新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

帝都大学物理学教室湯川助教授

 本書は1996年以降に「オール読物」に掲載された短編5編を収めたもの。東野圭吾の「湯川学もの」最初の短編集である。帝都大理工学部物理学科の助教授湯川学のところに、大学時代のバドミントン部仲間で今は警視庁捜査一課の刑事をしている草薙がやってきて、難事件・怪奇事件の解決を求めるストーリーだ。

 

 2007年からフジテレビが「ガリレオ」として連続ドラマ放映をした。天才物理学者でスポーツマンでもある湯川助教授を、福山雅治がクールに演じていた。作者には大量の作品があり、読む前にTVドラマ化・映画化されて先に(フライト上などで)見てしまい、実はあまり本は買っていない。なんとなくだが「お涙頂戴っぽい」風情があるのが好まない理由。しかしこのシリーズだけは、長編も含めて本当のミステリーだと思って本棚にある。

 

 E・A・ポーに始まり、シャーロック・ホームズもので広まった本格ミステリーというジャンルの文学は、本質的に短編が似合う。名探偵が出て来て事件捜査で迷うようでは「迷探偵」だ。一刀両断で謎を解き、犯人を特定して、読者の興奮が冷めないうちに名探偵は舞台を降りるようでなくてはいけない。

 

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 その意味で、本書の作品の長さ(60~70ページ)は適当と言える。奇々怪々な事件(急に頭が燃え上がったり、海中で爆発が起きたり、死因のわからない死体が見つかったりする)が起き、草薙が湯川の助けを求めて研究室にやってくる。あらかじめ依頼内容をメディアで予測していた湯川は、意表を突く「おもてなし」をする。

 

 根っからの文系人間と自称する草薙は、読者の代表でもある。事件の概要とその焦点を知った湯川は、すでに解決の仮説を持っているのだ。草薙の説明に続いて現場にもでかけるのだが、もうそのころには彼の頭の中では超常現象が科学的に再構築されているようだ。犯人探しは容疑者も少なく難しくはないが、全編に科学的なトリックが用意されている。例えば、

 

・超音波

・衝撃波

・金属ナトリウム

・レーザー光

・光の屈折

 

 などである。ご丁寧に再現実験までしてくれることもある。

 

 イケメンの福山雅治のイメージが強いのですが、作中の湯川はもう少し普通の人のようにも思えます。草薙と2人で居酒屋でビールを飲むシーンなどが印象的でした。20年ぶりくらいに再読した本書、日本の現代の名探偵、湯川助教授に乾杯です。

マット・コブの育った町

 本書はW・L・デアンドリアの第五作、TV局<ネットワーク>のトラブル担当マット・コブが登場するシリーズとしては第三作にあたる。マットは同社で一番若い重役、これまで2つの事件でも、会社の危機を救ってきた。しかしこれまではTV業界の裏話はたくさんあったものの、マット自身の過去はほとんど紹介されていない。

 

 本書ではマットが育った町ニューヨーク州のシワンカで、彼自身の付き合い深い人たちの事件に巻き込まれる。これまでは大学の専攻は「英語」でバスケットボール選手だったことくらいしかわからなかったマットだが、

 

・ホイットン大学にはバスケットボールの奨学生で入った。

・一時期討論部にも籍を置き、赤毛の女の子をパートナーにしていた。

・友人に地元企業ホイットンコミュニケーションの社長令嬢らがいる。

 

 とある。

 

 ニューヨーク州といえば僕はマンハッタンしか知らないが、西は五大湖に至る広大な地域がある。そこは米国でも田舎といってよく、移民も多くゆったりした時間が流れている。<ネットワーク>はこのところ新興のTV局<コムキャブ>に地域ケーブルTVのシェアを奪われていて、シワンカもその激戦地域だ。ケーブル局営業部門に依頼されたマットは、上記社長令嬢の結婚式が近いこともあってシワンカにやってきた。

 

