新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

世界を駆けるカレンたち

 このDVDは「NCIS:LA潜入捜査班」のシーズン3。前シーズンの最後に主人公G・カレンのルーツが東欧にあったことがわかる。やはり背後にいたのは管理部長のヘティ。現地に乗り込んだ彼女を救うため、カレンのチームはルーマニア黒海沿いの街に潜入した。

 

 ルーマニアからの脱出と、カレンの父母の(ある程度の)正体が分かるのが、このシーズンのスタート。その後も外国からみのミッションが増えたのが、印象的だ。特に元SEALsのサムが、多くの言語を話すのに驚いた。ある巻では、海兵隊員が日本で婦女暴行をして不名誉除隊になり、ロスで日本人を殺してしまった事件を捜査する。登場する悪役は日本人実業家(というかまるきりヤクザ)。その娘と恋人の海兵隊員を救うための、チームは「Mission Impossible」ばりのトリックを仕掛ける。その時、サムが見事な日本語を話すのだ。

 

        

 

 別の巻では、舞台はスーダン。現地で虐殺を続ける司令官という男を逮捕するため、サムらは1年余りの潜入捜査をするのだが、CIAに内通者がいてサム以外の工作員は全員殺されてしまう。そこでもサムは、流暢(!)なアラビア語をしゃべっている。潜入を成功させて家に帰ったサムの家族も、初登場する。奥さんは腕だけだが・・・。

 

 少しずつメンバーの過去も分かってきて、エリックが元はITギャンブラーことも分かる。極めつけはケンジーの父親のこと。海兵隊の狙撃班にいて特殊任務に就いていたが、事故に見せかけて殺されていた。ケンジーがNCISに入ったのは、父親の死の真相を知るためだったが、そのために彼女も危機に陥る。ほかに「Hawaii 5O」とのコラボの巻もあって、カレンたちがダニーやチンとマーケットプレイスで因縁の相手を追う。全体的に、重厚さが増してきたシーズンだった。

 

 本家のNCISより、NCISニューオリンズより、銃撃戦は派手だ。しかしカレンたちは通常拳銃(グロックかな?)を使い、ミニウージーアサルトライフルを持った敵でも撃ち倒す。それも必ず胸にダブル・タップ、ほとんどの悪漢は即死してしまう。生け捕りにして、何かを吐かせなくてはいけない時でも・・・しかたないのですかね。

ハンブルグに来たイスラム青年

 2008年発表の本書は、スパイ小説の大家ジョン・ル・カレの晩年の作品。昨年回想録「地下道の鳩」を紹介しているが、どうも本格スパイ小説を紹介するのは初めてらしい。舞台はドイツの港町ハンブルグ、そこにやってきたやせぎすのイスラム青年イッサ。チェチェン人とロシア人の混血らしいのだが、無口で人見知りをし自分のカラから出てこない。

 

 同じイスラム教徒として、トルコ人の未亡人レイラとその息子が自宅に住まわせるのだが、スンニ派シーア派の区別もつかないようだし体には無数の傷跡がある。ハンブルグに着く前にも、デンマーク等で入国時にトラブルを起こしている。当局はテロリストの可能性があると手配もしている。ただ英国人(スコットランド人)ブルーが経営する銀行の口座番号などを持っていて、本人は銀行からお金を引き出して医学の勉強をするのだと語っている。

 

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 レイラからの連絡を受けた慈善団体の弁護士アナベルは、イッサに接触するのだが心を開いてはくれない。アナベルはブルーにもイッサのことを聞くのだが、ブルーにも心当たりはない。しかしドイツの憲法擁護庁のバッハマン課長らは、イッサの秘密を知ろうと捜査を開始する。ひょっとするとイッサは、ソ連赤軍KGB?)の大物カルポフ大佐の縁につながるものではないか、すでに亡くなったカルポフ大佐は、ブルーの銀行に大金を隠していたのではないか・・・と。

 

