新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

<クーリエ・ジャポン誌>上の成長産業

 昨日<クーリエ・ジャポン誌>に掲載された16人の識者のインタビュー記事をまとめた「新しい未来」を紹介した。本書はこの書と同じ2021年に発表された、世界企業14社のCEOにインタビューした記事の集大成。

 

 いわゆるGAFAMやスペースXの記事はよくあるが、Netflixの事業スタンスについてはCEOの控えめな性格のせいかあまり見かけない。DVDの宅配事業から、デジタル技術によるオンデマンドコンテンツ配信に至る道は、想定できても実現には大きなハードルがあったはずだ。それをやりぬいたヘイスティングスCEOの意志の固さは素晴らしい。また困難な要求をされても、なんとかそれをやりぬいたAWS(アマゾン)の技術力も凄い。 今話題のTSMCも、多くのファブレス企業が無理難題を持ってきて、それをなんとか実現していくうちに世界一の半導体ファウンダリー企業になった。

 

        

 

 顧客が市場を見る確かな目を持ち、先駆的なビジネスモデルを考えた上でサプライチェーンに無理無体な要求をする。これにサプライヤーが応えて、チェーン全体が栄えていく。その中ではイーロン・マスク氏のような「お騒がせ者」もいるのだが、時にはこういうスパイシーな人材も必要なのかもしれない。

 

 興味深かったのはデータ分析の専門企業「パランティア」、米国陸軍がゲリラの出現パターンなどを予測させ、大きな成果を挙げたという。わずか2,400人ほどの従業員ながら、この企業失くしてやっていけないという大企業や政府機関は多い。諜報から犯罪の摘発、テロや不法移民対策など、幅広いアプリジェーションを持っているらしい。

 

 表紙に6人のCEOの顔写真があるが、このうちの4人は移民か移民の子供だ。日本の産業界のCEOは根っからの日本人で、高齢の男性ばかり。これではイノベーションに乗り遅れるのも当然かもしれないと思ってしまいました。

<クーリエ・ジャポン誌>上の叡智

 2021年発表の本書は「COVID-19」禍を受けての新しい世界展望について、世界16名の叡智が語ったもの。<クーリエ・ジャポン誌>は僕も時々読んでいる、Web上の知的メディア。本書は2020年に掲載した記事をベースに、補筆するなどして主張を1冊にまとめている。

 

 内容の半分以上は、各国政府の「COVID-19」対応の分析や評価に充てられている。そこから普遍性が生まれる場合もあるが、今となっては結局「感染する人は感染した」状況なので、その時点の是非を問うても仕方なかろう。より重要だったのは、それ以前から台頭していた「Global & Digital」の流れについて識者がどう評価し、あるべき姿を語るかということ。印象的な発言がいくつもあった。

 

        

 

・世界の古い秩序が次々に崩壊、新しいルールが示されていない

新自由主義とソリューショニズムは「悪い警官・いい警官」の役割をする

・「公」がデジタル・プラットフォームに主権を持つべきだ

・生涯で(住居の)移動距離の少ない人ほど、ポピュリズムの罠に落ちやすい

脆弱性は「無秩序を嫌うもの」だが、ある程度の無秩序がないとより脆弱になる

・非接触型技術を使う<スクリーン・ニューディール>は社会の質を下げる

・現代資本主義社会では、幸福は豊かさの絶対量より豊かさが増える過程にある

・資産への累進課税と大規模株主権限の縮小で、ビリオネアを失くすべき

・貧しい人々への収入や教育の改善によって、世界全体の格差を無くす

能力主義の傲慢、成功者は本当に自分の力で成功したのかを問い直せ

・「底辺」がどこで、そこがいかに悲惨な状況かを理解せよ

 

 「COVID-19」禍が、分断や格差を加速したという点では一致した論調だ。また心理学者が「Resilienceが大事」とし、哲学者が「最悪に備えよ」とするのは、僕らの業界にも有益な言葉でした。ピケティ先生の「資産への累進課税」には異論がありますが。 

日本が抱える「内憂外患」

 2021年発表の本書は、内閣官房参与で外交評論家の宮家邦彦氏が<Voice誌>の巻頭言を2018~2020年にかけて執筆した内容をまとめたもの。先日筆者が<朝までナマTV>で「国会で秘密会をやってくれ」との発言に注目して、本書を読んでみた。

 

国会の秘密会と議員の守秘義務 - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)

 

 世界的に「ダークサイド」が覚醒して、国際情勢は緊迫してきた。しかし国内、特に国会は無策で官界は劣化している。要するに「内憂外患」である。

 

◇内憂

 国会が立法をしていない。米国のように十分な政策スタッフを持たない議員では「法案を認めるかどうか」の実行力しかない。法案を作れる官僚機構も、硬直化して優秀人財も減っている。自衛隊は「闘わない軍隊」のまま、インテリジェンス機関もできていない。一部野党やメディアは「空理空論の安全保障論」を繰り返し、実質的な国防論ができない。そう、メディア全体の劣化も著しい。人口減少の弊害をカバーするには移民を受け入れるしかないが、皆が目を背け議論しようともしない。

