新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2万人の顔が見える島

 2013年発表の本書は、以前<シェットランド四重奏>を紹介した、アン・クリーヴスのペレス警部もの。前作「青雷の光る秋」で恋人フランを亡くし、その娘キャシーをひきとってシングルファーザー暮らしをするペレス警部。前作から3年を経ての発表だが作中は半年経った春で、ペレスはヌケガラのようになり職場復帰にも至っていない。

 

 ボートが好きなローナは、島の検察官として赴任し、趣味と実益を兼ねた暮らしをしていた。ある日漂流するボートを見つけ追いかけると、ロンドンの新聞記者ジェリーが死んでいた。他殺と思われる。ジェリーは島の有名ホテル経営者の息子、ロンドンの大学で学んだ後、島の新聞社を踏み台にロンドンの大手紙に転じていた。

 

        

 

 彼は里帰りをしていたのだが、島のエネルギー産業を取材もしていた。ここは北海油田の拠点で、2万人の島民の多くはエネルギー産業に関わっている。近年枯渇の兆候が見えてきたのだが、新たに天然ガスが見つかり、潮流発電などの可能性も高まっている。脱炭素を主張する人もいれば、風力発電の機器は景観を壊すとの批判もある。やはり「ガスはカネになる」ので、産業・経済と環境のせめぎ合いがある。

 

 ペレス警部の不在により、インヴァネス署から女性警部リーヴズが派遣されてくる。ペレスの部下だった警官サンディは、リーヴズの指揮下で捜査を開始するが、検察官のローナも何かを隠しているようだ。

 

 作者は、異邦人のリーヴズの視点、ネイティブのサンディの視点、そして徐々に復帰しようとするペレスの視点を切り替えながら、シェットランド諸島の風物を描いていく。この島の2万人の住民は、お互いに顔が見える(ある意味)閉鎖的な社会なのだ。

 

 ペレスの内省的な行動や思考、登場人物の信仰に注ぐ情熱などが味付けになって、500ページが短く感じられる作品でした。まだ続編もあるようですから、探してみましょう。

5月のコネチカットで死んだ娘

 1954年発表の本書は、警察小説の雄ヒラリー・ウォー初期の作品。リアルな捜査劇を描くとともに、第二次世界大戦後米国の主要都市周辺に雨後の筍のように現れた「郊外住宅地(サバービア)」での市民の生活も紹介しているのが作者の特徴。都市への通勤圏にあり、戸建て中心の新しい住宅地が増えていた。日本風に言えば「ベッドタウン」か。

 

 どこかからやって来た人ばかりの新しいコミュニティで、人口の急増に伴い社会インフラの整備も遅れている。警察や消防といった組織も人手不足である。本書の舞台であるコネチカット州ピッツフィールドも、そんな町だった。

 

 5月初め、公園で若い娘の他殺体が発見される。顔を鈍器様のもので叩き潰され、のどを切られ、片方の乳房もえぐり取られていた。凶悪犯罪が珍しいこの町の警察署では、頼りになる捜査官は定年を過ぎたダナハー警部だけ。老いぼれサルとあだ名される彼は、独身で風采も上がらず、皮肉屋で上司にも部下にも当たり散らす男。

 

        

 

 ダナハー警部は、若いイケメン警官マロイらを使って捜査を開始する。地元紙はセンセーショナルに事件を取り上げ、市長や警察署長に圧力を加える。市長から「1週間のうちに犯人を挙げろ」と迫られたダナハーは「証拠や容疑者を作れと仰るので?」と煙に巻く。難航した被害者の身元確認だが、マロイの発案で頭蓋骨から複顔することで、5年前に家出をしてニューヨークに行った女優死亡の娘だったことが分かる。

 

 皮肉屋ダナハーと快活なマロイの会話が面白い。「推理じゃない、事実だ」と怒鳴るダナハーに、マロイは「推理が事実に合います」と反論する。激突しているように見えて、実に息のあったコンビネーションだ。2人の捜査は、美貌をもって女優を目指した娘を喰いものにする男たちの実態を暴いていく。

 

 なかなかの迫力の警察小説でした。作者の他の作品を探してみましょう。

 

ダルジール警視の多忙な休暇

 1975年発表の本書は、昨年「秘められた感情」を紹介したレジナルド・ヒルの「ダルジール&パスコーもの」。前作「秘められた・・・」で警部に昇進し、プロポーズにも成功したピーター・パスコーとエリーの結婚式で幕が開く。

 

 上司としてスピーチをするダルジールだが、参加者は新郎新婦を持ち上げたり酒を呷るばかりで、ちゃんと聞いてくれるはずもない。むっとなってダルジールは、2週間の休暇旅行に出かけることにする。あてどもなく愛車を走らせた彼は、リンカンシャーの田舎町の湿地帯で車を水没させてしまう。乗せてもらったボートの操縦が悪く、自身もスーツケースも共に水没。

 

        


 地元の未亡人ボニーの家で衣服などを乾かした彼は、しばらくこの大邸宅に逗留することに(パワハラで)した。ボニーは夫の葬儀を終えたばかり。邸宅内にレストランを開業しようとしていた夫は、自ら内装を施している時脚立から落ち、工具のドリルで心臓を貫かれて死んでしまったのだ。

 

 気難しい夫の父親の話など聞いているうちに、ダルジールは表面的には豊かに見えるこの家庭が、金銭的にも困窮し崩壊寸前であることを知る。現地警察に乗り込んで夫の死因を調べてみたが、殺人との確証は持てない。そんな時、この家を調べていた民間保険調査員や、雇っている料理人が死体となって発見される。捜査権はないダルジールだが、ずうずうしく地元警察を指揮して捜査を開始する。その間に、ちゃっかり未亡人とベッドインしたりもする。

