新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

クイーンが見いだしたキング

 1958年発表の本書は、以前「不変の神の事件」を紹介した本格ミステリー作家ルーファス・キングの短編集。日本ではなじみの薄い作家なのだが、編集者エラリー・クイーンが、ミステリー短編集の歴史とも言うべき「クイーンの定員」を選んだうちに入っていて注目を浴びた。

 

 この選集は、ポーの短編集以来メルクマールとなるような作品を最初に106、続いて19選んでいる。本書は追加分のNo.117を与えられた。フロリダ州の多くはマイアミを舞台にした物語で、降り注ぐ太陽と蒼い海を臨む街での様々な犯罪を描いている。120ページほどの中編「死にたいやつは死なせろ」は、しっかりした富豪の母親に支配された青年が、泥酔して奔放な女と結婚してしまった話。

 

        

 

 その女が溺死体で見つかり、地元警察のダラス保安官が捜査を開始する。青年を巡る複雑な人間関係を、ダラスと協力者の女性が解きほぐしていく中、今度は母親が絞殺された。溺死体の検死に関わる科学捜査も描かれるが、ダラスは心理的な手掛かりで犯人に迫る。

 

 表題作「不思議な国の悪意」は、アリスが幼女だったころに出会った魔女のような老婆や行方不明になった友人の謎を、大人になったアリスが解明しようとする話。ファンタジーの雰囲気が、一変して本格ミステリーになる。「淵の死体」は、犯罪者の死体が沼地に捨てられるところを見てしまった老嬢の話。暴力におびえる小柄な老嬢のサスペンスものと見せて、最後の1ページでの逆転が鮮やかだ。

 

 TVドラマ「マイアミ・バイス」の印象が強く、麻薬・銃器・組織犯罪の印象が強い街。バカンスに訪れる富豪が多い反面、移民・難民の貧困層もいて、米国の中でも激しい格差社会である。

 

 そんなマイアミを舞台に、バラエティ溢れるミステリー群を提供してくれた作者。女王が見いだした王様の風格は充分でしたね。もっと翻訳が出版されて欲しいのですが。

おもちゃ箱をひっくり返したよう

 本書も三野正洋の「小失敗」シリーズの1冊、対象はヒトラーの軍隊である。副題に「第二次世界大戦戦闘・兵器学教本」とあるように、軍事思想を中心にした日本軍篇とは異なり、兵器の開発や運用が主な話題である。ただ冒頭、第一次世界大戦に学ばなかったとして、

 

・東西両面作戦をしてしまったこと

・いずれ米国が参戦するのを軽視したこと

 

 の2点を挙げている。確かに両大戦はそこそこの戦力を持っているドイツが、東西に敵を受けて戦線が膠着した後、米国の参戦によってとどめを刺されている。ただこれなどは「大失敗」の範疇だと思うし、そのあと一杯出てくるドイツ人特有の「凝った兵器」の記述の方がずっと面白い。

 

 華々しい活躍で知られるルフトヴァッフェだが、いびつな能力を持った軍隊でもあった。極端な「戦術空軍」で、Bf109の空中戦もJu87の急降下爆撃も局地戦での威力は十分だが「英国上空の戦い」のような戦略戦闘には不向きだった。なにしろ足が短くて、ロンドン上空には10分ほどしか滞空できないのだから。

 

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 開戦時空中戦も爆撃も地上攻撃もできる万能機と考えられていたBf110は、数多くのバリエーションを産んだものの活躍できなかった。他の国を見ても例のない三座の「戦闘機」なのだ。変わった機体が続々開発されたが、僕が一番驚いたのはBv141偵察機。左右非対称という他に例がない形状で、右翼の付け根近くにコックピットがある。翼が邪魔で下がよく見渡せないからコックピットを横にズラせば見やすいだろうとの考えらしい。結局12機しか作られなかったし、戦果も報告されていない。操縦はとても難しかっただろうと思う。

 

 

 陸軍にも問題点は多い。まず国防軍と親衛隊という2つの軍隊があったのが、大きな問題。(武装)親衛隊はヒトラーの直属で、通常の陸軍とは命令系統が違う。それが最新の強力な兵器を優先して配備されるし士気も高く、戦場では存在感を示していた。ヒトラーは巨大兵器好きで、別ブログで紹介したヤクートティーガーのような128mm砲戦車や800mm列車砲ドーラなどを次々に作らせた。その一方でAFV用のディーゼルエンジンは開発していない。環境問題を除けば、ディーゼルの方がガソリンより燃費が良く火炎瓶などの攻撃にも強い。

 

 とにかく全編「おもちゃ箱をひっくり返したような」珍兵器の集大成でした。ドイツ軍を扱った戦術級ゲームが多いのも分かるような気がします。

言霊論から見た原発事故

 昨日、福島原発事故の「時の総理」菅直人氏の著書で「最悪の事態を考える」ヒントをもらったことを紹介した。同じく2012年発表の本書は、「逆説の日本史」で言霊論を展開している作家井沢元彦氏の視点で見た原発事故の背景。とはいえ、その件は全体の1/3、残りは平安・鎌倉時代以降の日本史における言霊信仰の話と、仇敵である朝日新聞批判だ。原発事故に関する指摘事項としては、

 

津波が来たらこういう事態になると予想はしていたが、来ないとしていた。

原発事故対応ロボットは、30億円かけて開発したが、廃棄された。

原発立地自治体の長が「事故は起きないから避難訓練は不要」と発言していた。

・長時間の全電源喪失は起こらないことが前提だった。

 

 というもの。これらのことは、全て「事故が起きるぞと言えば、本当に起きてしまう」との言霊信仰によるものだというのが筆者の主張。

 

        