 なぜか英国情報部や米国政府のエージェントも絡んできて、イッサの周りには激しい(が目に見えない)スパイ戦が展開される。イッサそのものはイスラム学者アブドゥラに会いたがるだけなのだが、スパイ戦はアナベルやブルーも巻き込んで2人を窮地に追い込む。

 

 イスラム移民(だけではないが)を庇護する慈善団体の活動は、実に熱心である。アブドラやその上司は、バッハマンらの強硬な取り調べや「罠」に遭っても、イッサを護ろうとする。さらにバッハマンや英米のスパイの狙いは、イッサではなくアブドゥラかもしれないとも思えてくる。

 

 ドイツを最終目的地として流れてくるイスラム移民・難民の陰には、ロシアやトルコ、あるいはイスラム過激派の大規模組織犯罪がありそうだ。21世紀欧州の課題を、本書は深くえぐりだしている。

 

 スパイ小説としては地味なのですが、欧州の地政学的課題を切り取ったものとするなら、日本人にもわかりやすい教科書でした。

国際謀略小説の傑作

 2008年発表の本書は、「過去からの狙撃者」など諸作を紹介しているマイケル・バー=ゾウハーの近作。ブルガリア生まれのユダヤ人で、恐らくは<モサド>の一員として中東戦争を戦い抜き、作家に転じている。その経験からくるインテリジェンスは、他の作家の追随を許さない。本書は時代を21世紀に設定して、その本領を十二分に発揮している。

 

 80歳を迎えた米国の実業家ルドルフは、ナチスの収容所で家族を殺され自分は脱走してレジスタンスを続けたユダヤ人。戦後もドイツに残り<復讐者>という組織に加わってナチス狩りをしていた。元SS将校5人を殺した罪状で手配されたが、米国にのがれて成功者になった。

 

 彼は<復讐者>の仲間に会おうとロンドンにやってきたが、意識を失い目覚めたのはベルリンだった。彼は逮捕され、SS将校の孫でもある検察官マグダの取り調べを受ける。3週間後に総選挙を控えているドイツの首相は、高齢の米国人を拘束した件で米国世論の激しい攻撃を受け、支持率を下げた。

 

        

 

 もともと現首相は右派で、ネオナチの影響下にあるとの噂があり、米国と対立していた。国内の米軍基地を(イラン攻撃などに)使わせないとする可能性もあった。米国の駐独大使は、献金任用なので外交経験はない。テイラー領事と駆け付けたルドルフの息子ギデオンは、マグダらと対峙し事件の真相を探ってゆくが・・・。

 

 ルドルフはロンドンから拉致されたらしいが、そんな大仕掛けをできるのは誰か?その目的は?米英独の政治状況、イランとヒズボラの跳梁、それらを背景とした各国の情報機関や官憲の動きなど、極めてスケールが大きくリアリティのある国際謀略小説である。文中には全く登場しないが、当然<モサド>の影もある。

 

 大規模な謀略や派手なアクション、大量破壊兵器の応酬などはなくても、これだけ本格的なスリラーが書けるのだと感心しました。ちょうどイスラエルのガザ攻勢が世界の耳目を集めている時期であり、勉強にもなりましたよ。

極右組織のホワイトハウス攻略

 1995年発表の本書は、以前「氷壁の死闘」を紹介した冒険作家ボブ・ラングレー晩年の作品。「氷壁・・・」が第二次欧州大戦を舞台にした山岳冒険小説だったように、作者は何らかの紛争を背景にした謀略小説が得意だ。

 

 本書では<ムーブメント>という極右組織が、ホワイトハウスを乗っ取ろうとする謀略を展開する。組織のボスであるサーケルド将軍は、ベトナム戦争の英雄。今は車椅子生活だが、堕落し衰退する(と彼が思っている)米国の現状を悲観し、自分が支配できる政治家を副大統領にしようとしている。思想的には、銃規制反対・LGBT大嫌い・小さな政府指向で、共和党支持者らしい。

