新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

思ったほど過激ではなく

 「アベ友の右翼」とWeb上では非難されている作家の百田尚樹、デビュー作「永遠のゼロ」で有名だがそれよりも強面の論客との印象が強い。しかし直接インタビューを聞いたわけでも、もちろん著作を読んだわけでもない。ある日Book-offの100円コーナーに本書があったので手に取った。新しい装丁だし2019年出版とある。それなのに100円コーナーにあるということは、そんなに売れたということだろうか?

 

 買って帰路の電車で読み始めた。著者自身の有料個人サイト「百田尚樹チャンネル」の過去4年間の記事から、109編を選んだものだと冒頭にある。帯にあるような、

 

・定見なきメディア

・愚かな政治家

・エセ人権派

・厄介な隣国

 

 については僕も困っているから、僕より過激と思われる著者がどういう「糾弾」をするか期待して読み進んだ。結論を言うと「あれ著者の意見はごくまっとう、誰が過激な右翼というレッテルを貼ったのだ?」というもの。

 

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朝日新聞アジビラになった

 朝日新聞にある評論家が載せた記事に、「人々が主権者である社会は、選挙ではなくデモによってもたらされる」とあって、安保法制に反対するデモを賛美している。

・死刑と人権

 死刑判決が確定してから6ヵ月以内の執行が法の定めるところ。しかし執行が45年以上伸ばされているケースもある。自分が法務大臣の間は執行しないと公言する政治家も少なくない。

・「土人」発言

 辺野古基地建設を妨害する抗議活動に、警備の機動隊員が「土人」と言って問題になった。隊員に問題はあるものの、抗議活動の過激さは報道されない。

・遺憾ではすまない

 「徴用工裁判」とメディアが伝えるのは正しくない。強制連行したわけでもなく、高賃金に魅かれて応募してきた人たちである。

 

 このほか、防衛費を「人を殺すための予算」と公言した共産党議員の話、民主党が「安保法案が成立すると日本は戦争に巻き込まれる」と書いた50万部のパンフレットがお蔵入りした話など、僕も「その通り」と思う。

 

 中にはエロネタ、小ネタもあって粒ぞろいとはいかないものの、決して「偏向」した主張ではありませんでした。それにしてもこういう「当たり前の主張」をしないといけない時代になったのかと、ちょっと残念に思います。

首相の座に昇るとき、辞めるとき

 本書は先月別ブログで「朝まで生テレビ、400回記念」を紹介した、ジャーナリスト田原総一朗の日本現代史。内容は池田隼人から安倍晋三にいたる、日本の歴代首相の言動・思考である。特に後半(1989年以降)は、首相やその周りにいる人、対立する人などを「サンデー・プロジェクト」や「朝まで・・・」に呼んで、自ら問い詰めたQ&Aなども含めた生々しいものになっている。

 

 ちょうど今、自由民主党の総裁選挙と(立憲)民主党の代表選挙が同時進行中だが、かつて日本の首相がその地位に昇るのに、また首相を周りが辞めさせるのに、どのようなことが起こったかは勉強になると思って読んでみた。歴代の首相の印象的なエピソードは、

 

◇池田隼人

 「中小企業の5人や10人の業者が倒産し、自殺しても構わない」と放言したことになっているが、これはメディアのでっち上げ。

 

佐藤栄作

 新聞が嫌いで退陣会見でも「新聞は出ていけ」と言った人。「何もしなかった7年8ヵ月」などと叩かれたが、沖縄返還などは成し遂げた。

 

田中角栄

 独特のカネ集め手法で金権政治は生んだが、細部に至るまで法律を熟知し官僚を自在に操った。「日本列島改造論」の前に日本海側を地下足袋・脚絆で歩き回った。

 

中曽根康弘

 幹事長・官房長官含めて「田中派」を丸のみ、「風見鶏」と評されながらも日米同盟を強化し、吉田時代からの「エセ一国平和主義」からの脱却を目指した。

 

