新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

栄五郎一家 vs. 紋次郎

 笹沢左保の「木枯し紋次郎」シリーズは、ほとんどが50ページくらいの短編。主要な登場人物は紋次郎のほかには3人くらいで、最後の5ページでそのうちの一人の「意外な正体」が紋次郎によって暴かれるパターンが多い。加えて舞台となった町か村の当時の風習、そこに住んでいる人たちの生態が描かれる。

 

 本書は恐らくシリーズ唯一の長編小説、舞台は陸奥の国から上野の国に至る奥州路である。紋次郎たち渡世人の生業はバクチ、街道筋の宿場で土地の顔役(親分とか貸元代貸と呼ばれている)が開く賭場で収入を得るのだ。本書では何故東北地方に顔役や賭場、渡世人がいなかったかが記されている。

 

 東北地方は大名領がほとんどで、当該大名が土地の治安をしっかり守っているのでこれらの「悪いやから」が入りづらいのだ。関東から上方に至る地域は天領、旗本領が比較的多く、領主は滅多に領内に来ないからガバナンスが効きにくい。そこに「悪いやから」が巣食う余地があるわけ。

 

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 今回紋次郎は甲州で悪漢を斬り、清水港から銚子行きの船に乗った。斬った相手の子分衆が東海道などに網を張っているので、それを避けたのだ。しかし船は嵐で八戸まで流されてしまった。はやく関東に帰らないと、金を稼ぐ賭場も面倒見てくれる親分もいないので餓死してしまう。

 

 加えて仙台方面に拠点を作ろうと画策している大親分大前田栄五郎の身内と、いざこざを起こして追われる羽目に。前回紹介した第10集では、栄五郎の前で「名探偵」を演じ面識もあるのだが、容赦はしてもらえない。相手は30人、栄五郎の右腕猿田の巳之吉は、侍崩れの一刀流の達人。まともに戦えば1対1でも紋次郎に勝ち目はない。

 

 奥州の貧しい村で村八分にされているよそ者親子七蔵とお染、清水港から乗り合わせた商人清吉と水商売風の女お銀、これに栄五郎一家の巳之吉と喧嘩殺法のやくざ文吉。主な登場人物はこれだけで、短編よりちょっと増えたくらいだ。相手が多いので殺陣シーンも多いのだが、街道の描写も細かい。「意外な正体」のラストシーンまで、250ページがあっという間だった。

 

 この作品は間違いなく傑作、是非にも映画化してほしかったですね。今からでも遅くないので、誰か考えてくれませんか?