新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

製造業DXのクライマックス

 菅政権の目玉政策は、デジタル化と脱炭素。昨年末「トヨタ」の豊田章男社長が脱炭素に掲げられた目標の達成は容易ではないと、日本政府にクレームを付けた。僕はエネルギーや環境問題については知識が少ないのでクレームの妥当性は判断できないが、相当の危機感があってのことと思われる。

 

 クルマ自身のデジタル化も含め、自動車産業が岐路に立っていることは確かだ。2017年発表の本書は、自動車・電機産業に造詣の深いジャーナリスト井上久男氏が書いたもの。クルマのスマホ化が進み、自動車メーカーはIT企業の下請けになると警鐘を鳴らしている。

 

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 冒頭電気自動車(EV)開発で先行するテスラやグーグルの自動運転技術についての紹介があり、このような技術革新だけではなくシェアリング経済(UberやMaaS)の到来で自動車の販売面でも改革が起きていると筆者は指摘する。特に焦点となっているのは自動運転。レベルが4段階あり、

 

レベル1 単一機能の自動化(例:自動ブレーキ)

レベル2 複数の機能(加減速・ハンドル操作等)を組み合わせた自動化

レベル3 一定の条件下でクルマが運転を主導、必要に応じ運転者も操作可

レベル4 完全自動運転、アクセルペダルもハンドルもない

 

 で、例えばアウディは「A8」でレベル3まで実現している。本書の後半は、トヨタVW・日産・ホンダ・マツダがどのような戦略でこの転換期に臨んでいるかがレポートされている。グーグル等にどうしても既存自動車産業が立ち遅れるのは、EVですら部品点数が減って工場資産が余剰になってしまうのに、完全自動運転車ならもっと資産が余るということ。特に「クビに出来ない社員」を多く抱える日本企業には大問題だ。

 

 自動車産業はすそ野が広く規模も大きいので、これから設計手法のデジタル化も含めEV化・完全自動化などになれば影響は大きい。まさに製造業におけるDXのクライマックスの到来だ。「匠の技」を取り柄としてきた日本の産業界には、最大の構造転換期といってもいい。

 

 本書の懸念はその通りだが、IoT・5G・AIでクルマが走り始めた時の新しいリスクについてほとんど触れられていないのが気になる。あとがきで、多摩大学ルール形成戦略研究所の國分所長のインタビュー中に「サイバー攻撃」の言葉があるだけ。安心安全な自動運転車(というかシステム)開発・運用が、次世代の差別化技術になると思うのですが・・・。

これ無くして、何の人生

 本書の著者山口直樹さんは、銀座の日本酒専門店「方舟」の支配人。自ら「酒匠・ソムリエ・バーテンダー」と名乗る、お酒のプロだ。もちろん僕はそんな高級店に出入りできないのだが、著書をBook-offで買って読むのはOKだ。

 

 250ページ余りの中に、ワイン・日本酒・カクテル等の、お店での選び方やマナー・宅呑みの選び方が紹介してある。そのうちワインの部分が150ページほど、とても参考になる本である。昨年来のテレワーク生活で、スーパー等での市販ワインよりちょっと高級なワインをマイレージで貰うようになっている。ちょっとだけワイン経験を増した僕ら夫婦には最適の指南書なのだ。

 

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 まず赤ワインだが、ブルゴーニュボルドーの比較がある。ブルゴーニュの葡萄はピノ・ノワールに決まっていて、渋味がなく酸味が特徴、豚肉料理に合うとある。ボルドーカベルネ・ソーヴェニオンやメルローを使っていて、渋味が強く重い感じ、牛料理に合う。これを読んで、今夜のミスジステーキのお供をブルゴーニュからボルドーに換えた。葡萄の種類は5種類を抑えておけばいいとあり、

 

ピノ・ノワール 唯一無二の華やかさ

カベルネ・ソーヴェニオン 渋味・酸味・甘み・香り全て持つ

■シラー ジューシーな中にもスパイシー

メルロー バランスのとれた上品な味

■テンプラニーリョ エグ味が少なくジューシー

 

 をワイン選びの時に覚えているだけで十分という。■マークのものなら、素人が選んでもあたり外れが少ない。

 

