとした警官はのどを突かれて死んでしまう。「Wrecker」は特段の組織を持たないが、木こりなど現地の無頼の人たちや暗殺のプロなどを、時には甘言をもって、時はカネをつかませて意のままに操る。
 
 ヴァン・ドーン探偵社も犠牲者を出し、当初はテロを止められずにヘネシー社長を激怒させる。カスケード・クロスにトンネルと橋梁で短縮路を作ることに彼は賭けているが、サザン・パシフィック鉄道の経営は限界に近づいていたのである。「Wrecker」のパターンを徐々に理解したベルの活躍で、テロの被害は減っていく。焦る「Wrecker」は暗殺者をベルに向けるのだが、ベルは負傷しつつも暗殺者を撃退する。
 
 このあたりホース・オペラと呼ばれる西部劇のような展開だが、20世紀初頭の経済環境が背骨を貫いていて単なるアクション小説の域を超えている。ひとつにはレイル・バロン時代の終りにあたり誰が全米鉄道ネットの支配者になるかということ、もうひとつは銀行業界がこの開発/買収戦争を冷ややかだが確かな目で見つめていること。
 
 ベルの父親は有力銀行の頭取で、息子に貴重な「情報」を与える。サザン・パシフィック鉄道が倒れればそのネットワークは安く買いたたかれるだろうし、それを目論んでいる男がいることを。ウラ社会にも通じる銀行業は、まさに「情報産業」なのである。
 
 クライマックスは画像にある橋梁の破壊を目論む「Wrecker」とベルの対決になるのだが、ダーク・ピットものより古い時代設定にしたこともあって独特のサスペンスを醸し出している。移動手段は遅く、電信や電話も自由度が低いのだから。このシリーズはまた探してみましょう。