 

 このシリーズ、高卒叩き上げ、やや下品な太っちょでパワハラありの離婚経験者ダルジールと、大卒スマート、常識人でユーモアもあるパスコーの対比が面白い。本書では、冒頭の結婚式シーンと最後の50ページにしかパスコー警部が登場しないので、ややその色合いが薄かったのが残念。

 

 でもその分、ダルジールの傲慢・パワハラぶりが際立ちましたね。ブラックユーモア満載で、かつの一篇でした。

 

エジンバラでハイド氏を追う

 以前スティーブンソンの「ジーキル博士とハイド氏」を紹介したが、英国の古典であるこの作品をモチーフにした作者も少なくないようだ。イアン・ランキンもその一人で、昨日紹介したデビュー作「紐と十字架」には何ヵ所かこの書が出てきた。第二作である本書(1990年発表)には、よりその影響が大きくなっている。裏表紙に「ジーキル・・・」からの引用があり、原題も「Hide & Seek」ハイド氏を探せともとれる。

 

 前作で自らの過去からやってきた犯罪者を倒したジョン・リーバスは、一匹狼ながら警部に昇進した。ただ、まだ上司であるワトソン主任警視との仲はぎくしゃくしている。エジンバラも都会だから、スラム街のようなところはある。古くなり空き家になった公営住宅には、定職を持たない若者たちが集まっていた。水も電気もないのだが、雨露はしのげる。

 

        

 

 そこに定住(!)しているロニーという若者は「隠れろ、隠れろ」が口癖だった。麻薬の常習者であり、誰かが襲ってくると被害妄想を抱いていたのかもしれない。しかし彼はその住宅で死体となって発見される。捜査にあたったリーバスたちは、死体の側の蝋燭の燃えカスや壁に書かれた五芒星をみつけ、宗教的な殺人かと疑う。

 

 死因は注射した麻薬液に殺鼠剤が混じっていたこと、誰かが毒入りの麻薬をロニーに渡したらしい。ロニーが黒魔術を調べていたことや、大事にしていた高級カメラがないことなど、手がかりはあるのだがリーバスには別ミッション(麻薬撲滅キャンペーン)もあって、捜査が思うように進まない。

 

 ロニーのガールフレンドや出入り先をあたるため、リーバスは独断でホームズ部長刑事を呼び出す。若いエリートのホームズ刑事は反発しながらもリーバスの捜査を手伝い始める。地道に捜査に打ち込みたいリーバスにワトソン主任警視は、リーバスを看板にして社交界などにも売り出そうとする。麻薬キャンペーンもその一環のようだ。

 

 再三「ジーキル・・・」からの引用があり、スティーブンソンへの傾倒がうかがわれる作品。SAS出身の異色の刑事であるリーバスだが、今回は荒事はなし。解説では「エジンバラの街の描写が優れている」とあるが、それもあまり感じなかった。

 

 本国では人気のシリーズで、1ダース以上の作品があるようです。しかし僕としては、まだ良さをつかみかねていますね。

 

SAS出身の刑事ジョン・リーバス登場

 本書の作者イアン・ランキンは、スコットランドのファイフ生まれの作家。1986年のデビュー作は普通小説だったが、翌年発表の本書でエジンバラ署の一匹狼刑事ジョン・リーバスを主人公としたシリーズを始める。これまで1ダース以上の作品が、本国では出版されている。

 

 作者同様ファイフで生まれ育ったリーバスは41歳、エジンバラ署の部長刑事だ。かつては、陸軍の中のエリートである空挺部隊で非常に優秀な兵士だった。特殊部隊であるSASに加わりそこでも高い評価を受けたが、事情があって退役、故郷に戻って警官になった。妻とは仲たがいして離婚、12歳になった娘のサマンサは妻ローナのところにいる。

 

 リーバスの父親は催眠術師だった。舞台の上に観客を上げ、催眠術を掛けて見せる「見世物師」。家業は弟のマイケルが継ぎ、父親以上の人気者になって稼ぎもいい。特に兄弟の交流もなく、マイケル家に立ち寄るのは近くにある父親の墓を訪ねた帰りくらいだ。エジンバラの街では、10歳前後の子供が誘拐されて殺される事件が複数起きていた。

 

        

 

 リーバスは署内でも孤独だ。上司のアンダーソン主任警部とはソリが合わず、相棒のモートン部長刑事とはスポーツの話をするくらい。ただ広報部の女警部ジル・テンプラーとは時々酒を飲む仲で、唯一の話し相手といえる。

 

 リーバスのところには時々「結び目のついた紐とマッチ棒で作った十字架」が封筒に入って郵送されてきた。最初は分かれた妻のいやがらせと思ったリーバスだが、やがて誘拐殺人犯からのメッセージであることに気付く。誘拐殺人犯が最終ターゲットとして狙っていたのは、じつはサマンサだった。サマンサを誘拐されてしまったリーバスは、主任警部に捜査陣から外されながらも単独捜査(というより復讐)を始める。サマンサが狙われたのはリーバスの過去に手がかりがあると考えたジルは、マイケルの催眠術を使ってリーバスの過去を知ろうとするのだが・・・。

 

 通常シリーズものでは主人公の過去に絡み家族を巻き込む事件は、最初の作品では出てこない。読者が主人公に愛着を持ってからの方が、感情移入しやすいからだ。しかし本書は最初から「リーバス刑事自身の事件」である。

 

 深い心理描写やスピーディな展開など、なかなかの腕前の作者です。どうも単発もので書いた作品をのちにシリーズものにしました。明日は第二作を紹介したいです。