 次に白ワインだが、前菜のサラダやカルパッチョに合わせるにはソーヴェニヨン・ブランが最適とあって、メインが白身魚ならそのままソーヴェニヨン・ブランでいいという。(赤身魚なら軽い赤ワインがいいとある)ブドウの種類は3種類例示されている。

 

シャルドネ 特徴なく何にでも合う。樽熟成すればまろやかな酸味に

リースリング シャープな酸味が特徴、甘いものほど高価

◇ソーヴェニヨン・ブラン 香草系の爽やかな酸味と香り

 

 日本酒についても様々な知識を与えてくれるが、一番役に立ったのは「同量の水と呑むこと」というアドバイス。なるほどいいお店で日本酒にもチェイサーが出てくるのはそういうわけなんだ。

 

 最後にウィスキーのお勧めが5種類あって、初心者向け(の一番安いの)にカナディアンクラブが挙げられています。僕の日常の食後酒なので、ちょっと嬉しくなりましたよ。

地中海の異邦人たち

 作者のパトリシア・ハイスミスは「見知らぬ乗客」(1950年発表)でデビューしたサスペンス作家。1955年に「太陽がいっぱい」でフランス推理小説大賞を受賞、本書(1964年発表)で英国推理作家協会賞外国作品賞を受賞している。米国テキサス生まれの作者だが、もっぱら欧州を舞台にした作品を書き、スイスで亡くなっている。

 

 本書の舞台も欧州、ほとんどは地中海、それもギリシアで物語が展開する。1/4近くがクレタ島の遺跡が舞台になっているが、多くのミステリー・軍事小説を読んだ僕もクレタ島での物語は記憶がない。第二次世界大戦時、ギリシア領のこの島にドイツの降下猟兵が侵攻して占領する話くらいだ。

 

 表紙の絵も恐らくはクノッソスの遺跡を描いたものだろう。温暖な気候で生活に変化がなく、住民たちはウーゾという蒸留酒をあおりながら十年一日の暮らしをしている。そこに3人の米国人がやってくる。25歳のライダルは良家の生まれだが、少年のころ犯罪に巻き込まれた暗い過去を持っている。ハーバード大は出たものの、欧州を流れ歩いてアテネまでやってきた。押し出しの立派な42歳の男チェスターは、実は詐欺師。25歳の豊満な妻コレットを連れて、米国から逃げてきた。

 

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 多額のドル札を持ってホテルを移っているうちに、チェスターはギリシアの刑事に目を付けられてしまう。ホテルの部屋で追及されたチェスターは勢い余って刑事を殺してしまい、偶然居合わせたライダルの助けを借りてアテネの街を逃走する。ライダルの悪友たちはカネさえ出せば、偽パスポートでも逃走用の切符でも手に入れてくれる。

 

 別名義のパスポートを持った夫婦は、ライダルと共にクレタ島へ渡る。どこへ行っても札びらを切る3人の異邦人は、地元の人たちの視線など気にしないでクレタ島の滞在を楽しむ。しかしコレットがライダルに色目を使うようになって、3人の間に暗雲が立ち始める。コレットを巡る2人の男の対立は悲劇を生み、2人はクレタ島からアテネに戻り、ついにパリまで逃走する。

 

 欧州の文化の中に置かれた米国人は、作者そのものの姿だったのかもしれません。原題はヤヌスの2つの顔と言う意味です。ヤヌスは前後に顔があって過去と未来を見通せる神。その意味は最後の10ページでわかります。

中国と日本のこれから

 米国の分断大統領選挙や、欧州・ロシアの混迷についていくつかの本を読んできた。さて残ったエリアがある。アフリカやオセアニアもあるのだが、どうしても中国は避けて通れない。それに日本そのものの問題もある。そんな思いで手に取ったのが本書(2016年発表)、著者船橋洋一氏は元朝日新聞主筆で現在は独立系シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシャティブ」の理事長である。

 

 本書にはもちろんロシア・欧州・米国のことも書かれているのだが、これまで紹介したいくつかの関係書籍と矛盾する主張は少ない。あえて言えば本書だけ、ロシアとの北方領土交渉に明るい見通しがあるから、まずこれを解決した上で竹島尖閣問題に向き合うべきだとしていることくらい。

 

