新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

国際謀略小説の傑作

 2008年発表の本書は、「過去からの狙撃者」など諸作を紹介しているマイケル・バー=ゾウハーの近作。ブルガリア生まれのユダヤ人で、恐らくは<モサド>の一員として中東戦争を戦い抜き、作家に転じている。その経験からくるインテリジェンスは、他の作家の追随を許さない。本書は時代を21世紀に設定して、その本領を十二分に発揮している。

 

 80歳を迎えた米国の実業家ルドルフは、ナチスの収容所で家族を殺され自分は脱走してレジスタンスを続けたユダヤ人。戦後もドイツに残り<復讐者>という組織に加わってナチス狩りをしていた。元SS将校5人を殺した罪状で手配されたが、米国にのがれて成功者になった。

 

 彼は<復讐者>の仲間に会おうとロンドンにやってきたが、意識を失い目覚めたのはベルリンだった。彼は逮捕され、SS将校の孫でもある検察官マグダの取り調べを受ける。3週間後に総選挙を控えているドイツの首相は、高齢の米国人を拘束した件で米国世論の激しい攻撃を受け、支持率を下げた。

 

        

 

 もともと現首相は右派で、ネオナチの影響下にあるとの噂があり、米国と対立していた。国内の米軍基地を(イラン攻撃などに)使わせないとする可能性もあった。米国の駐独大使は、献金任用なので外交経験はない。テイラー領事と駆け付けたルドルフの息子ギデオンは、マグダらと対峙し事件の真相を探ってゆくが・・・。

 

 ルドルフはロンドンから拉致されたらしいが、そんな大仕掛けをできるのは誰か?その目的は?米英独の政治状況、イランとヒズボラの跳梁、それらを背景とした各国の情報機関や官憲の動きなど、極めてスケールが大きくリアリティのある国際謀略小説である。文中には全く登場しないが、当然<モサド>の影もある。

 

 大規模な謀略や派手なアクション、大量破壊兵器の応酬などはなくても、これだけ本格的なスリラーが書けるのだと感心しました。ちょうどイスラエルのガザ攻勢が世界の耳目を集めている時期であり、勉強にもなりましたよ。