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竹下登

 田中派の重鎮でありながら、謙虚で何事も控えめ。しかし当の角栄が一番恐れた男だった。現実に「田中派内クーデター」で首相の座を得、消費税導入への道を拓いた。

 

橋本龍太郎

 久々の本格内閣と期待されながら、官僚のコントロールに失敗。財政構造問題に着手したまでは良かったが、不良債権問題を先送りにして不況を長引かせる結果に。

 

小泉純一郎

 「自民党をぶっ壊す」と郵政民営化道路公団民営化、金融制度改革を民間(例:竹中平蔵教授)らの力も借りて推進した。著者から「人間として問題がある」と総裁選の行動を非難されるも「権力とはそういうものだ」とTVで話した。

 

鳩山由紀夫

 圧倒的な支持を得て政権交代を果たすも、マニフェストはまるきり実現できず、「Trust Me」とオバマ大統領に言った普天間問題などで失点相次ぎ辞任。

 

 長寿のジャーナリストである著者はますます意気軒昂、これからも僕らに「次はどうなる」を教えてくださいね。

いやいや弁護士の日常

 作者のスコット・プラットは本書(2008年)がデビュー作。新聞記者やコラムニストから弁護士に転じ、7年間刑事弁護士を務めた。その後子供のころから成りたかった作家になったという経歴。米国には日本の人口比で補正しても、10倍ほどの弁護士がいるという。単に弁護士資格を持っているだけでは生活できないことも多く、XXが得意な弁護士でないといけないらしい。本書を読むと、そのビジネス実態や苦悩がよくわかる。

 

 主人公の「わたし」ことディラード弁護士は、40歳。テネシー州の田舎町で、幼馴染の妻と思春期を迎えた息子・娘の4人暮らし。近隣の群部で起きる事件を含め、弁護案件が次々に持ち込まれる。ディラードは高校生のころから法曹界にあこがれ、高校を出てまず兵役に就きレンジャー部隊員としてグレナダで実戦を経験して除隊。その後ロースクールを経て弁護士資格を取った。しかし地方検察庁の検事補などの給料の安さに愕然として弁護事務所を開くことになる。

 

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 妻のキャサリンが職を持っているからいいようなものの、4人家族の生活は楽とは言えない。日々のクライアント(被告人のこと)の中に、あまりまともなものはいない。麻薬中毒・異常性愛・わけもなく暴力をふるうもの等々。これを取り締まり裁く側も決してイノセントではない。ディラードは作中でこう独白する。「僕は10年間嘘と欺瞞の世界をほっつき歩いてきた。誠意なんてどこにもない。(有罪をとられるか無罪をとるかの)単なるゲームでしかない。最もうまいウソをつくものが勝利する。それを司法制度と言う」。だから彼は早く資金を貯めて、ヤクザな司法界から足を洗いたいと思っている「いやいや弁護士」なのだ。

 

 メインの事件は、いかがわしいバーに来た牧師が、ウェイトレスを連れ出した先のホテルで刺殺され、局部が切り取られるという猟奇事件。逮捕された新人のウェイトレスは無罪だと感じたディラードは、高額報酬もあって事件の弁護を引き受ける。だがその事件の審理が進む間にもディラードの持つ事件がいくつも並行して進んでいく。素直になったと見せて逃亡して、関係者を殺しまくる被告人までいる。

 

 とても面白いリーガル・サスペンスでよく練られたストーリーだが、それよりも米国の犯罪・捜査・裁判とそれにかかわる人たちの生態をヴィヴィッドに描いたところが素晴らしいと思う。この作者の作品は探してみる価値はありますね。

エヴァン・ハンターの短編集

 多くのペンネームを駆使して、いろいろな作風の長短編を世に出した多作家エヴァン・ハンター。生まれた時の名前はサルヴァトーレ・ロンビーノ、後にハンターと本名も変えている。本名名義の作品では。「暴力教室」というハイスクールの学級崩壊を描いたものを読んだのが唯一だ。

 