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 令嬢デビイは美女だが、何度も婚約を繰り返すやや不安定な娘。早くに母親を事故で亡くし、その事故で妹ブレンダは右脚を失った。今は豪邸に父親と3人で暮らしている。マットの親友でもある空手男ダンとは長く付き合ったのだが、結局美男子のグラントと婚約して結婚式は目前だ。しかし二人は激しい喧嘩をするなど仲が良くなく、デビイが結婚式の付き添い人にダンを選んだことで一層険悪になる。

 

 デビイの家の夕食に招かれたマットは、ブレンダから事情を聴いて危惧する。ダンも二人の結婚には猛反対だ。そしてついにデビイが咽喉を殴打されて殺され、容疑が空手の達人ダンにかかる事態になる。マットは大学時代のパートナーで今は近郊一番の刑事弁護士となったイヴの助けを借りて事件解決に挑む。

 

 エラリー・クイーン直系を思わせる、論理推理のパズラーである作者の本領発揮の一冊でした。今回は、作者の張った大きな伏線2本のうちの1本は分かりました。どちらが分かっても真犯人は言い当てられます。今夜はいいお酒が飲めそうですよ。

CNBC "Disrupter50" に学ぶ

 デジタルを始めとする先端技術が、社会を変えつつある。スタートアップ企業が価格破壊や価値創造で、業界地図を塗り替えることも珍しくない。米国のニュース専用放送局CNBCは、毎年業界構造の破壊者(Disrupter)たりうる企業50を紹介していて、本書はその2019年版をベースにしてイノベーションへの着眼点や事業化のコツを解説したもの。

 

 著者斎藤徹氏は30年近く起業経験をし、数度会社を潰している。その経験を活かしてイノベーションと組織論を、新しい世代に説いている。著者によればこの50社のイノベーションは、4つのパターンに分けられるという。

 

1)顧客の特化

 女性専用の投資相談や、Ⅱ型糖尿病のオンライン診断など

2)顧客体験のシンプル化

 決済や与信の迅速化、手続き簡略化など

3)コストのフリー化

 サービスは無料だが、多くのユーザを抱え広告収入を得る

4)コストのサブスク化

 定額料金でユーザを抱え込み、サービスの充実を図る

 

 微生物によってゴミからエネルギーを得るようなものを除けば、その大半はインターネットを活用したものだ。著者はインターネット経済が垂直統合ではなく水平分業であることなど、従来の発想を転換する必要性を説く。

 

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 またトラブルの事例も挙げ、UberEatsが宅配したつけ麺が液漏れを起こし、発注者・配達者・レストラン・プラットフォームの責任論が難しかったことや、株式売買(無料)サービスのRobinhoodが顧客情報を売って収益をあげていたことが紹介されている。加えて「新技術導入促進」のヒントもあった。微生物で土壌改良をするIndigo Agは、導入当初は持ち出しでスタートし顧客の収益が上がってから回収する方法を採っている。

 

 起業・新事業開拓・社内DXの参考になる、事例・考え方・悩みどころが満載の本書だが、もっと面白い指摘もある。多くのスタートアップを見て「アルビン・トフラーのパワーシフト」は次の段階に入ったと筆者は言う。パワーシフトは、

 

暴力 ⇒ お金 ⇒ 知識

 

 と進んできたが、今や「共感」がそれらに加わろうとしているとのこと。とにかく「サスティナブル」なものでないと、今後は受け入れられない。GAFA型の「ある分野独占」の時代も終わりつつあると筆者は言います。面白いヒントが詰まった1冊でした。

このシーズンだけ18話

 このDVDは、ご存じNCIS(ネイビー犯罪捜査班)のシーズン5。通常は1シーズン24話がDVD12枚に収められているのだが、このシーズンだけは18話でDVDも9枚に過ぎない。特典映像「シーズン5の見どころ」に出てきたベリサリオ総監督も、その理由については説明しなかった。僕が勝手に推測するに、可能性は2つ。

 

◆2009年の制作ゆえ、リーマンショックで何らかの不都合(スポンサーの撤退?)があって途中打ち切りになった。

◆24話制作されたのだが、DVDに出来たのは18話だけだった。6話について何か放映・再販できない何かがあった。

 