 

 かねてから筆者は、

 

平安京に遷都したから平和になる。だから軍事力は不要とされた

・例え国力が10倍の米国でも、神国日本軍は負けないと開戦した

憲法に「戦争放棄」と書けば、平和になると考えた

 

 のも言霊のなせる業と、日本史の例を挙げ、朝日新聞についても、原発導入にさんざん難癖をつけた上に、原発を改良したら「やはり不良品だ」と糾弾し、関係者により隠ぺい性向を持たせたと非難する。

 

 確かに筆者や僕が学生時代には、

 

・受験生に「滑る」と言ってはいけない

・結婚式に「切れる」「別れる」は禁句

 

 などの口伝はあった。しかし今のSNS上で、そんな忖度があるとは思えない。言霊に支配された国民だから「原発事故は不可避」との説には、賛成はできない。ただその傾向も残っているから、我々は「言霊を超えて、リスクを正しく認識しその対処のための議論を大いに行い、あるべき対処を実施する」べきだろう。

 

 世代の近い(2歳上)筆者ですから、そのくらいのことは言って欲しかったですね。

戦後日本最大の危機

 サイバーセキュリティ業界では、最近「最悪の事態を考えたリスク管理」の議論をしている。10月末にNHKBSで放送された「カトリーナは人災」のドキュメンタリーは、大変参考になった。さらに今回は戦後日本最大の危機といえる、東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故、その時の総理大臣だった菅直人議員のお話を聞く機会があった。その時配られたのが本書(2012年発表)である。

 

 日本の原発は「絶対安全」と言われ、筆者もそれを信じていた。しかし未曾有の震災を受けても大丈夫だった原子炉も、津波を浴びて全電源を喪失し暴走を始める。想定していなかった事態ゆえ、筆者を含めて官邸は深い憂慮に沈む。専門家を頼ろうとしても、

 

経産省の責任者は東大経済卒、原子力リテラシーがない

原子力安全保安院からは何の提案もない

・東電TOP2人は東京を離れていて、捕まらない

 

        

 

 なので、筆者は個別に専門家(大前研一氏にも打診したとある)をあたり、原子力委員会の近藤委員長に「最悪のシナリオ」を書いてもらったが、事故後2週間経っていた。そのシナリオでは、原発から250km圏内が危険になる。盛岡も横浜もその圏内だ。5,000万人の避難が必要になる。

 

 そんな中、東電幹部は現地(F1の2号機)が制御不能なので作業員を撤退させたいと言ってきた。東電職員の命は重要だが、誰もいなくなれば「最悪のシナリオ」が現実になってしまう。筆者は総理としてその権利(と法律の裏付け)がないことを承知しながら、撤退を禁じた。現地指揮官の吉田所長は責任感溢れる人で、直接コンタクトできた時「初めて話の出来る東電の人に会えた」と感じたとある。

 

 自衛隊等の献身的な努力もあり、米軍その他国際社会の支援やいくつもの幸運が重なって「最悪のシナリオ」は回避できた。巨大な危機に立ち向かった歴史、大変勉強になりましたよ。

沼沢地の町イーリーの事件記者

 本書で2002年に文壇デビューしたジム・ケリーは、いくつかの新聞社を渡り歩いた記者。1987年にはその年の最優秀経済記者にも選ばれているが、1995年にノンフィイクション作家の妻と共にロンドンを離れ、本書の舞台ともなっているケンブリッジ州の小さな町イーリー(Ely)に転居した。

 

 そこはイングランド北東部に広がる沼沢地の町で、ロンドンのキングス・クロス駅から117km、列車で約70分のところにある。作者はセイヤーズの「ナイン・テーラーズ」に憧れを持っていて、ケンブリッジ周辺の沼沢地と大聖堂のある町を棲み処にするだけではなく、そこを舞台にした連作小説を書き始めた。

 

 このシリーズに登場するのは、イーリー生まれの中年事件記者フィリップ・ドライデン。以前は数百万部を売る「ニュース」の記者だったが、交通事故で妻が植物状態になり、故郷に戻って2万部がせいぜいの地方紙「クロウ」の記者をしている。入院した妻ローラの側にいてやりたいとの思いからだ。繋留した小さなヨットで暮らす彼は、ハンフという運転手のタクシーを借り切ってそれで移動する。もうハンドルは握りたくないのだ。

 

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 沼に氷が張り始めた11月、氷の下から盗難車が引き上げられる。盗んだ男は無事(!)に逮捕されたのだが、トランクからは男の死体が。毒物を呑み、撃たれた上に首を折られるという念入りな殺し方。車を盗んだ男は、死体があるとは知らずに盗んで逃げ、事故を起こしたらしい。田舎町の久々の事件に、ドライデンは調査を開始するのだが、翌日大聖堂の屋根から白骨死体が見つかる。ただこれは30年ほど前の死体で、二つの事件の関連が見えてこない。

 

 白骨死体の身元が割れ、30年前にガソリンスタンドが襲撃され、大金が奪われた事件との関係がわかる。襲撃犯の3人組は今も逃走中だ。なにしろ狭い町、ドライデンが親しい部長刑事アンディの妻は看護師で、ローラの看護をしている。みんなが親戚のように付き合っているのだが、その中に30年前の強盗犯や今回の殺人犯がいるのでは・・・。事件を追うドライデンに、何者かが脅迫をしてくる。「手を退け」と。荒涼とした沼沢地、そこに迫る高潮・洪水の危機、その中でドライデンは真犯人を追い詰める。

 

 英国の本格ミステリーの系譜に連なる力作だと思います。植物状態の妻への愛と後悔など、主人公の心理もち密に書かれていました。続編の翻訳は出たのでしょうかね?