新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

最初の「回想の殺人」もの

 本書は(第二次世界大戦中の)1942年発表のポワロもの、後年アガサ・クリスティーが得意とした「回想の殺人」の最初となった作品である。作者と作中の探偵たちも年齢を重ねるうち、作者は探偵役に過去の事件を扱わせるようになる。「象は忘れない」「復讐の女神」「運命の裏木戸」などがそうだが、本書でポワロは、16年前デボンシャーで起きた毒殺事件の再捜査を依頼される。

 

 事件は単純だった。女性にだらしのない画家が若い娘の肖像画を描くうちに恋に落ち、妻と別れ話になる。「砲台庭園」で娘をモデルに絵を仕上げていた画家に、妻が冷えたビールを持ってくる。妻がグラスに注いだものを一気に飲み干した画家は、「嫌な味がする」といってその後死んだ。

 

 起訴された妻は、裁判で多少抵抗はしたものの結局は終身刑となり、結審後1年で死んだ。事件は完全に終わっていたのだが、遺児の美しい娘が20歳になり自分の結婚前に母親の無罪を証明したいとポアロのところにやってきたのだ。母親は収監前に当時5歳の娘にあてた手紙で「自分は無実だ」と書き残していた。

 

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 この「難事件」を、あの動くことが嫌いなポアロが歩き回って再現しようとするのが微笑ましい。普段なら官憲やヘイスティングス大尉をアゴで使い「自分にはこの脳細胞がある」とふんぞり返っているのに・・・である。美女の依頼には弱いようだ。

 

 まず当時の捜査や裁判を担当した、警視・検察官・弁護士を回って聞いたところでは、誰も被告人に有罪を疑っていない。状況証拠は完璧と言えた。その後ポアロは、現場に居合わせた5人の証人を一人づつ訪ね証言を確認する。モデルだった娘、被害者と家族ぐるみの付き合いだった兄弟、被告人の妹、そして家庭教師だった女性の5人である。

 

 5人にマザーグースの「五匹の子豚」、市場行き・家にいた・肉をもらい・何もない・ウィーと鳴いた、と童謡を知らない僕らには分かりにくい比喩が振り分けられている。そのあたりが本当は面白いのかもしれないのだが・・・。

 

 事件も解決もそれほど派手ではないのですが、作者の一番好調だった時期の作品だけにすっきり仕上がっています。別名(メアリ・ウェストマコット)で恋愛小説を書いていた作者の、「ミステリーと恋愛小説の融合」のトライアルも見られました。