 さて本書で一番知りたい中国の行方だが、発表当時はまだ習大人もこれほどの長期政権(核心)化はされていなかった。オバマ大統領との単独会談で延々旧日本軍の大陸での悪行を述べたのに、オバマ大統領が「日本は同盟国で、友人で、民主国家だ。そこまで悪く言うことは許さない」とさえぎったと本書にある。まだ外交未熟だったゆえのことかもしれないが、日本に対する本音が透けて見える。

 

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 マクロ経済の視点では中国の発展をささえてきた人口ボーナス期はもうじき終わり、総人口ではインドに抜かれることになる。また経済発展は多くの市民にはいきわたらず格差拡大により世情も不安になり、周辺地帯で独立運動や国境紛争が激化すると予測される。だから米国のシンクタンクなどは、2030年が中国のピークだという。本書はそんな中国と誤りなく付き合うために、日本に7カ条を求めている。

 

1)在中の日本企業が、過剰反応をして逃げ帰らないこと。

2)日米同盟の堅持、強化。

3)韓国との関係改善。

4)インドとの戦略対話、人事交流の促進。

5)ロシアとの関係改善と領土問題の解決。

6)中国と「戦略的意志疎通」を構築。

7)中国との歴史認識の共有化を深める。

 

 日本にしてみれば隣の核を持った大国なのだが、中国にしてみれば100年前の強敵であり、ロシアやインドなどと包囲網を作られては困る相手が日本というわけ。ただ本書発表後、香港問題や台湾問題がより大きくなり、新しい時代のデータ覇権など巡る対立も深くなってきています。2030年をピークに大人しくなってくれるのか、何かが起きるのか日本にとっての最大の外交課題がここにあることは確かですね。

組織を率いるための聖書

 年末に塩野七生著「日本人へ~リーダー論」を読んで、ああこの人もローマ帝国初期の「小さな政府」を理想とする人だと改めて感じた。来年度予算が106兆円を超えるなど日本がどんどん大きな政府に向かっていくのを、僕は呆然と見送っているだけだ。一方で「公助」が足りないとメディアが絶叫し続けているのは、僕には悪夢としか思えない。

 

 ある政治討論番組で野党の国会議員がある論客を評して、「彼の思想はマキャベリなんです。ローマ帝国初期の小さな政府・独裁政府を標榜しているのです」と言っていたので、マキャベリの名前を思い出した。いや正確に言えば、塩野さんの本を読んで、著者が何度もマキャベリの言葉を引用していたのが最初のきっかけだろう。

 

 そこで本棚の奥から本書を取り出してきて再読した。著者唐津一は戦中兵器開発に関わったエンジニア、戦後電電公社松下電器で活躍し、産業界のご意見番になった人。初版は1964年で1995年に文庫版で再版されたのを、40歳ごろ古書店で買った記憶がある。昨日紹介した「スパイのためのハンドブック」が、個人がどうやって組織の中で生きるかの教本なら、本書は組織を率いることになった僕のための教本だった。

 

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 本書はマキャベリの「君主論」のエッセンスに、著者が日本企業の事例などを加えたもの。特に印象に残ったフレーズを挙げると、

 

■賢者を選び、その者だけに直言の自由を与えよ。

 愚者の意見はむしろ害毒ということ。SNSの氾濫などその顕著な例だろう。

 

■よい助言は誰のものかは別にして、君主の英知からのみ生まれる。

 良い助言かそうでないかをスクリーニングできなくてはいけないということ。

 

■君主の頭脳はその側近を見れば分かる。

 いろいろな意味で「人を見る目」を養う必要があるということ。

 

■才能や運より、狡獪で如才ないことが必要である。

 これにはずいぶん考えさせられたし、どうやったら狡猾で老獪になれるか悩んだ。

 

■善行は悪行と同じく人の憎悪を招く。

 40歳くらいではこの意味を理解できず、今ならなんとなくわかるかな?

 

■自分より優勢なものと同盟してはならない。

 これはよく分かる。合従連衡の鉄則だね。

 

■迫害は一度で済ませ、恩恵は少しづつ与えよ。

 これも統治の鉄則。

 

■君主は故意に敵を作り、これを打ち滅ぼさねばならぬ。

 ・・・

 

 会社生活の後半に役に立ってくれた本です。とても完遂できませんでしたけれどね。