 仮に後者だとすると、ジェーン局長の父親シェパード大佐のエピソードが絡んでいるように思う。前シーズンから12年前自殺したはずの大佐が生きているとの疑惑があったのだが、カギを握る武器商人はシーズン5の第一話で殺されてしまった。その後最終話まで見ても、大佐の件は全く出てこない。謎のまま最終話で局長自身が殉職してしまう。腕利きのベリサリオ総監督が、こんな終わり方をさせるはずがない。大佐からみのエピソードを含む6話(その中には大佐自身も登場したはず)を、お蔵入りにせざるを得ない何かがあったと見るべきだろう。

 

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 まあ勘繰りはこのくらいにして、シーズン5も期待にたがわず面白かった。このシーズンから、昔フライトで見た記憶が残っている作品がちらほらある。2009年放映で2~3年後くらいに青い日系航空会社の国際線で見られたとすると、2011~2012年にあたる。ちょうど僕自身の海外出張が急増したころだ。

 

 中でも「娘の面影」は、いくつものシーンで見覚えがあった。ギブス捜査官の最初の妻と娘は、彼がイラクへ出征していた時に不慮の死を遂げている。このエピソードでは死んだ娘の親友だった少女が、美しい女になって彼の前に現れる。彼女に娘の姿をダブらせるフラッシュバックが多用されていた。フライト上で見た時は前のシーズンを見ていないのでよく分からなかったことも、今回はしっかり感じることができた。

 

 もうひとつ最終話である「審判の日」では、新局長の差配でチーム・ギブスが解散させられてしまう。このシーンも見た記憶がある。今回もたっぷり楽しませてもらいましたし、ちょっとだけ英語の勉強にもなりました。さあ次はシーズン6ですね。

富の基準は家畜と奴隷

 本書は以前紹介した「死をもちて赦されん」でデビューした、修道女探偵フィデルマものの短編集である。作者ピーター・トレメインは実はイングランド生まれ、アイルランドでの記者生活を経て作家デビューをしている。別名義で冒険スリラーなど書いていたが、これらの作品はあまり知られていない。修道女フィデルマものを書き始めて、ベストセラー作家の仲間入りをしたらしい。フィデルマものとして、これまで23の長編と2冊の短編集を発表している。

 

 本書は日本で編纂されたオリジナル短篇集、以前「修道女フィデルマの叡智」も紹介しているが、あと1冊「探求」も含めて3冊シリーズになっている。個々の短編は50~80ページほど。ほとんどは修道士/修道女が犠牲になったり、容疑者になったケースでフィデルマが派遣されて真相を暴くというもの。筋立ては立派な本格ミステリーで、彼女の推理や凛とした法学者としての姿勢は評価に値する。

 

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 登場人物はその土地の宗教家・王家・高級官僚と医師が中心、ときおり庶民の生活も描かれるくらいだが、これがなかなか面白い。まだ貨幣経済が成熟していないので、民間の富はその人物や家が所有している家畜と奴隷の量で計られるのだ。

 

 一方で男女同権や人権重視の法体系などは、7世紀としては異例の先進性がある。殺人罪にしても「目には目を」式の罰は課されない。なんと「乳牛45頭」を被害者の遺族に支払えという判決が出るのだ。その他に「裁判費用として乳牛4頭」とあるのには、笑ってしまった。

 

 若い修道士が殺人容疑を掛けられたケースでは、彼は修道士になるにあたり「清貧の誓い」を立てて私有財産を放棄している。ゆえに「乳牛45頭」は支払えないので、それは所属する修道院が肩代わりすることもあるという。

 

 「清貧の誓い」があるのに意外なことに修道院長などは裕福な暮らしをしていて、「名馬の死」の事件では、競走馬を所有し競馬で大儲けを図る院長まで登場する。現代と古代が入り混じったような不思議な社会の中で、王の妹でもあり法曹界の上から二番目の権威を持った美女フェデルマが、快刀乱麻の探偵振りを発揮する。

 

 ミステリーとして読むよりは、当時のアイルランドの世相を知るに適当な書だと思います。邦訳は多くないようですが、もっと探してみましょう。