 初期のころにはカート・キャノンという酔いどれ探偵を主人公にしたシリーズなどを書いていたが、エド・マクベイン名義で発表した「87分署シリーズ」が大当たり、一躍有名作家の仲間入りをしている。架空の大都会アイソラで活躍する刑事群像の物語で、僕が好きなシリーズのベスト5に入る。

 

 本書には7編の短編が収められているが、表題作「逃げる」を除いては全てハンター名義、「逃げる」だけがマクベイン名義である。表題作だけは殺人が出てくるが、あとは普通小説、あるとしても事件の疑惑程度で解決もされない。「人生の断面を描いたヴァラエティ豊かな」と帯にあるように、ミステリ・サスペンス・ロマンスからSF調まで作者の作風の広さを示す編集である。

 

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 「87分署シリーズ」では、「都会の夜は若く、彼もまた若かった」などと美文調で入り刑事たちのウィットに富んだ軽口に移っていくのだが、本書の諸作は淡々とした語り口でケレン味を感じさせない。趣向もいろいろで、冒頭の「インタビュー」では最初から最後まで、記者が映画監督にインタビューする会話だけで成り立っている。風景描写も何もない。その中で、主演女優の事故死の顛末や、監督が意図的に彼女を死に至らしめた可能性が描かれる。疑惑が最大限に膨らんだところで、インタビューは終わる。

 

 こういう語り口のうまさが、エヴァン・ハンターの特徴なのだ。1950年代から書き継がれてきた「87分署シリーズ」の56作目「最後の旋律」を2004年に発表し、巨匠は翌年死去した。享年80歳。

Google MAPのおかげ

 本書は、何度も紹介している津村秀介のアリバイ崩しもの。このシリーズの特徴は、ルポライター浦上伸介とその仲間たちが、犯人と目される人物の鉄壁とも思えるアリバイトリックを暴くことにある。しかしトラベルミステリーの要素もあって、多くは日本国内だが風光明媚なところを紹介してくれる。

 

 抒情的な風景描写は深谷忠記のシリーズが勝ると思うのだが、浦上伸介ものは公共交通機関、特に鉄道で行ける範囲が多いので僕はこの方が親近感がある。作者の作品はすでに40作近く読んでいるので、最近はそのアリバイトリックはかなりの確率で分かるようになってきた。とはいえ事件当時の時刻表が手元にないので、

 

・当時この駅あったかな?

・もう無くなった列車だけどこのころはあったはずだ。

 

 などと記憶をたどりながらページをめくってゆく。また事件の起きた場所の周辺を知っているかどうかも、謎解きに影響する。本書でいうなら、第一の事件が群馬県の水上市、第二の事件が大阪府豊中市で起き、関係先として三浦半島京急線沿線が出てくる。正直、僕がほとんど知らないエリアばかりだ。こんな時役に立つのが「Google MAP」、縮尺自在なので殺人現場付近の公共交通機関(新幹線・空港・船着き場等)がいろいろなスケールで確認できるのだ。

 

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 本書の事件は、水上で旅館の末娘が帰省中に殺される。また豊中で単身赴任中のサラリーマンが殺される。いずれも凶器は真新しい出刃包丁、現場にモミジの枝が残されていた。群馬県警大阪府警の捜査で、被害者の二人は既婚者なのに不倫関係にあったことがわかる。捜査線上には遺されたサラリーマンの妻、旅館の娘の夫が浮かぶ。関係者が全て横浜市民だったことから、伸介とアシスタントの美保の登場となる。

 

 重要容疑者は二転三転するが、事件の朝上野の刃物屋で2本の包丁を買い、昼に水上で女を殺し、夜に豊中で男を殺したというルートが見えてくる。その移動が可能だったかというのが読者に突きつけられた課題。

 

 読者からすると、「作者はなぜこの場所この時間に殺人をしたのか」を考えるのが、邪道ではあるものの近道。そんな時「Google MAP」はとても役に立ってくれるのです。今回も、おおむね犯行ルートは分かりました。ありがとうGoogleさん。