新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

7世紀アイルランドの法廷弁護士

 本書は以前長編「蜘蛛の巣」を紹介した、ピーター・トレメインの修道女フィデルマを探偵役としたシリーズの第一短編集。作者の本名はピーター・B・エリスといい、著名なケルト学者である。このシリーズのほかにもドラキュラを題材にしたホラー小説も書いている。そういえば「吸血鬼ドラキュラ」の作者ブラム・ストーカーもアイルランド人だった。

 

 主人公のフィデルマは、王の妹であり「ブレホン法」の下で捜査から裁判までを取り仕切ることのできる法廷弁護士(ドーリー)である。さらに若くして最高位の法官に次ぐ上位弁護士(アンルー)の資格も持っている。「蜘蛛の巣」では本格ミステリーの探偵役として十二分な資質を見せた彼女、60ページほどの短編でも名探偵ぶりを遺憾なく発揮する。

 

 同時に古代ケルトの文化も、学者らしく詳しく紹介されている。聖徳太子の没年が622年で天智天皇中大兄皇子)の即位と大化の改新が668年だから、日本の古代の終わりごろと同じ時代。日本でも法整備が進んでいたように、ケルトの「ブレホン法典」も非常に先進的なものだったようだ。個人の権利は十分に保護され、極刑の制度はあるものの死刑執行はまれ、刑事犯でも「弁償」によって罪を償うのが普通だとある。

 

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 5編が収められている短編集だがその内容は、フィデルマがキリスト教の中心地ローマを訪ねる話や、旧友が夫と息子を殺した罪に問われて彼女が駆け付ける話、雪山での幽霊譚や大王の1,500年封鎖されたままの廟から死者が出てくる話など、バラエティに富んでいる。いずれもフィデルマの快刀乱麻を断つ推理と論証(古代のペリイ・メイスンみたい)で、早々に決着する。いずれも本格ミステリーとしての「意外な結末」を外すことはない。

 

 面白いのはこの時代の経済、価値の基準は乳牛である。通貨も普及しているのだが上記「弁償」などに「銀xxシェード必要、これは乳牛何頭に匹敵する」とある。また古代ケルトの宗教(ドイルド僧に代表されるもの)がキリスト教が浸透したことで邪教化されるのだが、社会の隅々には残っていることも読み取れる。

 

 宗教にうとい僕にも、ケルトの人たちの文化が少しは分かるようになりました。引き続き続編を探してみることにします。