新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

憲兵が主役の戦時ミステリー

 今日4/30は、サイゴン(今のホーチミン)市が北ヴェトナム軍に制圧された日。世界最強米軍が、東南アジアの国に屈服した象徴的な日だ。ヴェトナム戦争は、米国市民の心に大きな傷を残した。そんなわけで、ヴェトナム戦争を正面から扱ったミステリーは珍しい。あってもスパイスリラーか軍事スリラー、戦場から戻った兵士のトラウマを描いたものばかりの印象だった。

 

 しかし2001年発表の本書は、ヴェトナム戦争の戦場での本格ミステリー中編集というもの。作者のディヴィッド・K・ハーフォードは、1968~69年にかの地で憲兵として従軍していた。帰国後大学を卒業してライターになり、1991年に作家デビューをしている。本書には、50~100ページほどの中編3編が収められている。主人公はわたしこと憲兵隊犯罪捜査部(CID)のカール・ハチェット准尉、3編で探偵役を務める。

 

        

 

 評価の高い「ホーチミン・ルートの死」では、偵察に出た分隊の中で上等兵がひとりだけ撃たれて死んだ状況を、ハチェットが相棒のミッチと調査することになる。いかにもアンブッシュに遭ったように見えるのだが、他の兵士は全く傷ついていない。しかし大量の薬莢が散乱していることから、相当激しい銃撃戦があったらしい。分隊長レイノルズ軍曹はじめ、全ての兵士の口が重い。確かに憲兵は嫌われ者だが、それにしても何も話してくれない。

 

 やがてハチェットは、レイノルズが前線でヴェトナム人娼婦を招き寄せていたことをつかむ。そこで何発も撃たれながら、上等兵の血まみれのシャツにはひとつの銃創もない秘密が暴かれる。

 

 「バンブー・バイパー」では、帰国直前に相棒のミッチが毒蛇に噛まれて死んだ。悲しみをこらえながらハチェットが単独捜査で得た真相は・・・。

 

 ミステリーとしてはシンプルなものですが、憲兵の捜査がリアルに描かれ、ジャングルの蒸し暑さが伝わってくる作品でした。第二短篇集でもあれば読みたいですが、出版されているかどうかの情報もありません。

 

インド生まれの女、50年の生涯

 1994年発表の本書は、先月デビュー作「警視の休暇」を紹介したデボラ・クロンビーの第二作。一人暮らしのエリート警視ダンカン・キンケイドと、シングルマザー巡査部長ジェマ・ジェイムズのコンビが主人公だ。

 

 ダンカンは小規模なアパートで、気ままな独り暮らし。それでも同じアパートの隣人たちとの交流はあり、1フロア下の階に住む50歳がらみの女性ジャスミンのことは気にかけていた。というのも彼女が末期がんで、寿命が尽きようとしていたからだ。慰めになればと彼女の好きな花を買って帰ったダンカンは、彼女を訪ねてきた友人メグと一緒に彼女の死体を発見する。

 

 メグは彼女から自殺を助けてくれと言われていて、昨日それをきっぱり断ったばかり。彼女もそれを受け入れたはずなのに・・・。ただダンカンの目には、ジャスミンの死は自殺ではないと映った。念のため司法解剖を頼むと、死体から大量のモルヒネが見つかる。また、彼女に多額の保険金が掛けられていたこともわかり、殺人の可能性も出てきた。

 

        

 

 アパートの住人や通いの看護婦、唯一の肉親である弟らに遺産や保険金の遺贈があり、誰もに容疑がある。手掛かりはジャスミンの過去にあると思われた。インドで生まれ、両親とも死に別れて苦難の道を歩んできたジャスミン。ダンカンはジェマの助けを借りて、ジャスミンが遺した膨大な日記を読み調査を始める。

 

 30年前の英国。医療関係者の過酷な労働環境や、高い住宅ローン金利などは現在と変わらない。頻繁にロンドンや周辺知育の地名・通り名などが出てくるが、土地勘がないので実感がわかないのが寂しい。

 