 

        

 

 将軍の手先となって働く殺し屋ダニーは、ベトナム戦争で将軍の身代わりとなって死んだ伍長の息子。5歳の時に引き取り、実の子同様に将軍が育てたのだ。<ムーブメント>が目を付けたのはハックスリーという上院議員、血筋も押し出しもいいのだが賄賂で私腹を肥やしている。将軍は、ハックスリーの賄賂の証拠を持っているジャーナリスト等を消し、証拠を手に入れて上院議員を支配する。

 

 また、絶世の美貌と知性を持った地方ケーブルTVのキャロラインに情報を渡し、ニュースキャスターとして育て始める。彼女を地方局のアンカーマンから全国ネットにニュースキャスターにするのには、偽ニュースの手法を使う。その手先となって動くのもダニーだが、ダニーがキャロラインと割ない仲になってしまったことから計画が綻び始める。

 

 以前「NCISニューオリンズ」を紹介したが、本書の舞台もDCとニューオリンズにまたがる。DVDではわからなかったニューオリンズの蒸し暑さや、沼沢地独特の臭気が綴られる。

 

 <創元ノヴェルズ>が10冊以上翻訳を出版している作者、質の高い暴力的すぎない冒険譚が特徴的です。40年前に読んで、それきりになっている作品もいくつかあります。改めて探してみることにします。

ローヌ河口の低湿地帯

 以前、シュタイナ中佐を主人公にした「鷲は舞い降りた」「鷲は飛び立った」や、IRAの天才的テロリストショーン・ディロンものを紹介しているジャック・ヒギンズが、それらに先駆けて発表したシリーズがある。1960年代にマーティン・ファロンなどの名義で、英国情報部員ポール・シャヴァスを主人公にした6作品である。本書(1969年発表)は、シャヴァスシリーズの最後の作品。

 

 シャヴァスにはイアン・フレミングジェームス・ボンドの影がちらつく。端正な容貌で頭脳明晰、腕っ節も強いのだが、ボンドに比べると抑制的でどこかメランコリックな印象がある。そして明るく華麗な雰囲気のあるボンドものと違い、陰鬱な風景描写や舞台設定が特徴的だ。シャヴァスが霧より好きなものは雨だけという記述や、「そうでなければ血みどろの12年間を生き延びてこられない」という彼の独白にも雰囲気が表れている。

 

 舞台はコーンウォールとブリュターニュの間の英仏海峡、密輸船が横行するところで暗黒街の大物ハーヴェイ・プレストンの死体が上がった。彼はジャマイカ出身で、フランスから英国に密入国しようとして殺されたらしい。急な臨検を恐れた密輸組織が「証拠」である彼を消したのだ。

 

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 英国情報部はその密輸組織を壊滅させるべく、腕利きの情報部員シャヴァスを送り出す。英仏混血のシャヴァスは、フランスに根拠を持つ組織を突き止め、自ら追われる犯罪者として組織に「密航」を依頼する。組織の長は冷酷な英国人のロシター、ナイフを仕込んだ聖マリア像を持ち歩く危険な男だ。一緒に「密航」することになったのは、ジャマイカ人の弁護士とインド人の娘、謎の中国人などだ。単独での潜入捜査を続けるシャヴァスに、ロシターたちの疑惑が向けられ・・・。

 

 地中海からマルセイユブルターニュ半島からコーンウォールへと、物語はめまぐるしく動く。特にブルターニュ半島のローヌ河口の巨大な湿地帯でのラストの死闘が印象深い。確か有名なワイン産地が近いはずだが、そんな華やかさは全くなく暗く寒々とした沼が連続しているだけだ。

 

 最後は中国兵やアルバニア軍の魚雷艇まで出てくる大活劇、確かに面白いのですが、後年のショーン・ディロンもののような洗練されたスタイルには至っていません。アクションスパイものの、習作といったところでしょうか。