新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

沼沢地の町イーリーの事件記者

 本書で2002年に文壇デビューしたジム・ケリーは、いくつかの新聞社を渡り歩いた記者。1987年にはその年の最優秀経済記者にも選ばれているが、1995年にノンフィイクション作家の妻と共にロンドンを離れ、本書の舞台ともなっているケンブリッジ州の小さな町イーリー(Ely)に転居した。

 

 そこはイングランド北東部に広がる沼沢地の町で、ロンドンのキングス・クロス駅から117km、列車で約70分のところにある。作者はセイヤーズの「ナイン・テーラーズ」に憧れを持っていて、ケンブリッジ周辺の沼沢地と大聖堂のある町を棲み処にするだけではなく、そこを舞台にした連作小説を書き始めた。

 

 このシリーズに登場するのは、イーリー生まれの中年事件記者フィリップ・ドライデン。以前は数百万部を売る「ニュース」の記者だったが、交通事故で妻が植物状態になり、故郷に戻って2万部がせいぜいの地方紙「クロウ」の記者をしている。入院した妻ローラの側にいてやりたいとの思いからだ。繋留した小さなヨットで暮らす彼は、ハンフという運転手のタクシーを借り切ってそれで移動する。もうハンドルは握りたくないのだ。

 

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 沼に氷が張り始めた11月、氷の下から盗難車が引き上げられる。盗んだ男は無事(!)に逮捕されたのだが、トランクからは男の死体が。毒物を呑み、撃たれた上に首を折られるという念入りな殺し方。車を盗んだ男は、死体があるとは知らずに盗んで逃げ、事故を起こしたらしい。田舎町の久々の事件に、ドライデンは調査を開始するのだが、翌日大聖堂の屋根から白骨死体が見つかる。ただこれは30年ほど前の死体で、二つの事件の関連が見えてこない。

 

 白骨死体の身元が割れ、30年前にガソリンスタンドが襲撃され、大金が奪われた事件との関係がわかる。襲撃犯の3人組は今も逃走中だ。なにしろ狭い町、ドライデンが親しい部長刑事アンディの妻は看護師で、ローラの看護をしている。みんなが親戚のように付き合っているのだが、その中に30年前の強盗犯や今回の殺人犯がいるのでは・・・。事件を追うドライデンに、何者かが脅迫をしてくる。「手を退け」と。荒涼とした沼沢地、そこに迫る高潮・洪水の危機、その中でドライデンは真犯人を追い詰める。

 

 英国の本格ミステリーの系譜に連なる力作だと思います。植物状態の妻への愛と後悔など、主人公の心理もち密に書かれていました。続編の翻訳は出たのでしょうかね?