 前作ではあまり読者に知らされていなかった、ダンカンやジェマの私生活が紹介される。ジェマの息子トビーは2歳になるが手のかかる子供。彼女は捜査と子育ての両立に奮闘している。その上、別れた夫ロブは養育費を送ってこなくなってしまった。

 

 このシリーズ、重厚で面白いのですが、3~6冊目が手に入りません。方々で探してみることにします。

 

 

200年前のチェスト

 2014年発表の本書は、マーク・プライヤーの「ヒューゴー・マーストンもの」の一冊。デビュー作の「古書店主」は以前紹介していて、パリの米国大使館外交保安部長であるヒューゴーが、華の都をカウボーイブーツでのし歩く典型的な「米国の田舎者」ぶりが興味を惹いた。

 

 本書ではややその傾向は抑えられているが、デビュー作同様女性ジャーナリストのクラウディアやCIAのトム・グリーンも登場してヒューゴーと共に活躍する。冒頭1795年のパリ、一人の老人が「多くのものがこれにかかっている」と悲壮な手紙をしたため、腕から血を絞って署名をするシーンで始まる。老人は手紙を密封してチェストに収めた。

 

 一転して現代のパリ、ヒューゴーは大使から「特命」を与えられる。米仏の間には大西洋に浮かぶフランス領の島を巡って「領土問題」がある。この交渉に米国からやってくるのは大統領候補でもあるレイク上院議員。反欧州、特にフランス嫌いのレイクが選ばれた理由は分からない。彼はフランス政府の高官トゥールヴィユ家を訪れ、交渉に臨む。同家は元貴族で、今でも豪華な城を保有している。ヒューゴーに与えられた任務は、レイク議員に過度なトラブルを起こさせない事。大使は任務を「ベビーシッター」と言った。

 

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 緊張して始まった交渉だが、最初のディナーの席でレイク議員はひどい酔いを感じ早々に部屋に引き揚げることに。翌朝には回復したのだが議員は「誰かに毒を盛られた。夜に誰かが部屋に侵入してきた」と言う。ヒューゴーは知り合いの警部を呼んで捜査を始めるのだが、部屋から発見された指紋のひとつが未解決となっている強盗殺人事件の現場の指紋と一致する。

 

 その事件は元貴族の旧家に強盗が入り、同家の老婆に発見されて殺したというもの。宝石などを入れたチェストが盗まれている。交渉に来た議員を守ると同時に、強盗殺人事件も追うことになったヒューゴーはCIAのトムも呼んで盗まれた宝石などを手配する。本書でもやはりセーヌ河沿いの古物商が出てくる。

 

 別ブログで紹介したが、欧米で日本の横溝正史らの著作が人気(*1)。理由は昨今の欧米ミステリーが「予想外のひねりと思いがけない事実の暴露」に傾き過ぎている反動だという。本書は、まさにその典型的な作品といえよう。確かにびっくりはするのですが、ちょっとやりすぎのような気もしますね。

 

*1:Honkaku小説人気は歓迎だけれど - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)

エーゲ文明黄金展の危機

 1982年発表の本書は、古典文学者キャロル・クレモーのミステリーデビュー作。作者はウィリアム&メアリ大学の教授、専門分野で2冊の著書がある。ミステリー中毒症の重症患者だと自ら言うマニアで、とうとう自分で書いてしまったのが本書。

 

 舞台は東海岸の総合大学としか書かれていないが、モデルはヴァージニア州の作者が属する大学と思われる。主人公は作者が「私より若くて魅力的」という古典学科のアントニア・ニールセン準教授。春学期の最中で、講義や試験の準備、レポートの採点で忙しい。そんな中でも夏休みにクレタ島行きを誘ってくれたギリシア人大学院生アリアドネの提案を受けようと、地中海での半研究・半休暇を夢想している。

 

 学科ではギリシアの大学から譲り受けたパピルスなど古文書の整理を、ランドルフ教授が複数の大学院生まで動員して行っている。また4~6月には「エーゲ文明黄金展」を開催する予定もあり、博物館のリリー副館長らが展示品の整理に余念がない。そんな中、黄金展に展示される予定の品がいくつか紛失するという事件が起きる。同時にアリアドネも失踪してしまった。

