新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

エーゲ文明黄金展の危機

 1982年発表の本書は、古典文学者キャロル・クレモーのミステリーデビュー作。作者はウィリアム&メアリ大学の教授、専門分野で2冊の著書がある。ミステリー中毒症の重症患者だと自ら言うマニアで、とうとう自分で書いてしまったのが本書。

 

 舞台は東海岸の総合大学としか書かれていないが、モデルはヴァージニア州の作者が属する大学と思われる。主人公は作者が「私より若くて魅力的」という古典学科のアントニア・ニールセン準教授。春学期の最中で、講義や試験の準備、レポートの採点で忙しい。そんな中でも夏休みにクレタ島行きを誘ってくれたギリシア人大学院生アリアドネの提案を受けようと、地中海での半研究・半休暇を夢想している。

 

 学科ではギリシアの大学から譲り受けたパピルスなど古文書の整理を、ランドルフ教授が複数の大学院生まで動員して行っている。また4~6月には「エーゲ文明黄金展」を開催する予定もあり、博物館のリリー副館長らが展示品の整理に余念がない。そんな中、黄金展に展示される予定の品がいくつか紛失するという事件が起きる。同時にアリアドネも失踪してしまった。

 

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 アリアドネは貧しいギリシア移民の家に生まれ、苦学して大学院まで残った女学生。大人しく目立たない娘だが古典文学には異常な熱意を見せ、指導教官のランドルフ教授を困らせるほどだ。警察は当然アリアドネに容疑をかけ行方を探すのだが、アントニアは価値のあるものないものを取り混ぜて盗んだ手口から犯人は学識はないと考える。それにアリアドネの性格からして、盗みをするとは思えない。アントニアは知り合ったカラチ警部補の向こうを張って、犯人探しを始める。

 

 女子学生に囲まれるのが常態化してセクハラまがいのことをする教授、嫉妬に燃えるその妻、そんな象牙の塔の住人たちのすぐそばには、貧困にあえぐ移民村もある。アリアドネは移民村から這い上がろうと必死の努力をしてきた娘だ。登場人物の会話や回想の中だけで、結局一度も登場しなかったアリアドネが主人公のような気もする。

 

 ギリシア神話で英雄テーセウスがクレタ島の怪人ミノタウロスを倒し、生還するのを助けたとされるのが王女アリアドネ。その伝説をモチーフにした学園ミステリーで英国推理作家協会賞などを獲った作品、面白かったです。解説によるとアントニア準教授ものは欧州に舞台を移して続くのですが、翻訳されたのは本書だけ。ちょっと残念です。