 

        

 

■外患

 トランプ現象は「ダークサイド覚醒」の結果であって、原因ではない。急激な「Global&Digital」の流れで先進各国で格差が広がり、大衆の不満が噴出した。物質的にはグローバル化できても、心はそうはいかない。AIを初めとする先端技術(データ活用のことらしい)は、人権に配慮しない中国のような専制国家でより効果を発揮する。今は米中間には国力格差があるが、急激に縮まる可能性はある。日本を守ってきた地政学的優位(海に囲まれている等)は失われつつあり、その代替手段が見えてこない。

 

 旧社会党の「非武装中立」など空論といい、したたかな国際外交をするための提案を一杯しながら無策な国会に阻まれたという悔しさに溢れた書でした。ただ岸田政権は少しだけ、変わり始めていますがね。

「生きづらさ」を覚える人々

 2019年末、まだ「COVID-19」禍が始まる直前に発表された本書は、朝日新聞記者牧内昇平氏の政治分析。この年9月の参議院議員選挙で2議席獲得した<れいわ新選組>と、山本太郎代表に関するレポートである。

 

 筆者は本書で、非正規から抜け出せない人、貧困で大学を辞めざるを得ない学生、子供たちに十分食べさせられないシングルマザーなど、困窮している人たちの現状をレポートした後、山本代表の「生きててくれや!」の叫びに共鳴した多くの声を紹介している。

 

 多くの人達が「生きづらさ」を抱える現代日本、しかし既存政党は彼らに目を向けていない。彼らは、生活苦で自殺を考えた人たちに「生きててくれや」と涙ながらに語り掛ける一人の政治家に光を見出だした。5万円しかない貯金から1万円を<れいわ新選組>に寄付した人もいて、「れいわ現象」ともいうべきムーブメントを起こしたとある。

 

        

 

 選挙の結果、比例・個人合わせて220万票あまりを獲得、これは全体の4.5%以上にあたり同党は政党要件を満たした。2人の比例特別枠の障碍者コンビを国政に送れたものの、山本代表本人は落選している。

 

 歴史家によれば、近代の工業化社会で都市の労働者中心に相対的貧困が進んで不満が溜まった結果、

 

労働組合と議会が正常に機能したら民主主義国家に

イデオロギー的暴発が起きると共産主義国家に

・エリート軍人らポピュリストが台頭すると独裁国家

 

 なるらしい。今はかつての工業化よりずっと過激なGlobal & Digital化が進んでいる。しかし労働組合も議会も、困窮している人たちの味方ではない。では山本太郎は独裁者を目指すのか?

 

 巻末に、同党から立候補した安富東大教授のインタビューがある。教授は、

 

・山本は組織を作らないから、独裁者指向ではない。

・もし同党が政権を取ったりしたら官僚の叛乱が起きる。

・その後は本当のファシズムが始まる。

 

 という。ではこの政党は何なのか?単なるガス抜きアイテムなのかもしれないと感じてしまいましたね。

11人のプロボノ著者たち

 本書は今日(2023年1/30)発売されるもの。なぜそんなものを持っているのかと言うと、著者の一人から事前に貰っていたから。こういうのを「私家版」というのだっけ。テーマは「昨今リスクが急騰しているサイバー攻撃にどう備えるか」である。

 

 サイバーセキュリティは経営課題であることを、経団連はじめ関係者は常々主張しているが、それに気付いた経営者が何を参照すればいいかも課題だった。経団連はそれに資するものとして<NACDのハンドブック>を2019年に翻訳出版した。平易な書籍なのだが、その意図するところを深堀してより多くの人に理解してもらおうというのが本書の目的。日刊工業新聞社が2022年春にこの趣旨のオンラインセミナーを実施したのだが、その骨子を書籍化する形で出版にこぎつけている。

 

        

 

 著者は11人、聞くところによると無報酬のプロボノ活動としてCRMJ研究会を結成。セミナーを実施し、執筆もしたという。サイバーセキュリティは、技術的なことに加えて法律など社会制度、資金を廻す経済面のどれが欠けても実現しない。11人の著者は、その意味でバランス良い組み合わせになっている。

 

・米国在住で、企業コンプライアンスなど幅広い経験を持つ弁護士

・長く通信システムのビジネスをグローバル展開している技術者

・大手商社系のセキュリティソリューションを扱っているビジネスマン

ファイナンスや金融業界、事業再生などに詳しい弁護士

・サイバーセキュリティ実績を世界に誇る黒子企業の日本法人代表

イスラエルの人材育成プログラムなどを日本に導入した事業者のCEO

警察庁技官の経歴を持ちフォレンジックや法的措置に詳しい弁護士

・サーバー技術を中心にハードウェアのセキュリティに詳しいメーカーの技術者

・企業のサイバーインシデントレスポンスを専門とする弁護士

外資系保険会社におけるサイバーリスクの実践リーダー

・サイバーセキュリティを専門とする独立系シンクタンクの代表

 

 忙しい彼らがプロボノで書き上げたこの書、多くの人に読んでもらいたいですね。