 

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 アリアドネは貧しいギリシア移民の家に生まれ、苦学して大学院まで残った女学生。大人しく目立たない娘だが古典文学には異常な熱意を見せ、指導教官のランドルフ教授を困らせるほどだ。警察は当然アリアドネに容疑をかけ行方を探すのだが、アントニアは価値のあるものないものを取り混ぜて盗んだ手口から犯人は学識はないと考える。それにアリアドネの性格からして、盗みをするとは思えない。アントニアは知り合ったカラチ警部補の向こうを張って、犯人探しを始める。

 

 女子学生に囲まれるのが常態化してセクハラまがいのことをする教授、嫉妬に燃えるその妻、そんな象牙の塔の住人たちのすぐそばには、貧困にあえぐ移民村もある。アリアドネは移民村から這い上がろうと必死の努力をしてきた娘だ。登場人物の会話や回想の中だけで、結局一度も登場しなかったアリアドネが主人公のような気もする。

 

 ギリシア神話で英雄テーセウスがクレタ島の怪人ミノタウロスを倒し、生還するのを助けたとされるのが王女アリアドネ。その伝説をモチーフにした学園ミステリーで英国推理作家協会賞などを獲った作品、面白かったです。解説によるとアントニア準教授ものは欧州に舞台を移して続くのですが、翻訳されたのは本書だけ。ちょっと残念です。

 

美緒も歩けば、死体にあたる

 1996年発表の本書は、何作も紹介してきた深谷忠記の「黒江壮&笹谷美緒シリーズ」の1作。ずっと手に入らなかったもので、先日藤沢のBookoffでようやく見つけた。作者の未読作品は、あと1冊ノンシリーズが残っているだけ。

 

 2時間推理ドラマの典型のようなこのシリーズ、お約束は美女と観光、そしてちょっとだけ事件である。今回の舞台は長崎・壱岐壱岐は確かに観光地として有力なところだが、1ヵ所では持たないとの考えからか、平戸や長崎も廻るストーリーになっている。

 

 あとはこのような地方の事件に素人探偵たる壮&美緒がどう関わるかだが、東京の大学や出版社に勤める彼らが関わるには、

 

・現地の事件に知り合いがいて、助力を求められる

・偶然現場に居合わせて、事件に巻き込まれる

 

 くらいしかない。しかし浦上伸介のようなルポライターならともかく、公費で出張できるはずもないので、どうしてもこのシリーズは後者が多くなる。壮は学会の出張くらいしかないし、彼が最初から関わってしまうとすぐに解決してしまうので、「歩けば事件にあたる」係は美緒が担うことになる。

 

        

 

 今回もそのパターン。大学時代の知り合い3人娘で、GWに壱岐のペンション<サンライズ・サンセット>で過ごすことにした美緒たち。島に渡るフェリーの中で、軽薄そうな3人組の青年と知り合い、ナンパされかかる。島に着いても再三遭遇し、宿泊先まで一緒と分かってがっかりしている。

 

 ところが最初の朝に、3人組の一人がペンションの離れで撲殺され、一人がいなくなる事件が起きた。他の女性宿泊客も3人いたが、3人組最後の一人と一緒に警察の事情聴取を受け、観光プランは台無しになってしまう。

 

 GWが終わり、美緒たちが東京に戻ってからも事件は続き、3人組全員が死んでしまった。背景には1年前に暴行を受けて妊娠し、自殺してしまった娘の事件があるようだ。美緒たちと一緒になった女性宿泊客にその娘の姉がいて、捜査陣は彼女を容疑者とみている。彼女からの連絡で、美緒は<宇宙人>を連れて壱岐に赴く。

 

 物理トリック、意外な犯人と、ミステリーの常道は外していないのだが、少し偶然が過ぎる設定が気になる。作者も、素人探偵の事件への関わり方に苦しんで、少々こじつけが多くなったように思います。作者のノンシリーズは、面白いのですがね。